1 ホイル包み焼きハンバーグ⑤

 水中調査は、事前探査であれ発掘であれ、ひとたび行おうとすれば、ばくだいな予算を必要とすることも判明した。場合によっては何千万、何億という金が飛んでいくという。あるいはダイバーを雇い、あるいは音響調査機器や探査ロボットを駆使するのだから、さもありなん。理系学問との密な連携もひつだ。学部から勉強を続けるうちに、未桜の興味関心は、もっぱら調査そのものよりも、研究者たちがいかにして効率的に資金調達できるか、調査後の水中遺跡をどう活用していくか、という部分に寄っていった。

 院に進んでからは、指導教官として、高校時代からあこがれてきた先生に師事することができ、とにかく研究、研究の日々を送っていたのだ。

 書籍と論文草稿に埋もれるような生活だったから、親しい友達なんて、一人しかいなかった。――やまなかれいという、研究室の同期の子。それでも親友と呼べるほどに密な親しさを覚えていた相手だったから、不満なんて感じたことはなかったけれど。

 麗子とは、修士一年の新歓コンパで出会った。より専門的なことを学びたくて、学部とは違う大学を選んだこと、そして進学先が実家と遠く離れた地であったことのダブルパンチで、未桜は院に入ってしばらく孤独だった。

 古代魚みたいな顔をした研究室代表の教授が、「みなさん……こうして、残念ながら入院してしまったわけなので、……早く、退院してくださいね……」などとうそ寒い冗談を交えて研究室の新人たちを歓迎するあいさつを述べるのを、半笑いで聞きつつ。周りですっかり出来上がっている「もうお互いによく知り合った、内部進学組の仲よしグループ」の空気にてられて、身の置き場に困っていたときだ。

『ね、ね、あのねぇ。ひょっとしてあなたも他大学出身だったりする? ……あたしもなんだ!』

 肩をちょいちょいとつつかれ、振り返った先にいたのが麗子だった。

 れいな子だな、……と。真っ先に抱いた印象を、今でもよく覚えている。

 背中に届くほどの真っ黒い髪を、しっかりとアイロンでストレートにのばして、シンプルなバレッタでハーフアップに。春らしいパウダーピンクのアンサンブルに合わせた、ミモレ丈のプリーツスカート。ナチュラルメイクで上品に整えられた顔の中で、れたように大きな黒いひとみがじっと未桜を見つめていた。

『なんかちょっと、周りみんな「よく知ってるお友達なんですぅ」……って感じで、困っちゃうよね。あたし、山中麗子。C大学の考古学研究室から来たの。よかったら、仲良くして!』

 淡い色のグロスでつやを出した唇が、キュッと三日月形に笑みを形作るのを見て、未桜は自然と何度もコクコクうなずいていた。『ありがとう。……こちらこそ、よろしく』だとか、そんなことをモゴモゴと返した気もする。

 そこから未桜は、麗子と急速に仲良くなった。

 麗子は気さくで話しやすく、流行やおしゃれに詳しかった。染めもしない髪は乾かすのが面倒だからと常に短く、顔は安物コスメで雑な化粧をしたりしなかったり、「服は着られたらいい」の一言で某量販ブランドのパーカーとデニムを着回す未桜に、『もー、未桜ちゃんたら、流石さすがにちょっと女捨てすぎ! そんなんじゃ婚期逃しちゃうよぉ』などと笑いながら、メイクやファッションのいろはを教えてくれたのは麗子だった。

 逆に麗子は、研究についてはからっきしだった。ゼミでも何度も研究テーマを変更し、修士課程もどうにか期限ギリギリに論文を提出して乗り切ったという有様で、それも未桜がかなり手伝ったものだ。タイプは違えど、同じ歴史好きの考古学畑の民だと思っていたら、麗子の口からは『測量とか発掘とか、考古学の調査って予想外に泥臭くてびっくりしちゃったよねぇ』という一言が出て驚いたことがある。『えと、……麗子は学部で泥臭いことやらなかった?』とおっかなびっくり尋ねてみると、『うち、先生が優しくて』とのことで、未桜は首をひねったものだ。先生が優しくても、調査にも研究にも全く関わってこないと思うのだが……。

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