九枚目 王子装束ゑの木大晦日の狐火

「俺の『能力』は『陽子反陽子ロールシャッハ・対消滅イズ・デッド』。右手と左手の花武器ブレスレッドが合わさった時、俺の半径10m以内の物質は存在が否定され……」

「うるせぇ!」

「ぺぎ!?」

「何が『能力』だ、一生屁理屈言ってろ!!」



 羊駝ラマの拳が銀色の監察員を吹き飛ばした。誰だって、ラマを着ている男に理屈を説かれたくはないだろう。七緒は気絶してしまった監察員に、少し同情した。


「じゃあ、その『道花師』ってのがこの羊駝鎧スーツも作ったのね?」


 一夜明け。

 太陽は沈み、砂漠は再び夜を迎えていた。ラマの背中に揺られながら、七緒は念を押すように言った。昨夜の騒ぎを聞きつけ、観察隊が飛んできたりもしたが、七緒が何か指示を出す前に六太が有無を言わさずぶん殴ってしまった。まぁ七緒としても、『花』を失った状態で見つかりたくはなかったので、これで良かったのかも知れないが。


「ん……ああ」

 前に乗っていた六太がぼんやりと頷いた。雲はない。宇宙では、ちりばめられた星が、まるで地上では何事もなかったかのように瞬いている。


「色々趣味で作ってて、それを売り歩いてるって言ってたな」

「だとしたら……機械獣に『花』が咲いているのも、その『道花師』の仕業かも知れないわね……」

 七緒は独り言ちた。


 最近起きた、『花形』が『花』を奪われ殺された事件。

 もし『道花師』とやらが、その事件に関わっていたら……たとえば『花』を奪う未知の技術を発明したのだとしたとしたら。気がつくと、七緒は唸り声を上げていた。最初は空想に過ぎなかったものが、徐々に現実味を帯びてくる。


 それならば、一刻も早く『道花師』を見つけ出し、処分しなければならないと思った。『能力』の無効化。『才能』の奪取。そんな技術が『無能』たちの間に広まれば、浮都もただでは済まない。最早自分だけの問題ではなくなったような気がして、七緒の緊張は一気に高まった。


「ねえアンタ……六太は、何か知らない? 『花』が咲いてる機械獣について」

「いや……特に」

「『道花師』は何か言ってなかった? 『才能』を機械に転化させる技術とか」

「知らねえって。『才能』とか、『花』とかさ」


 六太は少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。気がつくと目の前に有刺鉄線がずらりと並んでいた。


『禁止区域』だ。


 砂漠の中に、金網フェンスを境に、急にオアシスが現れた。その中だけには草花が生え、小鳥たちが囀っているのが聞こえる。砂漠と、草原と、まるで趣旨の違う二枚の絵を並べたみたいに、世界がそこで二分されている。


 中では『有能』な科学者たちが、生態系の研究や、浮都に有益な情報をもたらすための施設があった。表面は透明なドーム型の膜が覆い、大気汚染や何やらから守っている。


 当然六太たち『無能』はそこに入ることができない。金網に並走しながら羊駝は進む。星々の光を反射する膜を睨み、六太が吐き捨てた。


「俺、嫌いなんだよ。才能がある奴。『能力者』とか。何が『能力者』だよ。『才能』とか『能力』とか、そんなモンがあるから天は人の上に人を作るんだ」

「だけど……六太だって、才能があったら欲しいでしょう?」


 七緒は六太の後頭部に問いかけた。この少年は、16歳なのだと言う。背丈は七緒より低かったが、意外にも、彼女と同い年であった。『花』が咲くには、少し歳をとり過ぎている。


