二十八枚目 廓通色々青楼全盛
「やれやれ。これで一件落着だな」
空中に表示されたホログラム映像を眺めながら、
彼は消し炭になった茶葉の残骸を、
広々とした部屋には、ゆったりとしたクラシックが流れていた。悠乃高校『正徒会』書記・
簡単な任務だった。『正徒会』に紛れたスパイ、そして反乱分子を同時に始末する。これを彼は指先一つで軽くこなした。彼は『
時間を操る。
自分の『能力』が最強であると、彼は自覚していた。一番合戦の『
実際、二十九は生まれてこのかた十八年間、怪我をしたことがないし、痛みとかダメージだとかとは無縁で過ごしてきた。攻撃を受けた時、予め彼にかけられた『時間操作』によって、攻撃を受ける前に巻き戻るよう設定してある。ちょうど、時計のアラームをセットするような感覚だ。
物理攻撃であれ精神攻撃であれ、これまで彼の『能力』を攻略した者はいない。
学園No.3。最強の花形。無敵の能力者。
それが、大いなる勘違いであると、彼はこの直後思い知ることになるのだが。
そのきっかけは、彼より年下の、まだあどけない顔をした少年だった。二十九が水色の髪を搔きあげ、部屋で勝利の美茶を愉しんでいると、その少年は現れた。
「困るんだよなあ」
「!? 貴様は……!?」
目の前に現れた
「あの時のガキか!」
「どうも〜」
ヒラヒラと手を振る十三日に、二十九が問答無用で杖を振るう。話を聞いてやる義理はない。時間を止めて、少年を束縛するつもりだった。しかし、『能力』が発動するコンマ数秒前に黒フードの少年はスーッと姿を消し、数秒後、また同じようにソファに腰掛けていた。
「無駄ですよ」
十三日がにっこり笑った。
「ぼくの『能力』は『
……旅、というのはよくわからないが。どうやら同じ系統の『能力』らしい。とすれば、対策が立てやすいのにも頷ける。
「……何しに来た?」
二十九が苦虫を噛み潰したような顔で十三日を睨んだ。
「招いた覚えはないぞ」
「貴方を倒しに」
「……戦争がしたい、とかほざいてたな。貴様も所詮、革命軍とやらの手先か。この国賊が!」
「ぼくはぼくなりに戦う理由があるんですよ。あの二人が、一番合戦会長と戦ってもらわないと困るんでね。それに、個人的には二十九三十五さん、貴方に非常に興味がある」
「何?」
「だって、ほら、
十三日が肩をすくめ、大げさにため息をついた。
「同じような『能力』は、一つで十分だって。自分の
「……ッだったら! お前が消えろ!」
「だから、この辺でどっちが強いか白黒はっきりつけとくべき……」
十三日が喋り終わる前に、二十九は杖を振るっていた。しかし、次の瞬間、十三日は消えた。
「……!?」
いや、消えたのではない。むしろ消えたのは、二十九の方だった。目の前に見知らぬ景色が広がっている。眩しいくらいの赤。肉の焼ける匂い。骨の溶ける音。二十九は自室を離れ、宇宙──太陽のまん真ん中に転移していた。
(なるほど、『旅』……時空間移動のようなもの、か)
自分を、相手を、時を越えて移動させる能力。一秒も待たずに絶命する刹那、彼は冷静に状況を分析し、
……そして数秒後、何食わぬ顔で自室のソファに座っていた。カップを手に取り、飲みかけのダージリン・ティーを啜る。
「無駄ですよ」
まさか戻ってくるとは思っていなかったのだろう。目を丸くしている十三日に、二十九がにっこりと笑った。さっきのお返しだ。
「私の『能力』は、『
「……太陽に飛ばされて、戻ってきた人は初めて見ました」
攻撃を受けたことで、逆に冷静になれた。二十九が間髪を容れず杖を振るう。と同時に、十三日も短刀を握りしめた。今度は、二十九は、深海の奥深くへと飛ばされた。常人では耐えられないほどの水圧。内臓が破裂し、骨が砕け、全身が有無を言わさずぺしゃんこに潰される。
……そして数秒後、二十九は再び無傷で自室のソファに戻ってきた。十三日には、『四倍速』をかけて地平から吹き飛ばしたつもりだったが、少年もまた、変わらず同じ姿勢のままだった。
「…………」
「…………」
フルーティな香りが鼻腔を擽ぐる、軽やかなクラシックのかかる部屋で。二人が向かい合って座っていた。お互いにっこりとほほ笑み合い、カップを手に取り、そして、
溶岩の中。
氷河期。
ジュラ紀。
銀河の果て。
コマ送り。
スキップ。
チャプター再生。
ディレクターズカット。
お互い『能力』を掛け合うが、どちらも決定打に欠けていた。
もう長いこと向かい合って紅茶を飲んでいる気がするが、実際には一秒も過ぎていない。無駄だ。何度目かの『死の世界旅行』に付き合わされながら、二十九は退屈で欠伸を繰り返していた。たとえどんな世界に飛ばされようが、不可避の即死攻撃を喰らおうが、自分には効かない。
あの生意気な少年を倒すには……ライオンに噛み殺されながら、二十九は妙案を思いついた。十三日自身ではなく、彼の身の回りのモノを『操作』するのだ。少年の飲んでいるダージリン・ティー……茶葉の時間を
あえて一度
……そしてソファに戻ってきた後、二十九は少し手間取ったフリをして、十三日に先制攻撃を許した。杖先を、こっそりと彼の紅茶の方に向けて。
次の世界に飛ばされながら、二十九は少年が、カップを手に取るのを垣間見た。勝利を確信し、思わず笑みが溢れる。戻ってきたら、あの少年は毒殺されているだろう。
真っ暗な視界の中で、彼は余裕の表情を浮かべていた。何も心配していなかった。時間を操る最強の能力。自分は無敵だ。たとえどんな世界に飛ばされようが、不可避の即死攻撃を喰 ら お う が 、 自分 には 効 か な い ……。
……二十九が戻って来ないことを悟って、十三日は静かにカップを置いた。
最後に二十九を飛ばしたのは、ブラックホールの中だった。
不変のように思える時間も、重力によって変化する。空間を飲み込むブラックホールの中では、時間は長く長く引き伸ばされ、一秒は永遠にも近い長さになる。彼が、戻ってくるのを『何秒後』に設定しているかは不明だが、その頃には、恐らく宇宙は滅亡しているだろう。
「やれやれ。これで一件落着だな」
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