1 ホイル包み焼きハンバーグ㉗

 いつの間にかすっかり空になった、ホイルや皿を前に。未桜はカトラリーを下ろせもせず、無言の涙をこぼしていた。

(やばい)

 困らせる。会ったばかりの、ひと回り近く違う年上女に目の前で突然泣かれたら、シュンだってどうしていいかわからないだろう。

 泣き止まないと。すぐ、すぐに泣き止むから。それで、驚かせてごめんねと謝りたいのに。喉がヒリヒリ、焼けついたように声が出ない。言い訳の代わりに慌ててシュンを見ると、案の定、彼は呆然としたように未桜を見つめていた。

「え、あ……す、すみません、僕見るつもりじゃ! じゃなくて、……あの、これ!」

 彼は、未桜と目が合った途端に慌てると、それからエプロンやボトムスのポケットをぱたぱたとはたくようにして見つけ出したハンカチを差し出してくれる。頭を下げて受け取ったチェック柄の黒いタオルハンカチは、目元に当てると優しい柔軟剤の匂いがした。

「え、と! よかったら保冷剤もどうぞ」

 ややあってから、今度はきんに包まれた小さな保冷剤も渡される。気づかないうちに、冷蔵庫からとってきてくれたらしい。

「……ありがと、ごめんね……」

 やっと言えたお礼は、随分と情けない鼻声だったが、シュンは気にした風もなく「料理のスタジオだから、なんでもあってよかったです」と破顔してくれた。

(どうしよう)

 やがて。落ち着いてくると、今度は恥ずかしさに消えたくなってくる。前触れもなくいきなり泣き出してしまった手前、それはもう気まずい。どうしたものか……と視線を彷徨さまよわせる未桜に向け、不意にシュンが口を開いた。

「えっと……僕はまだ青二才だし、ロバさんのされている苦労について、あなたの気持ちがわかりますなんて、間違ってもそんな口きいちゃいけないと思うんですけど。だから、話半分に聞いてくださいね」

「? うん……」

 未桜は首を傾げた。何を話すのだろう、と思いきや。

 次の瞬間、シュンが出した提案は、未桜にとってあまりに唐突で予想外のものだった。

「──ハンバーグにしちゃえばいいんですよ!」

 人差し指をまっすぐ天井に向けて、やたらピッカピカの笑顔でなされたそれに、未桜はあっけにとられる。

「え? は、ハンバー……グにするって、な、何を?」

 シュンは未桜の悩みを聞いているし、そこからハンバーグの材料に関係しそうなものなど、およそ導き出されないと思うのだが。当然といえば当然の疑問を呈する未桜に、「すみません、言葉足らずで」とシュンは首の後ろをいた。

「ロバさん、ハンバーグの材料って何か知ってます?」

 にこっと微笑むシュンに、戸惑いつつ未桜は思案する。これでも、忙しくなる前には、そこそこ料理の真似事はしていた方だ。

「ええと……合いきのお肉とみじん切りにした玉ねぎと、卵とパン粉とミルクと、しおしようとナツメグと……」

 そういえばさっきはコンソメスープのゼリーを混ぜるって言ってたなあ、などとも思いながら、指を折って浮かんだものを数え上げていくと、シュンは「はい、全部正解です」とうなずいた。

「おっしゃる通りです。けど、挽肉と玉ねぎまではわかったとして、卵もパン粉もミルクも、入ってるなんて思いながら食べる人いませんよね。それから、さっき僕がおすすめのコツであげた、コンソメスープのゼリーなんかまずわからないと思うし。そういえば、僕はあんまりやらないんですけど、ハンバーグのタネに氷をひとかけ包んで焼くと、肉汁たっぷりジューシーに仕上がるっていう裏技もあるらしいんです。ゼリーも氷も、言われたら『そうなのか』と思うけど、わかんないでしょ。食べても」

 話が読めない未桜の、空になった切子のグラスにさりげなく水を注いでくれながら。──きっとよく泣いたから、水分補給の心配をしてくれたのだろうとは、後で気づいた。琥珀色のひとみを柔らかく和ませて、シュンは唇の端を緩く上げた。

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