三十枚目 踊形容江戸絵栄

「後はお前たちだけだぞ」


 一番合戦が、にこやかな笑みを浮かべていた。背中の動力源が白く眩く、後光のように輝いている。


「無駄な抵抗を続けているのは。反抗勢力はあらかた始末した。もう諦めたらどうだ?」

「会長……」

「諦めて、人間以下の生活に戻れ、『無能』の少年。人生に高望みするな、首輪で繋がれ、また地獄のような毎日に戻ると良い。それで全て丸くおさまる」

「会長……なぜ」


 唸り声を上げ、今にも飛びかからんと構えていた六太を制し、七緒が一歩前に出る。


「なぜ、彼らをそこまで貶めるのですか? 『能力』が無くたって立派な人間です、『才能』が無くたって、彼らは私たちと同じように、生きている……」

「なぜ?」


 巨大な日本刀を杖代わりにして、一番合戦が首を捻った。


「七海、お前なら理解していると思っていたが。それは当然、俺たちが平和に幸せに暮らしていくためだ」

「…………」

「そうだろう? あらゆる資源が枯渇し、人口が爆発した現代の地球では……全ての人間を賄うことはできない! 誰かが割を食わなきゃならないのさ」


 それにお前も、自分より下の人間を見て、感じただろう?


「『ああ自分は、こいつらよりマシだ』って。悪化の一途を辿る外環境、浮都という狭い箱舟の中。集団の持続的な生存のために、精神安定剤が必要だ。自分たちは選ばれた人間だと、下を見て安心するために、そのために『無能』は生かされているのさ」

「私はそんなこと……」

「何と思おうが構わんが。事実、大勢の『無能』が犠牲になっているおかげで『有能』の食糧が確保されている。エネルギーが確保されている。かつて帝国が先進国がどうしてあれだけ栄華を誇ったか分かるか? 奴隷貿易だよ。そりゃそうだよなあ。自分たちが汗水流して働きゃなきゃならない部分を、赤の他人に、タダ同然でやらせてるんだから!」

 誰かの戦争が。

 誰かの差別が。

 誰かの貧困が。

 誰かの不幸が。

「我々の自由を、我々の幸福を、我々の安全を、我々の平和を作った。人類史の強烈なマイナスが、また一方で強烈なプラスをも産んだのだ。有史以来、世界は、人間は誰かの犠牲によって成り立っている。頂点ができれば自ずと底辺も定まる。その点では、我々は『無能』に感謝せねばならないだろうな」


 一番合戦は悠然と、顔色ひとつ変えなかった。暗がりの中で、それぞれの視線が短く交錯する。


「あなたの『能力』で……」

 七緒は自分の声が掠れているのに気がついた。

「解決できるんじゃないですか!? そんなに強力な『能力』があれば……誰かを犠牲にしなくても! 平和な世界が作れるんじゃないんですか!?」

「なぜ?」


 今度は逆に、一番合戦が問う番だった。


「なぜ自分より弱い奴を救ってやらなければならない? 自分たちはから、助けてもらって当然、救われて当然だとでも思っているのか? それこそじゃないか……肉や魚を散々殺して食ってきた人間がァ、今更綺麗事言ってんじゃねえ! 弱肉強食が自然のルールだろうが! 家畜は食われてこそ報われるんだよ!!」

 ビリビリと、発せられた怒気で空気が震える。七緒は何か言おうとして口を開き、しかし何も出てこなかった。一番合戦の絶対的な圧を前に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


『だったらよォ』


 すると、今まで黙って聞いていた六太が、均衡を破った。一番合戦が、七緒が、六太の方を振り返る。六太が赤髪の大男を指差し、静かに口を開いた。


『俺がお前に勝ったら……お前が食われる番ってことだよな?』

「フ……」

 一番合戦は、

「フ……フフフフ! フフフフフ!!」

 とうとう耐えきれなくなって、破顔して笑い出した。

「フハーッハッハッハッハ!! ハーッハッハッハッハッハ!!! 面白い!! 今までで一番面白い冗談だぞ、『無能』の少年!!」

『そうか?』

「嗚呼! 教えてくれ!! 何の『能力』も与えられなかった少年が! 何の『才能』ももらえなかった『無能』がァ! 『持たざる者』が!! どうやって『能力者』に勝つって言うんだ!? えぇ!?」

 涙を流して笑いながら、刀を構える。それだけで、地面がガクガクと揺れ始めた。


「きゃああっ!?」

 七緒が悲鳴を上げた。まるでエレベーターにでも乗っているかのように、足元が急速に浮上していく。周りの景色が高速ですっ飛んで行き、自在に姿を変えた。


「『自由……自在』……!!」


『能力』を使ったのだ。

『場所を変える自由』。


 地下へと降り立った七緒たちは、再び上空へと吹き飛ばされる。やがて雲の上までたどり着いた。日が傾き、西の空が徐々に朱色に染まりかけている。七緒が恐る恐る目を開けると、雲の上に、派手やかな檜舞台が出来上がっていた。ネオ京都の数倍、学校のグラウンドくらいの、広大な檜舞台だった。


