三枚目 百物語 さらやしき
「今月は
「毎月毎月、新しい顔ぶれが『正徒会』に入ってくるが……これほど弱いとは!」
真っ黒な学ランを着た大柄の男子生徒は、刀を杖代わりにして、深く息を漏らしながら嘆いた。
背丈は、
野生の熊のように分厚い胸板と手足は、百年の大樹を思わせた。長く伸ばした真っ赤な髪を後ろで縛り、馬のたてがみのように流している。
一番合戦六三四……第四百二十七代悠乃高校生徒会長が、静かな怒りと哀しみをその顔に浮かべていた。
夕刻。
橙色の日差しが、影を前に前にと伸ばしている。
見るも無残な女子生徒の亡骸は、校舎の裏手側、山の麓に打ち捨てられていた。朝方登校して着た生徒が発見し、すぐさま『正徒会』に報告したのだ。当然ながら、警察にはまだ何の連絡も入れていない。この高校において、警察より国家より最優先すべきは『正徒会』であって、これは至極当然のことである。
「十都ちゃん!」
死体は綺麗なものだった。特に目立った外傷はない。ただ、魂だけが肉体から抜け落ちたみたいに……彼女はその場で息絶えていた。病弱そうな白い肌が、まるで陶器で出来た人形のように、周りの景色から浮いて見える。
「一番合戦会長……十時ちゃんは」
「こんなのおかしいわ! 十都ちゃんが負けるはずないじゃない!」
八百枝が目を腫らしながら叫んだ。八百枝と十時は幼稚園の頃からの幼馴染で、先月初めて『正徒会』入りした彼女を、一番歓迎し喜んでいたのがこの八百枝だった。
「だって十都ちゃんは、『
「笑止!」
一番合戦が一際大きく低い声を出した。その圧に、泣き喚いていた八百枝の体がビクリと跳ねて止まる。
「『全知全能』ごときで、この学園でやっていけると思うな」
「会長……」
「『能力』に溺れたのだ」
一番合戦が、物言わぬ死体を温度感の無い眼でジッと見下ろした。
「己の『知識』と『能力』を過信し……敵を見誤った! 故に彼女は死んだのだ。これは教訓とすべき事案である! 直ちに彼女の死を全校生徒に知らしめ、此処に愚か者を戒める記念碑を建てよ!」
「会長……しかし」
「そうだ! 時間を戻してよ!」
八百枝が、会長の一番近くにいた、これまた長身の男に向かって叫んだ。
「時間を戻せば……彼女が死ぬ前まで。『
「もうやってる」
長身の男……『正徒会』書記・
一番合戦とほぼ同じ時期に『正徒会』入りした三年生で、会長の右腕的存在である。一番合戦と対をなすような水色の髪色で、ヒョロッとした体格は如何にも弱そうだが、彼の『時間操作』は実に強力であった。いつも飄々とした男で、それは今も変わらないが、ただ今日はいつもほど声に張りがない。
「戻した結果がこれさ。肉体は戻っても……彼女にはもう『花』がない」
「あ……」
二十九が指摘したのは、才能がある人間が咲かせるという『才能の花』のことである。たとえば七緒なら胸に、一番合戦なら瞳の中に、二十九なら右手の甲に……というように、有能な人間は皆、十四歳までに身体の何処かに『花』を咲かせている。
強大な『能力』が手に入る代償に……その反動も大きかった。
『花』が枯れれば……持ち主は死ぬ。能力者にとって、己の身体に咲いた『花』は第二の心臓、或いは魂とも呼べる、一蓮托生の
もちろん、だからこそ簡単に枯れるような代物ではないのだが……。
「誰かが盗って行ったんだ」
二十九が険しい顔で告げた。
「誰かが……十時の『全知全能』を」
「そんな……」
「一体誰が?」
素朴な疑問に、答えるものは誰もいなかった。四月だと言うのに、まだ肌寒かった。ひんやりとした静寂が七人を包む。今や陽は落ち、街はすっかり闇が覆っている。薄暗がりの中に浮かぶ色取り取りのネオンが、遠くの方にぼんやりと滲んで見えた。
七緒は黙って殺された女子生徒を見つめていた。
被害者は能力者……それも末席とはいえ、『花形』に選ばれるような才能の持ち主だ。
とは言え、『全知全能』に勝つのはそれほど難しいことではないような気がした。
『何でもできる』というのは、使い手の『判断力』が問われるということだ。たとえば襲われた時に……前から殴りかかられたとしよう。
拳を避けるか、
受けるか、
逆にこちらからカウンターを仕掛けるか……
『何でもできる』が、最終的にはどれか一つを選択しなければならない。求められるのは適材適所の選択判断……缶詰を開けるのに、日本刀を持ち出しては逆に非効率である。咄嗟の判断を誤れば、死ぬこともあるだろう。
