五枚目 百鬼夜行絵巻
ずしんっ!!
、と音が響いたかと思うと、途端に足元が液状に波打った。視界が激しく上下に揺れる中、七緒はその目でしかと見た。砂漠からぼこぼこと、腐った手や獣の頭が生えてくるのを。まるで墓場から舞い戻って来た
足元が覚束なくなり、つんのめるように前に転がり落ちる。落ちる、と言う表現がぴったりだった。今や砂漠は、荒れ狂う海の高波のように姿形を変えていた。
「姉ちゃぁん!!」
頭上の骸骨が、ケタケタと嗤った。巨大な髑髏に遮られ、今や陽の光もすっかり翳っていた。骸骨の眉間には、千日紅が煌々と輝いている。
『全知全能』。
十時十都から奪った才能で、巨大な親玉が、次々と仲間を増やしていた。骸骨は、その巨大な拳を振り上げ、ずがんッ!! と廃墟を打ち砕いた。
「ぎゃあああああッ!?」
ガラガラと、瓦礫が子供達の頭上に降り注ぐ。間一髪、足場を取り戻した七緒は、降って来た小石の一つに刀を突き立てた。
一つの斬撃が二つに。二つが四つに、四つが八つに……『百花繚乱』の能力によって、全ての瓦礫に、一度で幾千万の突きを叩き込んだ。
瓦礫はたちまち粉と化す。雪のような白塵が周囲に漂う中、大勢の黒い影が四方から押し寄せて来る。地面から生まれた、機械仕掛けの
息つく間もなく、彼女は刀を握り直す。
一匹一匹は、猪や子鹿程度の大きさで、どうと言うことはないのだが、何しろこの数だ。数千、数万……砂場を埋め尽くす鋼の化け物。個々の叫び声がうねりとなって、大気を揺るがした。まるで天下分け目の合戦場に突如放り込まれたような、そんな有様だった。さらに……。
「これは……!?」
ろくろ首の首を斬り落としながら、七緒は驚いた。首を切り落とされながらも、機械獣は動きを止めない。元々生物ではないといえばそうなのだが、どうも様子がおかしい。他の妖怪たちも、腕を落とそうが、腹を裂こうが一向に止まる気配はなかった。一切手応えがないまま、七緒はたちまち群がる妖怪たちに埋もれた。鋼色に揉みくちゃにされる中、七緒の視界に飛び込んで来たのは、
真っ白な花弁、『不老不死』の花であった。それも、一つどころではない。幾千幾万の妖怪たちが、一匹一匹、それぞれ梔子の花を身体に咲かせている。
「こんな……こんなことって!?」
明らかに異常な事態……だが状況を論理立てて整理している余裕もない。不幸中の幸いか、数が多すぎてお互い渋滞し合ってるが、このままでは機械に押し潰されてしまう。七緒は必死に手を伸ばし、刀で足元の砂を掻いた。
小さく、弧を描くように。
砂場に描かれた円が、『百花繚乱』によって一気に半径を大きくする。小さな丸はたちまち巨大な蟻地獄へと様変わりした。数多の妖怪たちが、下に下に、一斉に砂場に飲み込まれていく。何とか妖怪を振り払った七緒が、空を見上げると、
『全知全能』・巨大な骸骨が、ぽっかりと空いた穴を覗き込み、ちょうどその拳を振り下ろすところだった。
前方から殴られた時、避けるか、受けるか、逆に自分から
「……!?」
……当たらなかった。まるで見えない力に押し戻されるかのように、刀の軌道は直前で拳を逸れた。もちろん七緒が外した訳ではない。
『運命操作』。
斬られる、と言う運命を、自分に都合良く捻じ曲げたのだ。
まるでデタラメな能力を、機械仕掛けの妖怪たちは我が物顔で使いこなしていた。七緒には、斬撃を外したことよりも、そっちの方が衝撃だった。
『不老不死』。
『全知全能』。
『運命操作』。
花形から奪われた才能の花。それを複製し、自在に操る機械獣たち。
一体下界で、何が起きてると言うの……!?
骸骨の、右目の穴の部分に腰掛けていた妖怪が、驚く七緒を指差しケタケタ嗤った。その鼻には、黄色い菊の花……『運命操作』が咲いているのが見える。見えたのもつかの間、視界が真っ黒になった。直撃した拳に、七緒は体ごと吹き飛ばされる。
「がはっ!?」
悠に数メートルは落ちただろうか。まるでダンプに追突されたような衝撃だった。七緒の目論見は外れ、彼女は己が作り出した蟻地獄の奥へと突き落とされた。
脳に、骨に、激痛が走る。
機械獣の凸凹が背中に刺さり、皮膚が裂け、出血しているのが分かった。何本か骨も折れているに違いない。落下の衝撃から立ち直った『不老不死』たちが、早速七緒の体にしがみ付いてきた。
もはや抵抗する力もない。霞み行く視界の中、白い霧の向こうに、嗤っている巨大な骸骨の顔が見えた。七緒は諦めて両目を閉じ、
刀を手放し、
およそ運命を信じ過ぎる者というのは、その運命を、自分に良いようにしたがるものらしい。自分にとって良い運命を手に入れるのが大事で、悪い運命は出来るだけ回避したい。それはそうだろう。
大凶を有り難がる物好きは滅多にいない。『運命操作』は大凶を大吉に、自分にとって悪い運命を、都合の良いように作り変えていく能力だ。
だから七緒は、妖怪たちの
隕石がただの石ころに。
大河が一粒の水滴に。
1000%が100%に。
戻っていく。
七緒の能力を解除することは、彼らにとって都合の良いことである。だから操作できなかったし、する必要もなかった。敵自ら武装解除しているのに、どうしてわざわざそれを止めることがあるのか。
蟻地獄が元に戻った。首や腕を斬られていた妖怪たちは、無理な体勢からさらに
能力を解除しても、起こった事象を元に戻さない……という選択もできたが、
ず、ずん……! と大きな音を立て、巨大な骸骨が砂場に沈んだ。
砂煙が空を覆う。やがて全てが静まり返った。
「お姉ちゃぁん!」
「おぉ〜い!」
何処からか、子供達が呼ぶ声がする。それで分かった。勝ったのだ。七緒は動かなくなった機械獣たちの凸凹の上で、息も絶え絶え、横たわっていた。全身が、ズキズキと痛んだ。出血も酷く、気怠さで頭がボーッとなっている……それでも何とか、化け物どもを撃退できた。ようやく一息入れて、七緒が刀再び刀を握ろうとした、その瞬間。
突如鋼の山からにゅっ!! と手が伸びてきて、七緒の刀を掴んだ。
「きゃっ……!?」
彼女は驚いて悲鳴を上げた。
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