十八枚目 京都祇園祭礼 諸国名所百景

『……でぇ、あるからですねぇ。とにかく、何でもかんでも『能力』に頼りすぎるのは子供の発育にも良くない!』


 上空に超巨大パノラマモニターが浮いている。宇宙と中継が繋がった大型ヴィジョンに、ちょんまげを生やした将軍の下卑た笑顔が写っていた。


『世の中便利なものが揃いすぎてる! 能力も同じです。

「そんなに強い能力があるなら、さっさとそれで倒せば良いやん」

「何を出し惜しみしてんの?」

と、こういう不精をする子供が出てくるわけですなあ。全くけしからんことです。古き良き能力者バトルのワビサビを理解していない……ちったあ苦労して工夫することも覚えにゃあ。ということでねぇ~』


 ネオ清水で今、開会式が行われていたのだった。七緒は顔をしかめた。そこら中に設置された拡声器スピーカーから、わんわんと蝉の鳴き声のような雑音ノイズが降り注ぐ。会場の端っこにいても、煩くて仕方がなかった。先ほどから延々と、主催者のどうでもいいような話が続いている。


『命がけのやりとり! 極限状態でしか見られない剥き出しの人間性! 武器で殺し合うのは、教育上大変よろしいことであると、専門家先生もそう仰られているのであります。おかげさまで十三回目を迎えた本大会も、是非我が子を参加させてくれと、親御さんからの要望が絶えません……』


 画面から目を離して、七緒は地上を見渡した。


 薄い紫色の雲を透かして、朝の白い光が目に眩しくも心地良い。

 これから壮絶な殺し合いが始まるにしては、あまりにも新しい朝が来た。

 ネオ清水、武装観音像前。

 会場には、早朝から大勢の人が犇めき合っていた。


 青空の下に数千……いや、数万人は集まっているだろうか。


 壮観だった。見渡す限り武器、武器、武器だ。

皆それぞれ、日本刀だったり銃だったり、闇市で横流しされている旧世代の武器を担いでいる。

六太のように機械獣を手なずけている者も見受けられた。

機械獣の中に乗れるように改造してある者、

衣服のように部品パーツを纏う者、

複数のロボットを変形合体させて、見たこともない巨人を造っている者。


 目は血走り、鼻息荒く。そこにいる誰もが興奮気味だった。そこら中で蒸気が上がったり、試射が行われたり。まるでF1レースが始まる前の最終確認レコノサンス・ラップのような様相だ。肌に張り付く空気はまだ冷たかったが、会場の熱気ヴォルテージは上がり続けるばかりだった。


 何しろこの死合に勝てば莫大な報奨金、何より『無能』は晴れて首輪を外されるのだ。


「不思議ね……」

 一通り周囲を見渡し、七緒が首を捻った。


「どうしてみんな、わざわざロボットに乗るのかしら?」


 どうも解せない。無人機の方が良い気がする。

 今のAIは優秀だし、何なら遠隔操作リモートで良い。その方が自分パイロットも命を無駄にせずに済む。わざわざ人間が乗る必要があるのだろうか?


『ばっかお前……ルンバじゃねえんだぞ』

 ラマの中から、六太の呆れたような声が、イヤホンを通じて聞こえてきた。ラマの中に篭り、さっきからせっせと点検メンテナンスに勤しんでいる。


『すっ転んでミサイルぶっ放したらどうするんだよ? そんなん危なくて使えねえだろ』

 六太は、普段言い負かされている七緒に説教できて、心なしか嬉しそうだった。

  

『ロボットは乗るものなの!』

「ふぅん……。てか人型の意味無くない??」

『分かってねぇなあ。そっちの方がかっこいいだろうが!』

 それからも何やら六太の喚き声が続いたが、七緒は無視した。


 全員が血眼になって、頂点を目指している。この中で自分たちが勝ち残る確率はどれほどだろうか? 

 七緒は開催記念に配られた電子巻物パンフレット(『第三稿』らしい)に目を落とし、今大会、幾人かの注目株をチェックした。


『〜注目の優勝候補たち〜


 此処では今大会注目の優勝候補をピックアップしたぞ! 

 事前情報をしっかりチェックして、観戦を十二分に楽しもう!


①エントリーナンバー 三七六四番!


二階堂慎二!

 

能力名は『悪法もdura lexまた法なり, sed lex』ッ!


 自分勝手なルールを無理やり相手に押し付けて、強制的に行動を縛ってくるぞッ!

能力を食らったものは「ウチは学校を卒業するまで漫画もゲーム禁止」などの理不尽に従わなくてはならない! 発動条件は今のところ不明。逆立ちで裸踊りなどさせられたくなければ、決してこの男に近づいてはならないッッ!!


・本人の意気込み

「未来を担う子供たちの手本となるように、真心込めて殺します! どうぞよろしくお願いします!」


【参考データ】

スピード:SSS

パワー:SSS

射程:半径10m以内

タイプ:バランス型


オッズ:単勝3.3 複勝1.6〜2.1



②エントリーナンバー 二〇九番!


