二十八枚目 廓通色々青楼全盛

「やれやれ。これで一件落着だな」


 空中に表示されたホログラム映像を眺めながら、二十九ひずめは紅茶を啜った。果物のような香り漂う、ダージリン・ティーである。先の核戦争によって、世界中の山脈という山脈が削れてしまったため、天然物の茶葉が市場に出回ることはほとんどない。


 彼は消し炭になった茶葉の残骸を、、当時の味をそのまま再現することに成功した。非売品ながら、彼の淹れた紅茶を飲みたいがために、一番合戦もちょくちょく書記室を訪れるほどの人気である。


 広々とした部屋には、ゆったりとしたクラシックが流れていた。悠乃高校『正徒会』書記・二十九三十五ひずめさんごが先ほどから見ているのは、新宿地下の映像──ちょうど七緒と六太が、五味・菜乃花ペアと邂逅した場面だった──である。


 簡単な任務だった。『正徒会』に紛れたスパイ、そして反乱分子を同時に始末する。これを彼は指先一つで軽くこなした。彼は『時間操作タイム・キーパー』によって、彼らを永遠の輪廻ループの中に閉じ込め、遠く離れた書記室でくつろいでいた。映像の中の四人は、延々と同じ時間を繰り返し、二十九自身がやられでもしない限り、逃れる術はない。


 時間を操る。


 自分の『能力』が最強であると、彼は自覚していた。一番合戦の『自由自在フリー・スタイル』ほどではないかもしれないが、しかし、もし面と向かって戦うことがあれば、少なくとも負けることはないと自負していた。たとえどんな攻撃を受けようが、時間を巻き戻せば済む話である。


 実際、二十九は生まれてこのかた十八年間、怪我をしたことがないし、痛みとかダメージだとかとは無縁で過ごしてきた。攻撃を受けた時、予め彼にかけられた『時間操作』によって、攻撃を受ける前に巻き戻るよう設定してある。ちょうど、時計のアラームをセットするような感覚だ。


 物理攻撃であれ精神攻撃であれ、これまで彼の『能力』を攻略した者はいない。

 学園No.3。最強の花形。無敵の能力者。

 それが、大いなる勘違いであると、彼はこの直後思い知ることになるのだが。


 そのきっかけは、彼より年下の、まだあどけない顔をした少年だった。二十九が水色の髪を搔きあげ、部屋で勝利の美茶を愉しんでいると、その少年は現れた。


「困るんだよなあ」

「!? 貴様は……!?」


 目の前に現れた六道りくどう十三日とみかは、向かいのソファに腰掛け、苦笑いで空いたカップに紅茶をそそぎ始めた。突然の襲来。瞬間移動。二十九の端正な顔に亀裂が走った。


「あの時のガキか!」

「どうも〜」


 ヒラヒラと手を振る十三日に、二十九が問答無用で杖を振るう。話を聞いてやる義理はない。時間を止めて、少年を束縛するつもりだった。しかし、『能力』が発動するコンマ数秒前に黒フードの少年はスーッと姿を消し、数秒後、また同じようにソファに腰掛けていた。


「無駄ですよ」

 十三日がにっこり笑った。

「ぼくの『能力』は『時間旅行タイム・トラベル』です。時間を止めようが、巻き戻そうが、その次の時間帯にだけだ」


 ……旅、というのはよくわからないが。どうやら同じ系統の『能力』らしい。とすれば、対策が立てやすいのにも頷ける。

「……何しに来た?」

 二十九が苦虫を噛み潰したような顔で十三日を睨んだ。


「招いた覚えはないぞ」

「貴方を倒しに」

「……戦争がしたい、とかほざいてたな。貴様も所詮、革命軍とやらの手先か。この国賊が!」

「ぼくはぼくなりに戦う理由があるんですよ。あの二人が、一番合戦会長と戦ってもらわないと困るんでね。それに、個人的には二十九三十五さん、貴方に非常に興味がある」

「何?」

「だって、ほら、でしょう?」


 十三日が肩をすくめ、大げさにため息をついた。


「同じような『能力』は、一つで十分だって。自分のが近くにいたら、ウザったくありません?」

「……ッだったら! お前が消えろ!」

「だから、この辺でどっちが強いか白黒はっきりつけとくべき……」


 十三日が喋り終わる前に、二十九は杖を振るっていた。しかし、次の瞬間、十三日は消えた。

「……!?」

 いや、消えたのではない。むしろ消えたのは、二十九の方だった。目の前に見知らぬ景色が広がっている。眩しいくらいの赤。肉の焼ける匂い。骨の溶ける音。二十九は自室を離れ、宇宙──太陽のまん真ん中に転移していた。