「要らねえって」

 どうだか。七緒はカマをかけた。

「噓。その『道花師』に頼めば、咲かせてくれるんじゃないの? 『花』を……」

「……お前、自転車乗れるか?」

「え? そりゃもちろん……」

 少年が唐突に話題をぶった切る。少女は目を瞬かせた。

「補助輪無しで?」

「当たり前でしょ!」

「逆上がり出来る?」

「出来るわよ!」

「じゃあ足し算引き算は……」

「馬鹿にしてるの!?」


 七緒がとうとう声を荒らげた。羊駝が立ち止まって、六太が窪んだ目をして振り返った。


「運動も、勉強も、自分で試行錯誤して出来る様になるのが面白いのに、何でそれを『才能があっただけ』みたいに言われなきゃならないんだ?」

「あった『だけ』って……あのねえ!」

「お前こそ、その『能力』って奴が無いと、実は何にも出来ないんじゃないか?」


 六太が七緒をじっと見つめて言った。


「怖いんだろう? 『花』が枯れるのが」

「な……」

「……ま、才能が有るお前にゃ分かんねえか。なんでも思い通りになるんだもんな、お前」

「何よ……!」


 気がつくと、七緒の頬に赤みが差していた。


「アンタだって……”冒険がしたかった”んだっけ?」

「何?」


 今度は六太の顔が歪む番だった。


「さっきから『禁止区域』の方、チラチラ物珍しそうに眺めちゃって。本当は羨ましいんでしょう!? ちゃんと言いなさいよ!」

「な……!? んなワケねーだろ! 羨ましくなんてちっとも無えよ! 俺は『能力』なんて要らねえ!!」

「要ります!」

「要らねえ!」

「要る!」

「要らねえ!」


 羊駝が、自分の背中の上で喧嘩をするな、と言わんばかりにぶるんっ、と鳴いた。されど二人は踊り続ける。


「だったら何処にでも、好きなとこ行けば良かったでしょ!? 何が”冒険がしたい”よ。あんな小さな『街』に引きこもっといて、バッカみたい!」

「……仕方ねえだろ、それが『掟』なんだから!」

「何よ。『ルール』に縛られて、何にも出来ないのはアンタも同じじゃないの」

「何だと……?」


 フン、と七緒はそっぽを向いて、羊駝は痺れを切らし主人の指示を待たずに再び歩き始めた。それ以来、二人の会話は無くなった。


 六太に言わせれば『虎の威を借る狐』、七緒に言わせれば『酸っぱい葡萄』だった。どっちの狐にも言い分はあるだろうが、宇宙そらはそんな二人とは御構い無しに、紺紺コンコンと晴れ渡っていた。


「待て!」


 ネオ静岡の、旧富士市付近に着いた頃だろうか。

 この辺りになると砂漠は終わり、景色は黄朽葉色きくちばいろから灰色へと変わっていた。地面から、白や、浅紫色をした煙がもうもうと吹き出している。足元にはゴツゴツした岩が剥き出しになって転がっていて、羊駝でなければ、歩くのも一苦労したことだろう。岩の間を、熱湯が川になって流れていた。


 所謂『吉原地獄』である。


 立ち込める煙には毒があり、熱湯は骨をも溶かす酸で出来ていた。七緒は、先ほどからしきりに汗を拭っていた。砂漠地帯を抜けたはずなのに、体感温度はさっきよりも高い。それもそのはず、地中には一年中消えることのない『地下の炎』が燃え盛っているのだった。時々クレヴァスの隙間から、落ちてきた者を荼毘に付そうと、猩々緋しょうじょうひが目を光らせている。


 草木も枯らす灰燼の世界に、其奴は現れた。


 巨大な男だった。背丈は六尺約2メートルほどで、全身がちょうど羊駝を着た六太と同じように、鋼鉄の鎧で覆われている。六太が羊駝なら、この男は……何だろう。七緒は小首を傾げた。白く輝く頭は、昔『立体絵本』で見た、河童という生物に似ているが。


「身ぐるみ置いてきなァ……」

 ひひ、と河童似の男が嗤う。

 河童は突然、道の前に現れた。両手に光り輝く巨大なドリルがついていて、暗闇に良く映えた。仲間の影は見当たらなかったが、トラックのヘッドライトからミニトラックが産み落とされる世界だ、油断する訳にも行かなかった。


「あれも喧嘩友達?」

「知らねえ……が」


 降りろ、と言われる前に七緒は羊駝から降りていた。『着る』つもりだ。六太は俄然、殺る気を取り戻していた。


「こんな奴ばっかだ、下界ここは」


 だろうな、と七緒は思う。暴力と、無法がまかり通る世界。いつ何処で誰が襲ってくるかも分からない、弱肉強食の煉獄である。


「キャヒィィイッ!」

 突然河童が奇声を上げて、飛びかかってきた。狙いは当然、丸腰の七緒である。七緒の肉体が、ドリルによって大穴を開けられようとしたその瞬間とき、鋼色の羊駝がその前に立ち塞がった。鈍い金属音と、爆ぜるような火花が闇夜に飛び散る。


 右手に機械兎。

 左手には一旦木綿。

 一旦木綿がドリルに絡み付き、動きを鈍くしている。


 六太が七緒をちらと見て舌打ちした。


「お前のことは嫌いだが……」

「『掟』だから?」

「違う。ラマだからだ。ラマは約束を守る」

「そうなの?」

 意味が分からない。何処の世界に右手から兎を生やしたラマがいると言うのか。

「お前は俺の獲物モノだ。安心しろ。ラマを着た男に、悪い奴はいねえ」


 何やら不穏なことを言われたような気がするが。ラマを着た男に出会ったのも初めてだったので、やっぱり七緒には良く分からなかった。

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