死にたいあなたに男子大学生がお肉をごちそうしてくれるだけのお話

夕鷺かのう/角川文庫 キャラクター文芸

1 ホイル包み焼きハンバーグ①

 料理は別に好きではない。……いや、なかった。

 できなくはないが、必要ないなら避けたい。私にとっては、そんな存在が、料理。

 あれを作りたいだとか、これが安かったから使おうだとか。春には新ジャガを蒸して、ポテトサラダにする? 夏には冷水で締めたそうめんに、刻みネギや千切り茗荷みようがの薬味をたっぷり添える? それはそれは、ご立派なことで。話に聞きはするけれど、自分でやろうなんて考えたこともない。

 気まぐれで買った材料を、知らぬ間に腐らせれば気分が落ちる。無精が過ぎて、買い置きの七味に虫が湧いたこともあった。ナンプラーだのてんめんじやんだのと珍しい調味料など買ったが最後、オチは決まって「賞味期限は何年前でしたっけ?」……。

 どんな味でものどを通れば同じだし、どうせ摂取する栄養が同じなら、ゼリー飲料やブロックビスケットの方が効率的だろう。さようにパサパサと乾いた感性のまま、長年過ごしてきた。

 けれど最近、そんな私が料理に興味を持っている。我ながら奇跡ではあるまいか。

 理由は単純明快。某動画サイトの、とあるお料理チャンネルに夢中だから。

 仕事が終わって、家に帰って。日中の疲労と憂鬱ゆううつとをしこたまめ込んだ重たい体を座椅子に落ち着け、だるさを押し切ってスマホをタップ。

 すると、魔法が始まるのだ。

「――はいっ、みなさんこんにちは! 今日も〝料理好きの男子大学生〞の動画をご覧いただき、ありがとうございます」

 明るい笑みを浮かべた男の子が、楽しそうに料理をして。しそうなごそうが、見る間に出来上がっていく。包丁とまな板とお鍋なべとコンロで、日常の嫌なことも全部刻んで、焼いて、ぐつぐつ煮詰めてしまうかのように。

 画面の中で繰り広げられる、家庭的で平凡で、優しく穏やかな非日常。

 ああ。――その箱庭の、なんと甘美で素敵なことだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る