八枚目 象と鯨図屏風
宵闇の中を、淡く白い発光体が、巨大なトラックの頂上に向けてすっ飛んで行った。
『来やがったな! 小動物がぁ!!』
大きな笑い声が、音割れしながら降って来た。と同時に、トラックの方にも変化があった。ヘッドライトがカッと赤く光ったかと思うと、そこから次々と、小さなトラックの群れが飛び出してくる。小さな……とはいえ、元が大きいのだから、実際は通常のトラックくらいの大きさだろう。その数、十、二十……いや百はくだらないだろうか。
『
千代丸が叫んだ。
『
大勢の叫び声が畝りとなって、大気を震わせた。空中に飛び出したトラックは次々と、先ほどの羊駝のように変形していく。落下しながら、タイヤが離れ荷台が分解し、その姿が新たに組み上がり。狼、虎、兎……中には提灯や一本足の傘に変形したトラックもいた……時に二、三台がくっ付き合って、トラック動物たちはたちまち六太に牙を向いた。
「ダボが!! 空中戦でラマに勝てると思うな!!」
六太が、無能らしく訳の分からないことを言った。巨大な変形動物の間を、小さな羊駝が影を縫うように飛び回っている。その軌跡を追うように、橙色の爆発が後に続いた。
七緒は目を細めた。
どうやら六太が、両手に構えた武器でトラックを攻撃しているらしい。夜空は今や機械獣でびっしりと埋め尽くされていた。鋼色のキャンバス上に、勢いよく火炎の花が咲き乱れる。
六太は、ただひたすらに目の前の敵を屠り続けていた。右手のエネルギー砲で狼のドテッ腹を撃ち抜き、空中で駒のように回転しながら、虎の首元に刃を差し込む。真っ黒な油と、白く迸る電気、それに『中の人』の赤い鮮血が、空中に混ざり合って飛散し、続いて爆発した。
地上でその様子を見上げながら、七緒は半ば呆れた。知性の欠けらもない。ただ目の前の敵を、感情を剥き出しにして殴り飛ばすだけ。目を見張るような科学技術の結晶も、無能の手にかかれば、ただの暴力装置に成り下がってしまうのか。『暴力は無能力者の最後の避難所である』と云ったのは、確かアイザック・アシモフだったか。
だが──どうしてだろう?
七緒はその光景から、目を離せずにいた。
どうして彼らは殺し合い、それで、その状況で笑っていられるのだろう?
どうして六太は、勝てそうもない戦いに嬉々として向かって行くのだろう?
どうしてあんなに……楽しそうなんだろう?
さっぱり分からなかった。
あれは、あの姿はまるで──有能だとか、無能だとかに収まらない──生き物としての『本能』。
何もかもを剥き出しにした獣のような……そんな姿だった。
……自分が、あれほどの感情を剥き出しにしたのは、いつが最後だろう?
ふとそんな疑問が過ぎって、七緒は頭を振った。バカバカしい。あれではただの児戯だ。本来戦闘というのはもっと知的で──そう、才能が必要なのだ。本能だけで戦うのなら人間である必要はない。あんな風に、戦術も戦略もなくバカみたいに突っ込んで行っては、ただ死ぬだけではないか。
「うぉおおおおおッッ!!」
バカみたいに突っ込んで行った六太は、七緒の思惑を他所に、まだ生きていた。多勢に無勢……のようにも思えるが、この場合数が多すぎて、仲間同士で動きを制限されているようにも見える。押し合い圧し合い、六太を襲おうと向かってくるのだが、後続は中々前に進めない。攻撃しようにも、六太に当たる前に、味方を背中から撃ってしまう。物量作戦は明らかに失敗だった。その間に、六太は悠々と敵を狩って行く。
『この■■■■野郎(※記載不可能。表現の自由、此処に屈す)がぁ!!』
千代丸が何事か叫び、それから無能同士、聞くに耐えない罵詈雑言の応酬があって、巨大トラックが六太に突っ込んで来た。いつの間にか千代丸の乗ったトラックも、象のような姿に変形している。
巨象が六太に迫った。さらに六太の元に辿り着いた機械兎が、エネルギー砲ごと彼の右手に齧り付く。さらに左手の刀に、一反木綿のような機械が巻きつき、ぎゅうぎゅうに縛り上げてしまった。
『死ぃねぇえええぇえええッッ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ね───ッッ!!!』
千代丸が語彙力を失い、六太が、齧り付かれた兎ごとトラックのフロントガラスをぶん殴った。ピシリ、とひび割れた透明に、立て続けに一反木綿を叩き込む。だがそれも束の間、山の如きトラックと正面衝突した六太は、そのまま地平線の彼方まで吹っ飛ばされた。
『ギャハハハハ!! 見たか六太、俺の勝ち──うぉおぉッ!?』
千代丸が涎を撒き散らして勝ち誇った瞬間、巨象が突然バリバリとひび割れ、轟音を立てて崩壊し始めた。バラバラに砕けた
『うぉおおおおおッ!? バッ馬鹿な──ッ!?』
絶叫、閃光、爆発音。
紅蓮の焔が何もかもを吹き飛ばす。断末魔を最後に、千代丸の声は途絶えた。
ようやく静けさが戻って来た。気がつくと、七緒は砂丘の麓に倒れ込んでいた。息が荒い。擦り傷が多少あったが、どうやら致命傷だけは避けられたようだ。ほっと息をつき、途端に心臓の音が激しく胸を叩いた。夜の砂漠は寒く、なのに汗が絶えなかった。新たに砂漠に出来た、巨大な瓦礫の山を振り返り、七緒は激しく後悔した。
ダメだ。早く『能力』を取り戻さないと──こんな巫山戯た戦いにいちいち巻き込まれていては、命がいくつあっても足りない。
「危なかった。もう少しで、『禁止区域』に落ちるところだった」
六太は数十キロ離れた砂の中に埋もれていた。機械羊駝が自動操縦で主人を掘り起こし、七緒の元まで運んで来た。羊駝の背に寝そべりながら、六太が血だらけの顔で唸った。よっぽど外殻が固かったのだろう。或いは衝撃に逆らわず、吹っ飛ばされたのが不幸中の幸いだったか。七緒は本気で呆れた。
「アンタねぇ……バカじゃないの?」
「彼奴ら、引っ張り出さねえと」
「はい??」
瓦礫の山を前に、六太は再び『ラマを着』て、手当たり次第『中の人』を掘り起こし始めた。殆どは絶命していたが、機械獣の外殻のおかげで、辛うじて一命を取り留めた者も少なからずいた。機械獣が合体変形し、その場に簡易の生命維持施設が作られる。七緒は意味が分からない、といった顔で六太を見つめた。
「あれだけ、お互い殺し合っといて……助けるの?」
「そりゃそうだろ」
六太もまた、意味が分からない、といった顔で眉を釣り上げた。
「だってお互い生きてないと、また殺し合えないだろ?」
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