二十三枚目 花見帰り
涼やかな風が西から東へ吹き抜けて行った。焼け焦げた匂いが、黒煙が、気持ちばかり和らぐ。遠くに見えるネオ東山が、赤赤と、まるで祭囃子のようにパチパチ鳴っていた。七緒は、突如現れた少年をぼんやりと見つめ、彼が先ほど口にした言葉の意味を考えていた。
「六道……
黒装束の少年がそっとフードを取った。色白の、あどけない顔つきが白昼の元に晒される。
七緒は驚いた。
彼女とお揃いの、鮮やかなピンク色の髪の毛。胸に咲く青い睡蓮の花。夜のように暗い、真っ黒な瞳は、こちらは六太にそっくりだった。十三日と名乗った少年が、にこやかに七緒に笑いかけた。
「そうだよ、お母さん」
「おか!?」
七緒は危うく卒倒しそうになった。混乱が頭の中を駆け巡る。未来から来た? 私の子供? 私と、あの六太の子供??
……ありえない!
「ワケわかんねーこと言ってんじゃねえぞクソガキ!」
「きゃあ!」
六太が、持っていた瓦礫で十三日をブン殴ろうとして、慌てて七緒の背中に隠れた。
「ちょ……!? 離れなさいっ!」
「ヒドイよ! 親父にもそんな暴力振るわれたことないのに!」
「……何かややこしいわ! どっちなんだよ!」
「助けて! お母さん!」
「お母さん言うな!」
しばらく六太と十三日は、七緒の周りをぐるぐる、追いかけっこを始めた。七緒は、なぜさっき卒倒してしまわなかったのだろう、と後悔した。
「二人とも静かにしてっ!!」
雷が落ち、取っ組み合っていた二人の子供が急停止する。七緒は黒装束の少年を睨んだ。
「一体どうしてそんな嘘をつくのか分からないけど……」
「嘘じゃないよ。ぼくの名前は六道十三日。ぼくの父さんと母さんは、戦争中に出逢い、それから大恋愛のすえ……」
十三日が喋ってる途中で、後ろから六太が殴りかかった。
だが、瓦礫が頭を直撃するその瞬間、少年の姿は忽然とその場から消えてしまった。
「な……!?」
「……そうしてぼくが生まれたんだ」
背後から声がする。振り向くと、青い短剣を持った十三日が、にっこりとほほ笑んでいた。
瞬間移動……いや、彼の言葉を借りるなら『
「なんなんだよアイツ」
「知らないわよ! 私に聞かないで。急に現れたり消えたりして、勝手なことばかり言っていくのよ!」
「おかしいな? お互い一目惚れだって聞いてたんだけど……」
「だから勝手なこと言うなぁ!」
「とにかく、アイツをとっ捕まえりゃ良いんだな!?」
言うが早いが、六太がラマを着ようと天を指差しポーズを決める(本人曰く「ポーズを決めると一番格好良く機体を
「うわぁ、ラマぴょんだ!」
「ラマぴょん!?」
「懐かし〜。子供の頃よくお父さんと一緒に、背中に乗せてもらったっけなあ」
「お前……どうしてその名前を……!?」
六太が固まったまま、ダラダラと大粒の汗を流し始めた。
「ありえねえ! その名前は、俺の家族しか知らねえはずなのに!」
「だから、家族なんだってば」
「ラマぴょん……」
「お父さんが名付け親なんだって」
「そうなんだ……ラマぴょん……」
「貴様ァァァアアッ!!」
六太が雄叫びを上げ、今日イチ、怒りを爆発させた。
「いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるだろうがッ!!」
「だからぼくとしては」
十三日は涼しい顔で、ラマの背中に飛び乗る。
「二人にはこんなところで喧嘩して欲しくない。それより早く『戦争』を始めてもらわないと。じゃないとぼくが、生まれてこないからね」
「それであんなに戦争したがってたのね」
納得できない理由だが、七緒にも一応理解はできた。自分が生まれるために。だがそれなら、戦争なんてしない方がもっと安全に生まれてくるのではないか?
