十六枚目 雑喉場
ラマと融合した『睡蓮』は、「取り除くのはどんな能力でも技術でも、今の所不可能に近い」とのことだった。必然的に、七緒はラマのそばにいなければならなくなった。七緒は三日三晩寝込んだ。この世界を恨んだ。自分の運命を呪った。それでももう、どうしても取り戻せないのだと悟った。
そして四日目の夜、三好に連れられて三人で闇市に行った。
元は大学か、もしくは寺院か何かだったのだろうか。山奥の、打ち捨てられ荒んだ講堂に、何処から集まってきたのやら、大勢の『無能』が詰めかけていた。
長年雨風に晒され、すでに壁は崩れ屋根もない。時折、流れる雲の隙間から星が見え隠れしていた。
「いらっしゃい! グリフォンの目玉が三百グラム一万円だよぉ!」
「機械獣の
「指紋を変えたい奴はいねえかあ! 今ならレーザーで、五分もあれば別人に早変わり……」
闇市は活気で溢れていた。髭面の巨漢や、毛むくじゃらのクリーチャーを連れた丸眼鏡の男など、見るからに怪しげな男たちが大声を張り上げている。どれもこれも、浮都では固く禁じられている違法な商品ばかりだ。麻布を着たままで良かった、と七緒はホッとした。こんなところで悪目立ちしたくない。
露店で買った闇クレープは中身が闇鍋みたいなゲテモノ料理だったが、中々どうして美味だった。食べた後強烈な匂いが口の中に残るという以外は。三好は闇クレープを三本、金銭ではなく薬品と交換で買った。
此処では紙幣よりも、食料品や衣服の方が価値が高いらしい。物々交換のような光景が、あちらこちらで繰り広げられていた。思わず目移りしそうになるのを必死に堪えて、七緒は四本足モードになったラマの隣をぴったりくっついて歩いた。
「お前のこと、本当はバラバラにして此処で売っちまおうと思ってたんだけどよぉ」
「え……」
ラマの背中に乗っていた六太が
「けどお前を殺したら、ラマの花模様も無くなっちまうからな。ま、こうなったらもうしょうがねえって。なあ七緒!」
「……名前で呼ばないでよ」
七緒は憮然としてそっぽを向いた。
彼女としても、正直最初は六太を殺してしまおうと考えてはいたのだが……『無能』は殺してやる方が、この世のためだと本気で信じていた……ななかとの出会いを通じて、今ではその思いも変わってきていた。いや、変えられたと言うべきか。この変化が自分にとって良いものかどうかは、七緒自身、まだ良く分からなかった。
「で? これからどうするんだ?」
「もちろん、止めるわよ」
意識を取り戻してから、六太にはある程度経緯を話してある。
遭難し『泥梨』を通ってきたこと。
『人工才能』の危険性。
謎の黒服少年が残した言葉。
──正しい戦争と、間違った平和。
貴方なら、どちらを選びますか? ──
──七緒は険しい顔で頭を振った。
「『奴隷解放』だ『革命』だなんてお綺麗な言葉で飾ってるけど、要は殺し合いでしょ。止めないと大変なことになる」
「そうか?」
「え?」
「俺はそいつの言ってること、別におかしいとも思わないけどな」
「はぁ?」
見上げた六太の瞳の奥は、ギラギラと輝いていた。
「俺は戦うよ。上空の奴ら全員、引きずり降ろすんだろ!? 良いじゃん、戦争。面白そうだ」
「アンタねえ……!」
「テメーも首に爆弾巻いて暮らしてりゃ、そのうち分かるさ」
六太が首筋を撫り、声を荒げた。首に真っ赤な首輪と、長年締め付けられた痕が残っている。
「分かんねーだろ? 『有能』な人間様にゃ、『無能』な奴隷の気持ちはよぉ」
怒気を孕んだ声は活気に紛れた。幸いこの程度の口論は茶飯事のようで、通行人は誰もこちらを気にしてはいなかった。三好が立ち止まって、目を丸くして二人を見比べた。
「絶望したこともねーんだろ? 人を呪ったこともねーんだろ!? こちとら生まれた時から首輪して! 朝目覚める保証もねえ。寝てる間にドカン! かも知れねえ毎日で。家族も友達もみんな訳わかんねえまま殺されて、殺されるのが当たり前の日常で!」
「六太……」