「さすがに暑いな」


 強い日差しに目を細め、一番合戦が刀を構える。その途端、

ぐるんッッ

 と空が回転し、青々とした午後の空が、あっという間に星景色に変わった。


『日付を変える自由』。


 中天で満月が輝いている。夜になったのだ。七緒はもう、呆気に取られるしかなかった。『能力』とか、『才能』とかそう言う問題じゃない。もはや何でもありだ。いくらなんでも、『自由』にも程がある。


「一億三千万……だったかな」

 呆然とする七緒に、一番合戦が白い歯を見せた。


「俺が今まで奪い、内蔵してきた『自由』の数は。七十億、八十億……百億。まだまだ増えるぞ」

「いちお……!?」

「そしてこれがァアア!!」


 一番合戦が水月の構えを取った。突然、何もない空間に瓦礫の山が現れ、六太に向かって五月雨のように降り注ぐ。一番合戦の元へとすっ飛んできていた六太が、たちまち流星群に飲まれて吹き飛ばされた。


『ぐ……!?』

「六太!」


『水月の構えを取ることによって、敵に瓦礫の山を打つける自由』だ。


「まだまだァ!! 『自由』を、なめるんじゃあなァいッッッ!!」


 今度は上段に構える。するとどうだろう。彼の目の前にずらりと、『正徒会』のメンバーが召喚された。

「『仲間を呼ぶ自由』!」

 そしてそのまま刀を振り下ろすと、

「『弱い仲間は切り捨てる自由!』ッ」

「なッ……!?」


 ぼん、ぽん、と爆発音がして、血飛沫が、千切れた手足が宙を舞う。八百枝が、二十九が、五味が、何が起きたか分からないといった顔で、糸の切れた人形のように地面に崩れて行く。広がった血溜まりが、たちまち七緒の足元にも伸びてきた。彼女は今や、悲鳴を上げることすら忘れていた。


「どういうこと……!?」


 七緒にも何が起きたのか分からなかった。あろうことか、一番合戦は自由に仲間を招集し、そして自らの手で処刑してしまった。


「何を……!?」

「言っただろう? 弱い仲間はいらないんだ」

 返り血を浴び、真っ赤に染まった顔で、一番合戦がニヤリと嗤う。粛清ということか。しかしあまりにも、身勝手で、傍若無人な……これが『自由』?


「これがッ! これこそが『自由』だッッ!!」

 恍惚な表情を浮かべ、一番合戦が舞台上で刀を片手に見得を切る。


「『殺す自由!』ッ『差別する自由!』ッ『いじめる自由!』ッ『奪う自由!』ッッッ」


 何もかもが自由自在。嵐が空を覆い、雷が白く鋭く景色を切り裂く。黒い雲の向こうで、龍の巨大な眼がこちらを睨んでいるのが見えた。何処からともなく現れた天女が、ふわふわと宙を舞い、やがて雷に心臓を貫かれ、昇ってきた悪魔たちが、毒雨に狂い、踊りながら自らの首を掻き毟っている。これは何の『自由』だろうか? 


 地獄とも極楽ともつかぬ景色が、舞台上に広がっていた。尻餅をつき、必死に身を伏せる。縦横無尽に咲き乱れた『自由』で、七緒はその場に立っていることさえ出来なかった。広い舞台に、一番合戦の声が響き渡る。


「いやァァ〜ァア! 自由って素晴らしいよなあぁぁ……少年!!」


 六太は。


 舞台袖、瓦礫の中から右手を突き出し、何とか這い出してきた。


「六太!」

「……なかったぞ」

「……?」

「俺には……自由なんて……」


 震える拳で瓦礫を掻き分け、傷だらけになった機体が顔を覗かせる。


「これっぽっちもなかった……! 生まれた時から首輪して……。食べもんもねえ! 着るもんも、住むとこもねえ! 人権すらねえんだこっちには! 毎日毎日殺されて、明日死ぬかも分からねえで……! 俺には……俺たちには……!」

「六太……」

「よこせよ!」

 ギラリと光らせたその目は、まだ死んではいなかった。


「お前が独り占めしてるその『自由』! 俺たちにも、ちったぁ分けやがれ!!」


 機体が唸りを上げて飛び跳ねる。と同時に、カカン! と一番合戦が再び刀を構えた。


 有能と無能。

 エリートとロクデナシ。

 持つ者と持たざる者。


 最終決戦の幕開けである!

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