二十七枚目 暁斎漫画

「な七緒……」

「ひ……!?」


 父親の顔をしたゾンビが一歩、また一歩と七緒に近づいてくる。卵が腐ったような、強烈な匂いがツンと鼻を突く。娘との再会を喜ぶ笑顔は、顔半分がズルズルと蝋人形のように溶けて、奇妙に歪んでいた。とても生前の頃の、記憶の中の父親とは似ても似つかない。太ももの骨が肉から飛び出している。ゆっくりと伸ばした手の、指先から肉片がボトボトと床に溢れた。


「いやぁぁッ!?」

「七緒……どどうして……」


 腐敗した七竈博士が、悲しそうに目を伏せた。


「どうしてに逃げるんだい? パパのこと忘れた忘れたのか?」

「来ないでッ!」

「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

「ひ!?」


 影の奥からもう一体、死体が床を這って現れる。七緒の顔が引きつった。痩せぎすの、おかっぱ頭の童女。ネオ京都に行く途中で死別した、ななかだった。目が片方、卵の黄身みたいにドロドロに取れかけている。爆撃で足を失い、上半身だけになった死体が、七緒に向けて必死に手を伸ばした。


「ひどいよ……どうして置いてくのぉ?」

「な、ななかちゃん……」

「仇を討ってよ……あたしたちを《桃源郷》に連れてってよぉお!」


 気がつくと、七緒は大勢の死体に囲まれていた。皆、『凡人狩り』で七緒に殺された犠牲者だった。無念の表情を浮かべ七緒を睨む者、睨む目すら持たない者、腕が千切れている者、足が切り刻まれている者、ぱっくりと割れた頭から脳が垂れ落ちている者……。


「恨めしや……」

 両手をだらりと伸ばし、死体が一斉に七緒に群がってくる。

「恨めしやぁあッ!!」

「きゃあああああッ!?」


 腐乱死体の波にのみ込まれようとしたその瞬間、六太が飛んできて、ゾンビたちを蹴散らした。

『死人がしゃべんな!』

「六太!」

 重なり合う肉塊ゾンビの中から、六太が七緒を引っ張り上げる。


『いつまでも死人の話聞いててもしょうがないだろ。俺たちゃ、生きた人間だぜ?』

「六太……」

「うわぁ、ひっど〜い。せっかく生き返ったのに、また殺しちゃうなんてぇ」

 ビードロを咥えたまま、菜乃花がケラケラと嗤った。

『菜乃花……オメーも、もう黙ってろ』

「はァア? 何それぇ? お兄ちゃんのくせに妹に指図するわけ? キモ〜い!」

 ゾンビの頭を踏みつけながら、六太が五味たちを振り返り睨みつける。菜乃花が五味にしな垂れかかった。


「本気で私たちに勝てると思ってるのぉ? 何の能力もない『無能』がぁ、能力のある人間に勝てるはずないでしょう?」

「それとも、またバカの一つ覚えみたいに突っ込んでくるか? その時はお前の妹はあの世逝きじゃ」

「ここはネオ日本! この国じゃ、能力のある人間が絶対なのよ! 才能のないお兄ちゃんこそ黙ってて……」


 突っ込んできた!


 喋り終わる前に、六太が『百花繚乱』のエネルギーでラマをかっ飛ばして、電光石火で二人に迫った。五味が破顔した。


「バァカが! 『洗脳』されとる言うちょるじゃろうが!」

 菜乃花が迷うことなく自分の首元にナイフを当てる。次の瞬間、ラマの機体がぱっくりと花開き、機体それぞれ四肢パーツが菜乃花の四肢を飲み込んだ。


「きゃあッ!?」

「な……!?」


 六太は機体ラマに乗っていなかった。『重力使い戦』で七緒が取ったのと同じ戦法だ。無人の機体を、七緒が遠隔で操作し、菜乃花を拘束し自由を奪ったのだ。七緒を抱え起こしながら、六太が五味を睨んだ。


「どんだけ心が操られようが……体が動かないんじゃどうしようもないよなぁあ!?」

「きっ貴様……!」


 五味の顔色がサッと変わる。ラマを着させられた菜乃花は、機体の中に閉じ込められ、指先ひとつ動かせない。どれだけ五味がサングラスをカチャカチャ動かそうが、もう人質はピクリともしなかった。


