1 ホイル包み焼きハンバーグ㉑

 立ち上げたメッセージツールの送信元は、何度見ても同じだ。名前もアドレスも、ついでに、エプロン姿の彼自身の写真が使われているアイコンも見たが間違いない。「料理好きの男子大学生」のもの。

 そして、メッセージには一言。

『ロバさん、大丈夫ですか』

 ──とだけ、あった。

「っ、なんで」

 声に出して問いかけても、彼には聞こえないのに。誰もいない部屋に響く自分の声がやけにこつけいだ。

 確かに、前にダイレクトメッセージでやりとりをしたことはある。でも、それは未桜からの応援に対する返信でしかなかった。あくまで一方的なファンだったので、まさか彼の方から未桜にメッセージをくれるなんて考えたこともない。

 びっくりするやら、混乱するやらで。ぼうぜんとスマホを見つめていると、またポン、ポンと可愛らしく通知音が鳴り、メッセージが追加されていく。

『何かありましたか?』

『心配です』

『ちょっとだけ、お話しできます……?』

「……」

 何も返せずにぼうっとメッセージの群れを見つめていると。

『ロバさんはよく僕の料理動画を見て、あったかいメッセージとかで応援してくれています。僕はそれに励ましてもらってます』

 最後に。

『僕、ロバさんがいつも頑張ってるの知ってます』

『電話の方がよかったら、こっちが通話可能アドレスですので!』

『ご迷惑でなければ、てか、僕でよければ、お話聞きたいです』

「……っ」

 のどに何か熱いものが詰まって、未桜はしばらく、唇を強くみ締めて黙り込んでいた。


    *


 それから、数日後。

 いつものコーヒーチェーンの、行きつけからはかなり離れた別店舗で、未桜はソワソワしながら腕時計を眺めていた。都内ではあるし、通過もしたことがある、名前も知っている駅。電車の窓から、周辺の閑静な住宅街や色とりどりの大きな遊具のある公園を眺めおろしつつ、けれど、きっと降りることはなく一生を終えるのだろうなと思っていた、そんな立ち位置の場所に、未桜はいる。

(うっかりノリで承諾しちゃったけど。ほ、本当によかったのかな……?)

 今の若い子たちはそうではないのかもしれないが、未桜はとりあえず、ネットで知り合っただけの相手と生身で会うことに、多少なりとも抵抗のある世代だ。おまけにちょっと、というかひと回り近く離れた、現役大学生の、しかも、男の子。

(土日は個人契約チャンスだから最初聞いた時は無理だと思ったけど、たまたまアポが入らなくてラッキーだったな……)

 今日は奇跡的にできた一日オフ。

 そして、これから。──未桜は、「料理好きの男子大学生」シュンのスタジオにお邪魔することになったのである。

 何度はんすうしても事実は同じだ。あれよあれよという間にカレンダーは進んで当日になり、こうして約束した待ち合わせの場所に着いてもなお、未桜は立派に混乱していた。

(え、な、何で? なんで、いつの間にこんなことになってたんだっけ……?)

 普段なら『本日のコーヒー』を問答無用で頼むところでも、なんとなく、気分をなだめる意味で糖分でもっておこうと、別の洒落しやれたメニューを選んでしまう。前に麗子が頼んでいたような、じゆもんめいた商品名のクリームが載ったドリンクは、なんとも飲み慣れず、逆に落ち着かなさを加速させた。ついでに、コーヒー味のシェイクに粒々のココアクッキーが混ぜ込まれているが、これ、絶妙に紙のストローに詰まる。効率的な吸い方はどうすれば。

 ──意図的にどうでもいいことを考えて、未桜は現実逃避に走った。

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