1 ホイル包み焼きハンバーグ⑬

『はいっ、みなさん今日も動画をご覧いただきありがとうございます! 料理好きの男子大学生こと、シュンでっす!』

 清潔に切られた、染めた形跡のない、栗色の髪。琥珀こはく色に近い茶のひとみ。アイドルグループに所属していてもおかしくない整った顔立ちに、暗褐色のカジュアルシャツの上から黒いエプロンを身につけた細身の体、少し高めの快活な声。

(今日もいい笑顔だなあ、シュンくん。何の料理作るんだろ……)

 このところハマっているそのチャンネルを再生しながら、未桜は目を細め、ローテーブルにほおづえをついた。

 今の未桜にとって、唯一のいやしと言っていいのが、この「料理好きの男子大学生」アカウントを追いかけることだった。見つけたのは、今から大体二ヶ月くらい前のことだったか。

(この番組、なんで見始めたんだっけ……そうだ、もともと食費を浮かせるために自炊をしなきゃと思って。料理するの久しぶりだし何か参考になりそうなもの探してたら、偶然ロバの方のおすすめユーザーに出てきて、それで動画URLが貼ってあったから、なんとなく見始めて……思いがけず沼っちゃったんだったかな……)

 基本的には「料理好きの男子大学生」というアカウント名を名乗っているが、途中から「名前はシュンです」と普通に話していたので、多分本名だ。年齢や身分もよく覚えている。アカウント名通りの現役大学生で、ちょうど二十歳だと話していた。それにしてもこんな万人向けのネット動画で本名や年齢をバラすなんて、素直な子だな、と未桜はいささか心配にもなったものだ。これだけ快活なイケメンくんだし、モテるだろうから、ヘタをすると身元を探られて情報をさらされたり、ストーカーにでも遭いやしないだろうかと。

 彼のレシピは分かりやすくて勉強になる割に、短文SNSでのフォロワー数も二千人程度とそんなにたくさんはいない。料理についてわからないことがあって質問すると、短文SNSの方ではダイレクトメッセージやコメントもまめに返してくれたりする。なかなか手厚くて、そこがまた「話せるアイドル」のようで、楽しい。

 ――けれどテーブルの上で所在無げにしている食べかけのラーメンを見て分かる通り、未桜自身は最近、ちっとも料理などできていなかった。

『今日作っていくのはですねー、〝自家製チャーシュー!〞です! 僕チャーシュー大

好きで、ラーメン屋さん行くとチャーシューめんばっかり頼んじゃうんですよ。いっそ別盛りでチャーシューだけ欲しいくらいで。ここはもう自分で作るしかない、チャーシューのチャーシューによるチャーシューのための究極のチャーシューを! って決心して……あれ、何回言ったんだろチャーシュー』

 声音はどこまでも明るいのに、決して速すぎず、心地よいテンポで。滑らかにトークを打ち出しながら材料を並べる作業をしていた彼は、ふと顔を上げて前方のカメラを見上げた。へらっと笑って『僕、チャーシュー何回言ってました? あ、十回? 今の入れて十一回? ……え? チャーシューによる、はおかしい? あはは、ほんとですね、はい十二回』と軽口をたたいていたので、おそらく動画撮影担当の人に向けてだろう。よほど打ち解けた間柄なのか、気の抜けた笑みは無邪気さがいっそう増し、幼さの残る顔立ちを魅力的に見せていた。

(そうそう。シュンくん、肉料理が得意なんだよね。もうほとんど肉料理チャンネルと化してるし)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る