第一幕
一枚目 名鏡倭魂 新板
「いたぞ! 『無能』だ!」
「逃すな!」
狭い路地裏に怒声が飛び交う。
日は短かった。すでに中天には月が登り、その周りを、薄く霞みがかった雲が覆っていた。
地上から目を逸らせば、
「殺せ!」
「『無能』はひとり残らず、排除せよ!」
怒声の主は、黒い学生服に身を包んだ、まだあどけなさを残す少年だった。
武装した、制服姿の高校生。
まるで放課後、ハンバーガーショップで友達と談笑でもするかのように、彼らは『狩り』を愉しんでいた。
狩っているのは、人間だった。
ただし、才能があり将来も約束された能力者様である彼らとは違い、狩られているのは
『無能』
と呼ばれる一般人、何の能力も持たない、国から人権を剥奪された者たちだった。
と、ひとりの幼子が、路地から這い出してきた。見窄らしい、布切れを一枚纏っただけのような、年端も行かぬ少女だ。顔を恐怖に引きつらせている。パニックになった少女は、闇から這い出し、月明かりの下にその姿を晒していた。
「菜乃花っ!」
泣き叫ぶ少女の背に、母親らしき女性が叫んだ。今や少女の姿は、敵からも丸見えであった。逃げ惑う人混みを搔き分けるように、我が子に向かって必死に手を伸ばす。
ダメ。
そっちに行ってはダメ。
早く戻ってきなさい。
じゃないと……殺されてしまう。
「遅ェよ」
せせら嗤うような声が、ふと母親の頭上から響いた。途端、
ふわっ
、と内臓が持ち上がるような浮揚感に襲われ、母親は悲鳴を上げた。
気がつくと、身体が宙に浮いている。足が空に、頭が地面に。母親は目を丸くした。見ると、娘もまた同じように、空中をふわふわ漂っていた。
『
『能力者』の発動した特殊な力によって、親子は抵抗する間もなく捕らえられてしまった。
「離して!」
「大人しくしとけェ。殺されるよりはマシだろォ? すぐに『
ひひひ、と嗤い、高校生は自らも空を舞い、次なる獲物に向かって飛んで行った。もはや親子には、地上に降りる術もない。
「う……うわああああッ!?」
恐怖に駆られてまた一人、今度は三十くらいの男性が、路地から飛び出してくる。小綺麗な少年少女と比べ、狩られている方は、誰も彼も小汚かった。それに、みんな首輪を嵌めている。赤い首輪には、小型の爆弾が仕掛けられており、禁止区域に侵入すると
ポンっ!
、と音を立てて、胴体から上が破裂するようになっていた。
この男も例外ではない。
花火みたいに、躊躇無く頭が爆発した。道端のレンガにコンクリートに、噴水のように血や脳髄、潰れた眼球が撒き散らされた。路地裏がざわつき、悲鳴は今や大音声となった。だがこうなると、狩っている方は面白くない。
「あーもう、やめてよそういうの。興ざめなんだよね」
また別の学生が、ため息をついて持っていた杖を振る。すると不思議なことが起こった。首から上が吹き飛んだ男が、時間を逆再生するみたいに……パズルが組みあがっていくかのように……元通りになっていくではないか。これには、何より死んだはずの男が驚愕した。
「な……!?」
『
これもまた、『能力』の一つである。彼らは才能のある者の中でも一際強大な特殊能力……【花形】を持っていた。いわばエリート中のエリートである。花形は
「まぁ……だから『無能』って言うのか」
「ぎゃっ!!」
少年が苦笑しながら杖を振る。逆再生した男性は、改めて頭を爆発させられた。短い叫びを上げた後、呆気なく絶命する。そうしたら、もう一度『逆再生』。元に戻ったらまた『爆発』。さらに『逆再生』。また『爆発』。少年は何度も杖を振った。『逆再生』。『爆発』。『逆再生』……。
「やめて……やめてよぉ!!」
宙に浮いたまま、女の子が絶叫する。だがそれに耳を貸すような者は、もちろん誰一人としていなかった。狩る方は皆、血に飢えている。若者は皆、己の才能を披露したくてたまらないと言った具合だ。
「お前ら……お前らには血も涙も無いんか!?」
誰かが叫んだ。
「何言ってるんですか? 私たちは善いことをやっているんですよ?」
路地から男の罵声が飛んできて、一人の女学生が、怪訝そうな顔をした。
「正しいことをやっているんです。社会に何の役にも立たない『無能』を駆除することは、我々の義務であり、大変名誉な行いです」
「な……」
「むしろ放っておけば、この世の害悪。死をもって、『無能』を辛い現実から解放してあげることは、つまり救済なのです」
「何言って……!?」
男は絶句した。会話が通じない。
「ですから……」
「は……!?」
男は背筋が凍った。喋ってるうちに、女学生はみるみるうちに大きくなり、身体を膨張させて行った。やがて男達が逃げ込んだ路地よりも体躯は膨らみ、背丈を大きくさせて……あっという間に見上げるほどの図体になった。空に浮かぶ月の下に、彼女の牙が、ギラリと猛々しく輝いていた。羽が生えている。爪が、尻尾が伸びている。これは……この『能力』は……。
「龍……!?」
「もう安心してください。私が貴方達を、救ってあげますからね?」
男は一瞬、優しい少女のほほ笑みを、空に見た気がした。だが瞬きをして、目を再び開ける前に、彼は地獄の業火に焼き尽くされた。龍に『
「嗚呼……善いことしたわぁ」
夜空に翼を広げ、高々と舞い上がっ黒龍が、うっとりとため息を漏らした。
「ね? 七緒?」
いつの間にか龍の頭に、一人の少女が立っていた。七緒と呼ばれた少女は、右手に刀を握り、橙色に染まった路地をその瞳に映しながら云った。
「ええ……そうね」
七緒もまた、ほほ笑んでいた。少女は白刃を煌めかせ、下知を放った。
「一人も取り零すことのないように! 『無能』を始末してしまいなさい!」
少女の掛け声に、学生達が湧いた。地上から目を逸らせば、
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