「ぶっ……」

「……待て! 待て待て待て話し合おう! ワシは仲間じゃって! 同じ革命軍じゃろうが! 暴力は良くない! 絶対に良くない! 話し合えばきっと人間分かり合える……」

「殺す!!!」

「ヘブしッ!?」


 飛んできた六太の鉄拳が五味の顔面にクリーンヒットし、サングラスごと鼻の骨を叩き割った。七緒は勝利を確信した。相手の心を意のままに操る、げに恐ろしき『洗脳』の能力。しかしその反面、本人の戦闘能力はそれほど高くない……。


「はぁ……はぁ……殺す! 殺す……!」

「六太、もういいわ……もう十分よ」


 案の定、勝負はあっという間だった。怒りに任せ、馬乗りになり、蜂の巣みたいに膨れ上がった五味の顔面を、散々殴り続けていた。六太の拳を、七緒が掴んだ。

「五味先輩……」 

……気絶している。これで『洗脳』も解けただろう。機体の中で、菜乃花もまた、ぐったりと意識を失っていた。蠢いていた肉塊ゾンビも、今や再び影の中に戻ったようだ。


「菜乃花は……」

「無事よ。眠ってるだけ」

「アイツは……アイツはあんな奴じゃなかったんだ。俺より小さかったはずなのに、なのに……」

「分かってるわ。急激に成長したのも、きっと何かの『能力』よ」


 話しながら、七緒はふと思い当たった。

 悠乃高校『正徒会』書記・二十九三十五ひずめさんご。常に一番合戦いちまかせの隣にいる、会長の右腕的存在。なら恐らくは可能だ。彼を倒せば、あるいは成長した菜乃花も元に戻せるかもしれない。


「……行きましょう。先を急がなきゃ」


 淡い橙の電球の下で、六太が黙って頷いた。二人は眠っている菜乃花を抱え、通路をさらに奥へと歩み始めた……。



 ……やがて拓けた場所に出た。すると突然、前方から馴れ馴れしい声が飛んで来た。


「ヨォ! お嬢ちゃん」

「貴方は……!」


 五味大五郎と六道菜乃花。場違いなほど派手な格好をした二人組が、通路の奥で待ち構えていた。七緒と六太の顔に緊張が走る。巨大なサングラスをずらし、五味がニヤリと嗤った。


「遅かったやないか。『未来予知』だともうちょっと早く着く予定やったんやが」

「あれぇ? 首輪、外しちゃったのぉ? 似合ってたのにぃ」

「菜乃花!」

 六太の妹・菜乃花が兄を指差しケラケラと笑う。六太はギリギリと歯ぎしりし、今にも飛びかかろうと身構えた。

「……まぁええ。お嬢ちゃん、これから東京を落とすんやろ?」

「違います」


 七緒はゆっくりと首を振った。


 


 何だろう? 今、妙な違和感が……。


 七緒が戸惑っていると、地下通路に、蔑んだ嗤い声が響き渡る。

 顔を上げると、五味と菜乃花が大嗤いしている場面だった。ゲラゲラ腹を抱えて嗤いながら、五味が涙を拭った。


「あー……久しぶりに笑わせてもろたわ。これで分かったやろ? これが『能力』!」

「本気で私たちに勝てると思ってるのぉ? 何の能力もない『無能』がぁ、能力のある人間に勝てるはずないでしょう?」


 七緒は軽く頬を叩いた。とにかく今は目の前のことに集中だ。まずこの二人を倒さなくては。

 

 相手の心を意のままに操る、げに恐ろしき『洗脳』の能力。しかしその反面、本人の戦闘能力はそれほど高くない……勝負はあっという間だった。

 

「……行きましょう。先を急がなきゃ」


 淡い橙の電球の下で、六太が黙って頷いた。二人は眠っている菜乃花を抱え、通路をさらに奥へと歩み始めた……。



 ……やがて拓けた場所に出た。すると突然、前方から馴れ馴れしい声が飛んで来た。


「ヨォ! お嬢ちゃん」

「貴方は……!」


 五味大五郎と六道菜乃花。場違いなほど派手な格好をした二人組が、通路の奥で待ち構えていた。七緒と六太の顔に緊張が走る。巨大なサングラスをずらし、五味がニヤリと嗤った。


「遅かったやないか。『未来予知』だともうちょっと早く着く予定やったんやが」


 ……


 また、だ。突然既視感デジャヴに襲われて、七緒は眉を潜めた。この状況、以前何処かで見たような……。


 ……?

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