1 ホイル包み焼きハンバーグ㉖

「!」

 じゅわ、と口の中に肉の甘みと水分が広がる。続けて、じっくりと深みのあるソースが、味に余韻を引いた。

「すごく、美味しい……!!」

「ほんとですか!」

 思わず口元を押さえて目をみはる未桜に、シュンはぱあっと顔を輝かせた。

「うん。なんか、お肉の味がすっごくコクがあって……美味しさがぎゅぎゅっと詰まってるっていうか、普通のハンバーグじゃないみたい。ソースも美味しいけど、お肉そのものがすごく、味が濃くて。まさに肉、食べてます! って感じ?」

「ありがとうございます! 作るときに、ちょっとタネに工夫がしてあるんです」

 褒められたのがよほど嬉しかったのか、シュンは楽しそうに説明を加えた。

「工夫?」

「はい! また今度、編集終わったら動画出すので、是非見て欲しいんですが。実はこれ、コンソメスープをゼラチンで固めたゼリーが入ってるんです。ゼリーは硬めに作ってからフォークで細かく崩して、一緒にぎゅむぎゅむ混ぜ込んでるので、均一にコンソメのうまが行き渡ってて、お肉の味を濃くしてくれるんですよ。ゼリーにするのは、お肉の水分を守るためというか……その、……パッサパサのハンバーグってたまにあるけど、食べる肉がパサついてると心まで干からびるじゃないですか」

「肉がパサつくと心が干からびる」

 いきなり飛び出した迷言を思わずおう返しにしてから、噴き出してしまう。相変わらず言い回しが独特な子だ。

「パサパサお肉の要因は、加熱するときに肉汁が全部逃げちゃうからでして。だから、ゼラチンとスープでしっかり保湿してやって、肉汁が逃げないようにするんです。切る時にも肉汁じゅわっとではないけど、代わりに旨味も水分もお口の中に届けられるまで逃げません。タネを力いっぱい練ると、ヒビも入りにくいですよ」

「へえー! ゼリーをお肉に!」

「それだけじゃなくて、細かい普通のひきにくと、ちょっと粗めにゴツゴツ挽いたお肉をブレンドしてもいます。で、肉食ってます! 今! あなたの口の中にいるのは! 肉です! って感じが出せるんですよ」

 粗めの挽肉は、大きいスーパーやお肉屋さんだと売ってることもあるけど、ないときは自分で塊肉を包丁でチョップして作ればいいですよ。今回は僕も自力で挽いてます、とシュンは説明を足した。

「まな板の上で両手に包丁持ってドッカドカたたくんで、結構ストレス解消にもいいんじゃないかな。ヒャッハー肉だ! みたいな。ソースはそれ、ケチャップとウスターソースと市販のデミグラスを混ぜてみりんと料理酒で割っただけのやつなんですけど、お肉の味がしっかりしてるから、そんなのでも十分お店みたいに美味おいしいんです」

 次から次に話したいことが出てきてたまらない、と言ったふうに。──はく色の目をきらめかせて。表情をくるくると変え、身振り手振りを交えながら、楽しそうに料理を語るシュンに、未桜は目を細めた。

(ああ、まぶしいな)

 こんなにも、──大好きな何かに夢中になって、打ち込む瞬間が。今の自分に、あっただろうか。

(……それだけじゃなくて。そういえば最近、誰かが手作りした、あったかい料理なんてずっと食べてなかった)

 誰かが作ったご飯が、食べたかった。

 誰でもいいから買えば食べられるコンビニご飯ではなく、誰をも問わず金を払えば出してもらえる外食でもなく。誰かが、未桜を見て、ちゃんと未桜だけのために心を砕き手間を割いて作ってくれた料理が、食べたかった。

「あー、よかったぁ! お口にあってホッとしました! だってロバさん、お疲れだったから。美味しいもの食べて欲しかったんです」

 はにかみながら告げるシュンに、言葉が喉に詰まって何も言えず。ただ、もう一切れを口に運ぶ。

(美味しい)

 付け合わせの温野菜も、サラダも、スープも、白いご飯も。全部。

 もぐもぐとしやくしながら、同じ感想だけが頭を巡る。

(美味しい。……美味しい。美味しい)

 胸の中にしこったドロドロしたよどみが、一口、またひと口と運ぶうちに、溶かされていく。

 溶けた汚泥は、喉から目元へとせり上がり、ボロリとしずくになってこぼれ落ちた。

(──あ)

 テーブルクロスにポタポタと染みができ、未桜はそこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。

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