二十枚目 四条河原夕涼
四条傑の将来の夢は『地上で暮らすこと』だった。
朗らかで、才気溢れる好青年だった。責任感も強く、若くから環境問題に関心を持ち、大災害の現状を日々憂いていた。
そんな彼に咲いた能力は『大気汚染』。四条少年はまだ未熟ながら、空気中の有害な物質や成分を操れるようになった。天は彼を、人類を見捨ててはいなかった。少年がそう信じ小躍りしたのも無理はないだろう。
実際、彼がそのまま成長していれば、いずれ地上は元の姿に戻ったかもしれない。四条傑は戦闘中『超音波』によって鼓膜を破られ、後ろから斬りかかってきた無能に気付かなかった。
彼の『地上好き』は筋金入りで、学業の合間を縫っては、度々地上見学に来ていた。今回大会に参加したのも
錆びた刀の五月雨は、心臓を貫き、肺を貫き、腹を貫き、喉を引き裂いた。四条は全身から破れたホースみたいに血を撒き散らし、間も無く死亡した。心根が優しく、将来を渇望された少年は死んだ。彼の能力が人類のために活かされることはついになかった。享年十六歳。
五藤沙憑姫の『死刑執行』は、今大会で最も多くの命を短時間で奪ってみせた。
本人の攻撃的な性格そのままに、ただただ相手を殺めるためだけの能力で、彼女は大会開始10分以内に、分かってるだけで八五六人もの参加者を殺した。彼女が拳を握り閉めるたびに周りの心臓が次々破裂し、ぱん、と掌を叩くたびに脳が爆発し、鼻の穴から飛び出してきた。
幼い頃は医者になるのが夢だったという少女は、しかし三鶴城充の『人工地震』によって、図らずも割れた地面の中に落下して即死した。その三鶴城も、また別の能力者の『疫病厄災』によって苦しみ抜いて死亡。それぞれ享年二十三歳、二十七歳。
路上に奇妙な団子が転がっていた。
いや、団子ではない。元は参加者だった。手足を捻じ曲げられ身体を押し潰され、全身を歪な球体にされているのである。八王子八之助の『食糧人類』だった。哀れ肉団子になった参加者……いや犠牲者の表面にはびっしりと穴が空き、赤黒い血をどくどくと垂れ流している。
その状態で、団子はまだ絶命していない(食糧としての鮮度を保つため)。
能力者が死ぬまで、団子人間は死ぬことができなかった。八王子自身に言わせると、肥大化する人口・食糧問題を打破する、『命を無駄にしない、慈愛に満ちた能力』だった。なるほど確かにこの『能力』なら、人口爆発も食糧不足も一気に解決できるだろう! 共食いという狂気に目を瞑ればの話だが。
生きながらの絶望……団子人間の受難は、八王子八之助が『佳人薄命』で脱落するまで続いた。少々変わり者だったが、彼もまた、世の中のために役立とうと彼なりに必死だったのだ。享年十七歳。
その他、記しきれない者多数。棺桶の用意もままならない中、まだまだ通夜は続く。
明星が夜明けの青に白く輝く
大会開始から約二十時間が経ち、脱落者は六〇〇〇名ほど。
見渡せば、瓦礫と死体の山が目立ってきた。中には人の形を成していない者もちらほらと見受けられる。その全てが、地獄の業火で赤く赤く染まっていた。
まるで街全体がフライパンになってしまったかのようだ。肉を焦がしたような臭い。黒煙が、陽炎がそこら中で立ち昇っている。息を吸うだけで、茹だるような熱気がヒリヒリと喉を焼いた。滴り落ちる大粒の汗を拭い、七緒は滲む視界に必死に目を凝らした。
参加者の多くは今、ネオ京都の方々に散らばっていた。
一つは、弱い者ほど逃げ回っていた方が得策だ、というのがある。
とはいえそれは追われる側の理屈で、追う側としては、できるだけ短時間で複数の標的を倒さなければならない。隠れているだけではポイントは稼げない。何処かで攻撃に転じなければ。
それで、参加者のほとんどは脱兎の如く、あるいは獲物を見つけた獅子の如く古都中を走り回る羽目になった。
大会の規定に会場の指定はないが、恐らくはネオ京都全体が舞台として想定されているのだろう。あまり遠くに行くと今度は獲物がいなくなり、ポイントを稼げない。
さらに混乱を招いているのが、脱落者と予選通過者の区別がつかない、という問題だった。死体は別として、見た目には大差ないのだ。生存者は、たとえ期限内にポイントを稼いでいなくとも、色が変わるとか、首が弾け飛ぶとか、特段ペナルティがない。
下手したらポイントを稼いでるつもりで、脱落者をひたすら狩っていた、なんて事態になりかねない。
予選を通過しているかどうかは、ただ主催者のみが知る情報だった。参加者にはただ、会場の至る所に設置された拡声器から、脱落者の数だけが伝えられる。ピンポンパンポーン。それでは十四時までにオナクナリになった皆さんの紹介です。東浮区にお住いの四条傑さん、以下三四二六名……。
これが参加者の疑心暗鬼を加速させていた。
自分が今、何ポイント稼いでいるのか。
そもそも無事予選通過しているのか。
分からない。不安に駆られた人々は必要以上に獲物を探し、さらなる血を求めた。もしかしたら助かるはずだった命も、こうして過剰に散って行った。
『関係ねえよ』
空飛ぶラマの中から、六太が吐き捨てた。
『望んで戦場に来てるんだからよ。できるだけ多く倒した方が勝ちってことだろ』
七緒はラマの背中の上で、黙って辺りを見渡した。『
辺りに人影は無かった。
六太とは考え方が違うが、七緒としても、この状況は好都合だった。たとえ脱落していても、戦場から弾き出されることはない。彼女の目的は勝つことではなく、人探しだったのだから。
人探し……もう一つ、走り回る以外に『罠を張る』『敵を待つ』という戦法もある。
逃げ惑う群れを絡め取る蜘蛛の巣のように。
時間制限があるため、リスクのある戦い方ではあるが。強い者ほどどっしりと構えているのも確かだ。
二十時間が経った現在、
会場を中心に四つの激戦環境、危険地帯が作られていた。
八十八坂塔の青龍。
鴨川四十四条の朱雀。
二十二年坂の白虎。
六十六波羅蜜寺の玄武。
殺伐とした死合の中では、あまりに風情のある呼び名である。大会が進むにつれ、自然と出来上がった激戦地・強者の縄張りだった。大抵の者は寄り付かない。だが七緒は、四人の中に探している人物がいるのではないか、と睨んでいた。
『四天王だな!』
「どれから行く?」
『一番強い奴!』
四天王だと言っているのに、一番強い奴がいたら、それはもう『一天王とその他三人』ではないか。などと野暮な話は流石に七緒もしなかった。恐らくは四人とも、実力伯仲の強者には違いない。それで二人は、まず八十八坂塔に向かっていた。
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