(なるほど、『旅』……時空間移動のようなもの、か)


 自分を、相手を、時を越えて移動させる能力。一秒も待たずに絶命する刹那、彼は冷静に状況を分析し、


 ……そして数秒後、何食わぬ顔で自室のソファに座っていた。カップを手に取り、飲みかけのダージリン・ティーを啜る。


「無駄ですよ」

 まさか戻ってくるとは思っていなかったのだろう。目を丸くしている十三日に、二十九がにっこりと笑った。さっきのお返しだ。


「私の『能力』は、『時間操作タイム・キーバー』です。どんな攻撃を受けようが、貴方が何処に飛ばそうが、無傷で戻って来られます」

「……太陽に飛ばされて、戻ってきた人は初めて見ました」


 攻撃を受けたことで、逆に冷静になれた。二十九が間髪を容れず杖を振るう。と同時に、十三日も短刀を握りしめた。今度は、二十九は、深海の奥深くへと飛ばされた。常人では耐えられないほどの水圧。内臓が破裂し、骨が砕け、全身が有無を言わさずぺしゃんこに潰される。


 ……そして数秒後、二十九は再び無傷で自室のソファに戻ってきた。十三日には、『四倍速』をかけて地平から吹き飛ばしたつもりだったが、少年もまた、変わらず同じ姿勢のままだった。


「…………」

「…………」


 フルーティな香りが鼻腔を擽ぐる、軽やかなクラシックのかかる部屋で。二人が向かい合って座っていた。お互いにっこりとほほ笑み合い、カップを手に取り、そして、


 溶岩の中。

 氷河期。

 ジュラ紀。

 銀河の果て。


 コマ送り。 

 スキップ。

 チャプター再生。

 ディレクターズカット。


 お互い『能力』を掛け合うが、どちらも決定打に欠けていた。

 もう長いこと向かい合って紅茶を飲んでいる気がするが、実際には一秒も過ぎていない。無駄だ。何度目かの『死の世界旅行』に付き合わされながら、二十九は退屈で欠伸を繰り返していた。たとえどんな世界に飛ばされようが、不可避の即死攻撃を喰らおうが、自分には効かない。


 あの生意気な少年を倒すには……ライオンに噛み殺されながら、二十九は妙案を思いついた。十三日自身ではなく、彼の身の回りのモノを『操作』するのだ。少年の飲んでいるダージリン・ティー……茶葉の時間を、猛毒有害物質たっぷりの消し炭に変えてしまえば良い。


 あえて一度、少年に毒を飲ませるのだ。それが良い。本日十二度目の絶命をしながら、二十九はほくそ笑んだ。


 ……そしてソファに戻ってきた後、二十九は少し手間取ったフリをして、十三日に先制攻撃を許した。杖先を、こっそりと彼の紅茶の方に向けて。


 


 次の世界に飛ばされながら、二十九は少年が、カップを手に取るのを垣間見た。勝利を確信し、思わず笑みが溢れる。戻ってきたら、あの少年は毒殺されているだろう。


 真っ暗な視界の中で、彼は余裕の表情を浮かべていた。何も心配していなかった。時間を操る最強の能力。自分は無敵だ。たとえどんな世界に飛ばされようが、不可避の即死攻撃を喰 ら お う が  、  自分  には  効   か    な    い   ……。






 ……二十九が戻って来ないことを悟って、十三日は静かにカップを置いた。


 最後に二十九を飛ばしたのは、ブラックホールの中だった。


 不変のように思える時間も、重力によって変化する。空間を飲み込むブラックホールの中では、時間は長く長く引き伸ばされ、一秒は永遠にも近い長さになる。彼が、戻ってくるのを『何秒後』に設定しているかは不明だが、その頃には、恐らく宇宙は滅亡しているだろう。


 。少し疲れた顔をして、十三日が大きく伸びをした。


「やれやれ。これで一件落着だな」

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