「ムカつくんだよ……どいつもこいつも! こんなクソみてえな世界も! 上空から見下してくる連中も! 革命万歳、正しい戦争万歳だ! 全部ぶっ壊れりゃ良いんだ……!!」
六太が目を血走らせ、獣のように荒い息を吐き出した。毛を逆立てたハリネズミみたいだ、と七緒は思った。だが、ラマと融合しているのは七緒の『睡蓮』だ。感情が先走って、勝手に暴走されても困る。
幸い……と言って良いのかどうか、ラマの
「六太……落ち着いて」
「ンだよ……クソ!」
七緒の操作でラマが変形し、背中から「にゅっ」とアームが伸びてきて、六太を羽交い締めにした。縄で縛られたみたいになって、たちまち少年は身動きが取れなくなった。
「離せ!」
「落ち着いて。『正しい戦争』なんてあるわけない。あんな奴に騙されちゃダメよ。無関係の人を大勢巻き込んで、何が革命よ。テロリストと変わんないわ」
「だからって、『間違った平和』だってあっちゃダメだろうが!!」
「それは……」
「じゃあ決まりだね!」
二人の剣幕を見かねて、三好が割り込んできた。六太は白目を剥いて、口の端から泡を吹き出した。
「えーっと……どういうことですか?」
「答えは簡単だよ。七海くんは『間違った戦争』を止めるために闘い──」
三好がにっこりと笑って二人に言った。
「──六太くんは『正しい平和』を手に入れるために戦う! そうだろう!?」
七緒と六太は目を合わせた。
それから三好は自分も売るものがあるから、と逃げるように人混みの中に紛れて行った。本当に逃げたかったのかもしれない。七緒は黙って、六太はラマの背中で縛られたまま、突き当たりまで進んでいった。
ふと、右手の取れた観音像の前に、人集りができていた。観音様の顔の部分に、何やら張り紙がしてある。
「死合があるんだってさ」
「シアイ?」
観衆の一人が、親切にも七緒に教えてくれた。
「嗚呼。御前死合だ。何でも日本全国津々浦々、腕利きの職人や技術者が作った武器を、一堂に会して戦わせるらしい。賞金も出る」
「一体誰がそんなことを……?」
「将軍様さ。ネオ京都の将軍様は、根っからの武闘派で武器蒐集家だからな。噂じゃ世界中の武器を集めて、何れが一番強いか夜な夜な試しているらしい。それに強い武器使いなら、たとえ『無能』でも特例で都に引き上げてくれるんだぜ」
「それって、勝ったら名誉浮民にしてくれるってこと?」
「そういうことだ。だけど、負けたら死ぬんだぜ?」
御前死合。
大会に勝てば奴隷の身分から解放される。
古代ローマの
もっとも今まで十二回を数える大会の中で、『無能』が勝ち上がったケースは皆無だという。
此処ネオ京都では、『無能』たちは蠱毒のような扱いだった。
「ま、闇商人にとっちゃ新作のお披露目会ってとこか。明日、ネオ清水の、武装観音で行われるらしい。俺も武器が持てりゃ、出場するんだけどな」
そう言って男は、爆撃で吹き飛ばされた肘から先を二つ上げて、乾いた笑い声を上げた。
「なあ……おい」
片腕で祈る観音像を後にして。しばらくすると、六太が七緒を期待するような目でじいっと見つめてきた。先ほどとは打って変わって、目を輝かせている。
「出ようぜ、大会!」
六太が叫んだ。
「優勝したら、この首輪も取れるんだろ!?」
「そうね」
「反対しても無駄だぞ! 俺は出る。このスーツは俺のもんでもあるんだからな。日本中から強え奴が集まるなんて、最高じゃねえか。出ない訳が……え?」
「出ましょう」
「え? 良いの?」
てっきり反対されると思ったのか、六太は拍子抜けしたような顔をした。七緒は黙って頷いた。別に七緒は、『強え奴と戦いてえ』訳ではなかった。だが、そういう大会があるのなら、あの黒服の少年・地下組織が見過ごすはずがないと思ったのだ。強力な武器をかき集めている最中だろうし、血気盛んな仲間を勧誘するには持ってこいの場所だろう。
何か情報が掴めるかもしれない。そう思った。
それで二人は次の日、ネオ清水へ向かった。千の手に其々武器兵器を構える、巨大な武装観音像の前──……。
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