九條九里奈!


能力名は『人間は白Tabula紙であるrasa』ッ!


 テーゼとアンチテーゼをアウフヘーベンさせることによって、無敵のジンテーゼを生み出す! 正直何を言っているか分からないと思うが、俺にもよく分からなかった……催眠術とか超スピードみたいなものだと思う、多分。発動条件は「ヒ・ミ・ツ♡」。密かにファンクラブが作られていたりもするぞッ! か……可愛いッ!!


・本人の意気込み

「いっぱい殺っちゃうんで、みんなよろしくお願いしま〜す♡」


【参考データ】

スピード:SSSSS

パワー:SS

射程:半径1km以内

タイプ:概念破壊型


オッズ:単勝3.1 複勝1.7〜2.4



③エントリーナンバー 一五四三番!


四谷狂四郎!


能力名は『個人は等しく一人と数えられ、誰もそれ以上には数えられない』ッ!


 能力名を言い終わる前に舌を噛み切ってしまいそうだッ! 

相手の『幸福指数』を計算し、勝手に点数付けしてくる! 点数が低ければ低いほど、酷い目に遭うとか遭わないとか……お前は教師か! とにかく全てが謎に包まれたヤバい奴だ! 先生、俺の人生は何点ですか!?


・本人の意気込み

「無回答」


【参考データ】

スピード:A+

パワー:SSSSS

射程:半径1m以内

タイプ:パワー型


オッズ:単勝3.7 複勝1.4〜2.1



 彼らの他にも、多数の『能力者』、『有能』が今大会にエントリーしている。果たして優勝するのは誰なのか!? 命がけの熱き戦いから最後まで目が離せない……!』


 七緒は目を離した。低俗な方が、受けが良いのだろう。自分には良く分からなかったが。


 改めて会場を見渡す。

 参加者のほとんどは『無能』だったが、なるほど、いかにもバトルマニアと言った風貌の強面な『有能』たちも混じっていた。中でも紹介されていた三人は、流石注目選手たち、中央の空中檜舞台メインステージでVIP待遇だ。三人とも将軍のお膝元で、眼下の観客に愛想を振りまいたり、振りまかなかったりしている。ちなみに六太は、『エントリーナンバー六六七七番/六道六太』とだけ、最後の方に参考文献みたいに一行でまとめられていた。


『ルールは簡単!』


 拡声器スピーカーから、将軍の意気揚々とした説明が続いている。


①『武器』を使用し戦うこと。ただしどうしてもという場合は、『能力』を使って良いものとする。

②殺すか、もしくは『武器』を壊すと1ポイント。その逆がマイナス1ポイントとなる。

③1時間以内に3ポイント以上で予選通過。期限内にポイントを集められなかった場合、その者は失格となる。

④制限時間は72時間。最終的なポイントの量で勝者を決定する。


『……以上のルールを守っていただければ、後は煮るなり焼くなりご自由に。ひひひ!』

「いい?」

 七緒はインカム越しに六太に話しかけた。


「黒服の仲間を見つけるのよ。そいつらには聞きたいことがい〜っぱいあるから、できれば殺さないで」

『そう言うお前こそ』

 ラマがジッと七緒を見下ろした。

『覚悟できてんのか? ここにいる以上、命の取り合いだぞ』

「……分かってるわ」

 七緒は固い表情で頷いた。殺す気で向かってくる以上、こちらも手加減はできない。そんな中で、顔も名前も分からない誰かさんを見つける……我ながら無茶を言っていると思う。でも、やるしかないのだ。

『機械獣に乗ってる奴も多いぜ。まるで仮面舞踏会だ。ロボット一つ一つ開けて、中身確かめろって言うのかよ?』

「それは心配ないと思うわ。だって……」

『それではみなさん!』


 画面の中から、将軍が一際大きな声を張り上げる。それを合図に、水を打ったように会場が静まりかえり、全員が一点モニターを見上げた。


『会場にお集まりの皆様、大変長らくお待たせ致しました! 間も無く鐘が鳴ります!

 鐘が鳴ったら死合開始! 記念すべき第十三回、ネオ清水武器闘技大会!

 開会にあたりまして……とにかく私子供の頃から、大きくなったら、一度で良いから言ってみたいセリフがあってですねぇ、はい。では……』


 モニターいっぱいに、黄ばんだ歯が映し出され、将軍が高らかに宣言した。


『皆さんにはこれから、殺し合いをしてもらいます!!』


 鐘が鳴った。そうして御前死合が始まった。と同時に、中央空中檜舞台メインステージのすぐそばで突如大爆発が起こり、優勝候補たち三名を含む述べ一六七名が死亡した。後から関係者が調べたところ、自爆装置を持った参加者の仕業だったらしい。


 遠くの方で阿鼻叫喚の断末魔が聞こえて来た。天高く立ち昇った灼熱の炎を見つめながら、七緒は呟いた。


「……だって、そいつらが本当に強かったら、最後まで生き残ってるはずでしょう?」

『行くぞ!!』


 六太がそう叫び、ラマが急発進した。

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