三十一枚目 桜花に富士図
「案外呆気なかったな……」
天上に浮かぶ檜舞台に、コツコツと足音が響き渡る。一番合戦六三四。大男が、赤髪を靡かせ、肩を日本刀でコツコツと叩いた。退屈そうな表情には、汗ひとつ掻いていない。
「大口を叩いていた割には、手応えがなかったぞ。少年、俺に二桁の『自由』を使わせたのは、健闘したとも言えるだろうが……」
舞台の上は、綺麗なものだった。傷跡一つ付いていない。夥しい量の血も、死体も、『戦い終わったらすっかり元通りになる自由』で洗い流されてしまった。ただ、中央にポツンと、ラマの残骸が転がっているだけだ。
いつの間にか嵐も止んでいた。
すっぽりと闇に包まれた天空から、月明かりが一筋、煌々と舞台中央を照らしていた。
「六太……!」
その少し向こう、瓦礫のそばに横たわった七緒が呻いた。
圧倒的。
圧倒的な強さであった。勝てない。『どんな敵だろうと、結局は最後に俺が勝つ自由』の前に、七緒たちは為す術もなくやられた。赤子のように、何度も吹き飛ばされ、踏み潰され、傷跡一つ、つけることさえ出来なかった。
「……はっきり言って、
崩れた機体を見下ろし、一番合戦が冷たい声で問いかけた。今や機体は、原型を留めていない。手足があらぬ方向に曲がり、弱々しく震えるラマは、もはやピクリとも動かない。
「勝つんじゃなかったのか?」
「…………」
「この俺を、倒すんじゃなかったのか? 引き摺り下ろすんじゃなかったのか?」
「…………」
「頂点まで駆け上るんじゃなかったのかァッ!? こんなところで終わりか、少年!!」
「…………」
「……がっかりだ」
一番合戦が、心底つまらなそうな顔で六太を見下ろした。刀を上段に構える。首を切り落とそうというのだ。ラマの機体がピクリと反応し、弱々しく右手を上げる。しかし、その動きは緩慢で、もはや拳を握る力すら残されていなかった。
「六太……逃げて……」
「今更何を抵抗しようというのだ?」
『……咲いてるぞ』
「……何?」
何を言っているのか分からない。そんな顔で、一番合戦が眉をひそめた。
ゆっくり、ゆっくりと開いた手のひらの、その真ん中に、鋼色に光るモノが存った。七緒が目を見開いた。
「あれは……」
「……『人工才能』か」
ラマの手のひらに咲いていたのは、三好が作成した、あの『人工才能』だった。一番合戦がたちまち興味を失くした。
「それがどうした?」
七緒が顔を上げた。微かだが、残ったラマの機体に、まだ睡蓮模様が光り輝いている。死にかけの六太が、笑おうとして唇を釣り上げる。しかし、受けた傷の痛みの方が大きくて、上手く笑うことさえできない。その状態でなお、彼はギラギラと目を光らせて、一番合戦を睨みあげた。
「あれは……私の『
『
ただの石ころを隕石に。一粒の水滴を大河に。100%を1000%に。
未完成の『人工才能』の可能性を、全開まで引き上げる。
六太の手の中で、鋼の塊がカッと花開いた。一番合戦の表情は、まだ揺るがない。
「それで?」
「『時間操作』……!」
六太が『能力』を発動した。ただし、一番合戦にではなく、自分の妹・菜乃花に向けてだった。もし一番合戦の方に『能力』を発動していたら、『相手の能力を無効化する自由』で打ち消されていただろう。
『時間操作』で菜乃花を成長させる。みるみるうちに大きくなった菜乃花が、その身に真っ赤なハイビスカスの花を咲かせた。『洗脳』が解けた菜乃花の目は、もう歪んではいなかった。その瞳はしかと一番合戦を睨みつけ、
「全ては貴方を倒すため……」
「ほぅ……」
「『
勢い良くビードロを吹く。月明かりの外、闇の中から死者たちの呻き声が聞こえてきた。たちまち檜舞台が
「これは……」
「あなたを、倒すためなら!」
ぼんやりと周囲を見渡す一番合戦に、菜乃花が叫ぶ。
「たとえ一瞬だけでも蘇って、力を貸してくれるって人が大勢いるのよ!」
『百億なんてモンじゃないぜ』
六太が、ようやく白い歯を見せた。
『何千億……今の今まで、この地球で、生まれては死に……』
不運にも日の目を見なかった『才能』が。
表には出ることなく死んで行った『天才』たちが。
誰にも認められることなく、埋もれていった『花』たちが。
イマ、待望の晴れ舞台に登る。
『俺自身が『能力』を使えなくても……誰かに『協力』してもらうことができる!』
『
『全員が、全開の、全力で! お前をブッ潰す!! お前が、どんなに自由だろうと!!』
それが合図だったかのように、雲の下から、轟くような音が聞こえてきた。
一番合戦に殺された革命軍の人々が、『死亡遊戯』によって一時的に生き返り、再び武器を手に取り咆哮を上げているのだった。
『お前はたった一人で……こっちは全人類だ!!』
「……我慢比べといったところか。良いだろう」
『目ぇ逸らすなよ』
『百花繚乱』によって、『能力』を覚醒させた人々が、一斉に一番合戦に群がる。
『お前が散々バカにして! 踏み潰して! 切り捨ててきた
七緒は、その様子に、図らずも見惚れてしまった。月明かりの下、群がる人々。その体に咲き誇る無数の花々。美しかった。赤、青、黄色……七色の、まるで天界に咲いた、花畑を見ているようだった。
舞台袖から地上を見下ろす。そこにもまた、眩いくらいの花々が広がっていた。
六太が絶叫する。
『もうこんなにも!! 花が咲いてる!!!』
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