1 ホイル包み焼きハンバーグ③

 寝て起きる。食べて出す。息を吸って吐く。生命維持活動だけならば、因数分解すればそれだけなのに。「生きる」となるとかくもうつとうしく、めんどくさい。

 窓の外には、加熱されたアスファルトの路地を踏んで歩く無数の人々。排ガスを吸いすぎてすっかり精彩を欠いた葉をくっつけた街路樹。まばらに雲を散らす晴れ渡った青空とて、どうせ曇っていても泣いていても、傘とレインブーツを使うべきか判断する材料にするくらいで、特に感慨も湧かない。

 いつもの、風景。

 今の未桜にとって、日替わりなのは、ここで頼むコーヒー豆の種類くらいのもの。この窓から見える風景は昨日も同じで、きっと明日あしたも変わらない。その貴重な日替わり担当のコーヒーにしたって、ベネズエラもエチオピアもモカも、ろくに味の違いなんて分かりやしないのだけど。

(ああ、雀になりたいなあ。道端でパンくずをついばむだけの生き方がしたい)

 でも、どこかで聞いた話では、鳥の消化器官は食べたパンに対応できないらしい。あいつらはいずれ、胃のなかで膨らんだパンくずに殺されるのだ。

 ならば猫になりたい。お金持ちの家で高級なキャットフードをつまみ、日がな一日家でゴロゴロして、「かわいいね」と褒められるだけの生き方がしたい。でも、飼い猫には自由がない。気まぐれにご主人様に見放されれば、下手をすれば保健所送りだ。ブリーダーの手で繁殖させられこの世に生まれでた瞬間から、生き方どころか死に方も選ばせてもらえない。

(なんてね……。そんなこと言ってもしょうがないし、結論はシンプルなんだけど。なんだかんだ言って、結局人間に生まれてしまったからには、人間として生きるしかないわけで)

 ただ漫然と生きて、そのうちブツンとスイッチが切れて死ぬ。人生なんて、「人」間として「生」をけた瞬間から詰んでいると思ったけれど、何のことはない、他の生き物でも大差はないようだ。素晴らしい。――絶望だ。

 取り止めもなく、うつうつとするばかりの考え事に終止符を打つべく、腕時計でちらりと時刻を確認する。クライアントとの約束まで、あと十五分。

(はあ。行くか……)

 つぶれたストローを引き抜き、氷が溶けてほとんどコーヒー味の水と化したグラスの中身を一気に飲み干し、未桜はカウンター席からノロノロと立ち上がった。アイロンを当てる気にもならないほど着古した己のスカートスーツが、いつになくやけにしわだらけでよれて目に映る。

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