「フン! と言うことは、だ」
六太がニヤリと嗤い、心底悪どい顔をした。
「テメーの話が本当なら、テメーは俺たちを殺せないってワケだ。だって俺たちが死んだら、テメーは生まれてこないんだからなああ!」
「お父さん、難しいこと良く知ってるね」
「何処の馬の骨か知らねえが……」
六太が瓦礫を拾い直した。
「生まれてきた事を後悔させてやるぜェッ!」
「六太! アイツを捕まえて!」
「やれやれ。反抗期の親を持つと、子供は苦労するなあ」
突っ込んで行った六太だったが、またしても十三日は煙のように姿を消してしまった。それから少し離れたところにポッと現れる。そしてあろうことか、六太は自分の機体にのしかかられ、押さえつけらえてしまった。
「そんな!?」
六太がショックを受けた顔で自分の愛機を見上げる。
「ラマぴょん!? どうして……!」
「やっぱりラマぴょんって名前なのね」
「全く、なんて口の利き方だ。親の顔が見たいよ」
「こっちのセリフだ!」
「六太!」
少年が瓦礫の上から二人を見下ろし、肩をすくめた。
「親子喧嘩も、ま、楽しいっちゃ楽しいんだけどね。それより今は戦争だよ。おか……七緒さんのお母さんは、今ネオ東京にいるよ。それから六太さんの家族も、ね。お二人とも、この意味、分かるでしょう?」
「待ちなさい!」
「待てコラ!!」
「じゃあね〜」
二人の静止も虚しく、十三日はひらひらと右手を振りながら、笑顔で虚空へと消えて行った。また風が吹いて来た。七緒はその場に立ち尽くし、六太はラマにのしかかられたまま、しばらく呆然としていた。
「……とっ、とにかく」
「と、東京に戻るぞ」
六太が顔を上げ、七緒と目を合わそうとして、慌てて逸らした。心なしか頬が紅い。もう、やめてよ!
気まずいのは
「首輪を……」
七緒もまた、六太の方を極力見ないようにして語りかけた。
「首輪を外すわ」
「あ?」
「別に贖罪のつもりでもない。元々そういう約束だった」
「……嗚呼」
七緒は六太にのしかかっていたラマを変形させ、パズルみたいに、部品を組み立て直した。
「おお……!」
機体が巨大な刀剣の形に再編成される。機械羊駝・刀剣モード。日本刀の時のように何度も振り回す訳には行かないが。これなら、全盛期ほどでなくとも、”斬ること”は出来るだろう。
大至急ネオ東京に戻る。そのためには、六太の首輪が文字通り枷になる。ラマの機体を、『
「じっとしてて」
「…………」
「動かないでよ。じゃないと、首まで斬れちゃうから」
「早くしろ!」
六太がドカッと地面に胡座をかく。腕組みをして目を瞑る六太へ、七緒がゆっくりと間合いを詰めた。呼吸を止めて。丸太のように重い大剣を、首に巻き付いた赤い爆弾目がめて、一気に振り下ろした。パキン……! と音がして、首輪は真っ二つに割れた。
「おお……!」
外れた瞬間、首輪は爆発しなかった。六太が目を見開く。
簡易版・『
それから七緒はたまらず刀剣を手放した。分かっていたことだが、やはり重たい。残念ながら一日に何度も使えそうにはない。が、こうして元の『能力』を再び使えたことに、七緒は少なからず安堵した。
「……俺は妹を助けに行く」
六太がゆっくりと立ち上がりながら、首をさすった。長年苦しめられてきた首輪からようやく解放されたというのに、その表情は険しいままだ。
「母さんもな。あのクソガキにゴミ野郎、絶対許さん」
「……もし戦争が始まれば、浮都が攻撃されれば、それこそ大勢の人が死ぬことになるわ。たとえどんなに崇高な目的があろうと、許されることじゃない」
七緒も顔を引き締めたまま頷く。
それから、長い時間をかけて、二人はようやく向かい合った。
「「戦争を止める!!」」
こうしてようやく、ようやく二人の意見が合致したのだった。図らずも、未来から来た二人の息子の存在によって。
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