それに、出力の高い『能力』ほど使い手の技量も問われるものだ。
高級なギターを買っても、それだけで弾けるようになる訳ではない。満を持して大輪の『花』を咲かせたものの、その後自分の『能力』を使いこなせず、有能止まりで燻っているのを、七緒もこれまで何人も見てきた。
死んだNo.10・十時十都は、判断力を鍛え、先月ようやく『花形』に昇格できた。だが一月も持たずして、何者かに殺されてしまったのだ。
何者か……恐らくは『不老不死』と『運命操作』を倒したのと同じ……未だ正体の掴めない、まるでおとぎ話の『道花師』のような何者か、にだ。
「とにかく犯人は、相当な『能力者』には違いない」
二十九が、軽くため息を付きながら総括した。
「……そうでしょうか?」
「え?」
思わずそう言ってしまって、七緒は自分でも驚いた。その場にいた全員の視線が、七緒に注がれるのを感じて、彼女はかあっと顔を真っ赤にした。
「ハァ? 何を言っとるんじゃ、嬢ちゃん」
『正徒会』総務・五味大五郎が、ボサボサ頭を掻き回して、尖ったような視線を投げかけてきた。
「『能力者』じゃなかったら、誰じゃ?」
「いえ……私は……」
七緒はしどろもどろになりながら必死に言葉を絞り出した。
「もちろん私もそう思ってます。だけど、真相がはっきりしないうちに犯人像を絞り込んでしまうのは、どうかなって。いくら何でも盲目的になってしまうんじゃないか……って」
「じゃ何か? 『無能』が『全知全能』を殺したって?」
「馬鹿な」
一番合戦が、その大きな瞳でギロリと七緒を睨んだ。
「
「そうだよ」
二十九も怪訝そうな顔をしている。
「ゴミ屑以下の『無能』が、才能を授かった人にどうやって勝つって言うの? ましてや殺された十時ちゃんは、『花形』だよ。そんじょそこらの有能とは格が違うんだ」
「それは……」
七緒は言葉に詰まった。相変わらず、顔は火照ったままだ。
……その通りである。
『無能』が『全知全能』に勝つ。
これでは夢物語にもなっていない。
不可能だ。どうして妙なことを口走ってしまったのか……あの、巫山戯たおとぎ話が頭を過ぎったせいだ。そのせいで……。
だが……。
七緒は妙な胸騒ぎを覚えて、目を伏せた。
犯人は『全知全能』を持ち去っている。
持ち主から離れた『才能』を、他人が使う……ギターを盗んだところで、演奏技術がなければ音楽は作れない、が……いや。
やはり、ありえない。七緒は頭を振った。
水をやらなかった花は枯れる。
それに、水をやり過ぎても枯れるのだ。
勝手が違う『才能』を、赤の他人が自由に使いこなせるとは思えない。血液型が違うように、無理やり取り入れようとしても、
「ふむ」
七緒の思考を切るように、一番合戦が咳払いした。それからゆっくりと『生徒会』のメンバーを見回し、冷静に下知を放った。
「四谷、孫六。お前らは校内を調べてくれ」
はい、と返事が二つ重なる。序列の四番目と六番目、比較的小柄な男子高校生二人が、同時に頷いた。
「二十九と五味は、街の調査を頼む」
「へいへい」
「殺し過ぎるなよ」
「へー」
釘を刺すように睨む一番合戦に、五味がペロリと舌を出して応える。二十九の方は、相変わらず涼しげな表情である。
「七海と八百枝は、『無能街』だ」
「え!?」
七緒は目を見開いた。泣き腫らしていた八百枝も、驚いて顔を上げた。
無理もない。
『無能街』は、ネオ東京の外に広がる荒地で、常日頃から凡人狩りが行われている危険地帯である。それに首都に比べ、『無能街』は何より広い。下手したら、調べるだけで何日もかかるやもしれない。
「己の言葉を証明してみせろ、七海」
一番合戦が、向日葵模様の大きな黒目で、七緒を覗き込んだ。
「喜べ。『無能』なら、何人殺しても構わんぞ?」
「……はい」
七緒は覚悟を決め、ゆっくりと頷いた。自分で蒔いた種だ。自ずと咲く花も決まってくる。
「新入りをしっかり教育してやれ、八百枝会計」
「はい、会長」
八百枝も頷いた。こちらはむしろ、友人を殺された恨みを凡人狩りで憂さ晴らす気満々の、復讐心に満ちた表情をしていた。
「聞け!」
一番合戦が叫んだ。
「敵は既に我々の仲間を三人殺した! さらに、『全知全能』の花を持ち去っている!」
よく響く声が、暗がりに
「
それで七緒は、『無能街』に向かう。
そういうことになった。
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