二十四枚目 諸人登山
「見ろ、人が
埠頭に立ち、
「随分と集まりましたね」
三十五がほほ笑んだ。
ほほ笑みながら、杖を振る。
上空へと駆け上ってきた機体が、浮都に向けてミサイルをぶっ放す。轟音上げて、青い空に放たれる白い煙と殺意の燃焼。だがミサイルは、浮都の底に命中する前に、何故かシュルシュル……とか細い音を立てて減速し始めた。
『
二十九の『能力』によって、巻き戻されたミサイルが機体付近で爆発した。粉々に砕かれた鉄の塊は断末魔を上げ、細かな飛沫となって地上へと逆戻りしていった。
二十九は小刻みにステップを踏みながら、軽やかに杖を踊らせた。指揮者に呼応する楽器のように、飛び上がってきた機体が次々と空中で爆発炎上する。空に五線譜があったら、音楽家はそこに『運命』を見たかもしれない。
「何人が
一番合戦は、刀を杖代わりにして、興味深く眼下の花火大会を眺めていた。先ほどから数多の機体の群れが、浮都に押し入ろうとして攻めあぐねていた。
「我々が護っている限り、ゼロでしょう」
二十九が淡々と応えた。一番合戦が「政府関係者が軒並み洗脳されているようだ」と告げた時も、彼は表情一つ変えず「そうですか」と言っただけだった。彼に言わせれば、下手な兵力よりも自分たちの『能力』の方が強いのだから。そんなものは
だから突然の学徒動員も、二十九は特に意に介さなかった。
戦いは数で決まる。一般常識ではそうだ。だが現実は必ずしもそうではない。数ではなく、質の問題だ。即席竹槍部隊が何百万と集まっても、大量破壊兵器のスイッチを持った独裁者の前では為す術もない。
「それに、むしろ数が弱点にもなり得るんですよ。見てください、あの量! あれだけの人数、補給をどうするつもりなんだか……。三日もすれば兵站は底をつき、撃つ弾もなくなり、勝手に自滅するでしょう」
「ふむ。何事も見上げ続けるというのは難しいものだ。ましてや登り続ける、となるとな。だが……」
「何か気がかりでも?」
「気がかりではなく、純粋な興味だよ。努力で八合目まで行ける者もいるだろう。
「狂気の世界?」
「嗚呼。常軌を逸した、とても言葉で言い表せない世界……」
「私は芸術には疎いですが」
二十九が肩をすくめた。足元で爆発音がする。砕け散った機体が、細やかな雨となって下界へと降り注ぐ。
「しかしそれらが、決して理性や論理だけで出来ていないのは
天才とは、道端の蝶々を夢中になって追いかけて、いつの間にか山の頂上まで登った者だ……と言ったのは、ジョン・スタインベックだったろうか。
「貴方はこう仰りたいのですか?
「大抵は道半ばで諦めてしまうものだよ。或いはある程度で満足する。そっちの方が賢明だし、大局的に見て正しいからだ。そうではなく、理屈や正解を越えてくる者……だが狂気に足を踏み入れた者も……やはりそこに囚われてしまっては、結局六〜七合目止まりで終わるだろうな」
頂上から、群がる敵を見下ろしながら、一番合戦が顎を撫でた。
「七海は……」
二十九がふと首を傾げた。
「彼女はどうですか? 貴方から見て、彼女は今何合目くらいでしょうか?」
「彼女はどうも頭を信用し過ぎる」
一番合戦が向日葵模様の瞳を閉じた。
「知力が彼女の武器なんだろう。しかし『人間の脳』というのは、『才能の花』と同じで、大体二十歳前後がピークで後は衰える一方だ。それにそう……この世は決して理屈だけで出来ている訳ではない。考えてるだけでは、ただ時間が過ぎて行くだけだぞ」
厳しい言葉だが口調に棘はなく、その表情は穏やかだった。
「それで……」
それで、二十九はようやく合点がいった。恐らく一番合戦は、会いたいのだ。戦ってみたいのだ。常識や正解を越えて、自分に向かって来る者と。自分が全力を出せる好敵手と。
先頭を走っている者は、全員に背中を向けている者である。勝者の孤独。強者の退屈。この状況で、一番合戦が誰よりも敵に期待している。
「彼女は
「……今に分かる」
一番合戦は笑みを浮かべ、次の瞬間、埠頭から飛び降りた。
「会長!?」
唖然とする二十九を置いて、風にはためく赤髪がみるみるうちに遠ざかって行く。あっという間に一番合戦は小さな点となって消えた。『時間操作』で呼び戻そうかとも思ったが、恐らくは意図があっての行動だろう。済んでのところで踏みとどまった。
異変が起きたのは、それから数分経った後だった。
「なんだ……!?」
二十九は眉をひそめた。眼下に広がる地上が、文字通り景色が、変わろうとしている。ネオ関東平野が、その端が、不気味な音を立て徐々に持ち上がっていく。地震? いや……地面が自在に動いているのだ! まるで折り紙みたいだ、と二十九は思った。中央に沿って、広大な平野が今まさに半分に折りたたまれようとしていた。
本をパタンと閉じるように。平野が閉じる。地面と地面の間に、押し潰される機体。すり潰される建物。やがて折り紙が再び開く頃には、山も川も、ごちゃ混ぜに掻き回されて、原型を留めていなかった。
「やはり凄いな……会長の『能力』」
新しいネオ関東平野は、頂点から見ると鶴の形をしていた。地上を
「あれが一番合戦会長の……『
『地面を折りたたむ自由』。平野鶴が一声鳴いて、その身を震わせる。それだけで数百万の命が呆気なく失われた。やがて鶴は大きく羽を広げ、天上に向けて羽ばたき始めた。
「オイ、早く行こうぜ」
六太がラマを着ながら、七緒を急かした。彼女は先ほどから、晴れ間の見え始めた空を見上げ、何やらじっと考え込んでいる。
「パワーアップしたラマなら、三日もありゃ東京に戻れる。早いとこアイツらぶっ飛ばそうぜ」
「いいえ、それじゃ時間がかかり過ぎるわ」
七緒は首を振った。
「じゃ、どうすんだよ?」
七緒は返事をしなかった。身じろぎせず、じっと京の空を見上げたままだ。六太は釣られて上を見上げた。曇天に差し込む一筋の光。視線の先には、将軍様の乗る
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