第15話 奇襲?(二)

 そう言って、リーダー格の彼は武器を地面に投げ捨てた。他の四人もそれに倣った。吉祥寺の兵たちも、一度武器を置いた。

「それで、話というのは具体的には何でしょうか」

「おいおい、流石に冗談だよな? 決まってんだろうが、フツーに、『吉祥寺を寄越せ』って、そんだけの話だよ」

「はぁ……?」

 動機は意外にも単純だった。しかし——だからと言って受け入れられるわけではない。

「でしたら、それは無理です。お引き取りください」

「このせっかち政治家が! 人の話を聞いてから話せよ! ま、それも政治家っぽいっちゃぽいけどな、ガハハ……じゃなくてだ、まず前提として、俺たち——杉並区民軍は、いつだってお前らを殲滅出来るくらいには強い」

「それは……何となく分かっています」

「だというのに、俺たちはお前らを倒さない。それが何故か分かるか?」

「情け……とか、そういうことでしょうか」

「半分正解だが、半分は大不正解だ。区長——ひいては都知事は、吉祥寺にあまり傷を付けたくないらしいんだ。元来人が集まる場所だからな、それを利用したいわけだ。だから、そこが血塗られた場所だったって事実が残っちゃあ、まずいわけだな。まあ、俺たちもその点は同意見だ。だからこうして『話』をすることを選んだんだ。だが——」

「もう半分の『大不正解』……ですか」

「ああそうだ、気に食わないことに、区長は平和主義者というか——どこまでもお人好しすぎるんだ! 俺たちが作戦中でアイツからどういう指示を受けていたと思う? 『敵兵を殺すな』だよ! あんだけの武器を持ってたってのに!」

 なるほど、あの時「見逃して」貰えたのは、どうやら区長の指示によるものだったらしい。それを狙ってできるのも、かなりの技術がなければ出来ないような気がするが……。

「もちろん俺たちだってバカスカ人殺して気持ちよくなるようなガチサイコじゃねえけどよ、そんなことで戦争が出来るかってんだ! だからあの弱腰区長は信用ならねえんだ」

 杉並区長は本来、心優しい人らしい。区民からの人気も、それを物語っている。あの「手紙」の内容も、その温厚さの顕れなのかもしれない——そんなことを考えていたら、まさにそのことについて言及された。

「お前ら、区長から『手紙』来ただろ」

「は、はい。ちょうど、今朝に……」

「あれ、何やろうとしてたかっていうと、今の『コレ』と同じ、『交渉』ね。理性的な対話で吉祥寺を手に入れようとかなんとか言ってたんだよ、アイツ」

「そうだったんですか……。いや、でも——」

「ああそうだ、アイツにそんなことができる訳がねえんだよ! あの弱腰老人にな! お前、さっき『お引き取りください』とかなんとか言ってたけど、アイツの場合はそれだけで本当に引き下がるまであるぜ? だからよ——話が長くなったが、それより前に力でねじ伏せてやろう、ってのが俺たちの目的ってワケだ」

「力で……? それって……!」

「ハハハ、多少抵抗しようとも、最終的に吉祥寺ここからいなくなってくれさえすりゃあ、軽傷で済ませてやらんこともないぜ? というかぶっちゃけ、市民兵もダルいからな。とっとと終わらせて帰りてえんだわ。今これやってんのは戦争でまともに生活出来ねえ状況だからだよ、だから——

 彼らは再び武器を構えた。吉祥寺の兵たちもそれに続く。しかし、樋里は毅然とした態度で話を続けた。

「ちょっと待ってくださいよ、あなた方は『吉祥寺を傷付けたくない』んじゃなかったんですか?」

「あぁ? ここはもう吉祥寺の『外れ』だろうがよ、狭義の吉祥寺には含まれねえってもんだ」

 リーダー格の男は「何を言ってるんだ?」と言わんばかりの表情でそう言った。しかし一方で、樋里の表情は、何か確信めいたものに満ち溢れていた。そして彼は、こう言った。

「あなた方は、吉祥寺の『』しかご存知ないんですね」

「は?」

 「彼ら」の困惑が深まっていくのを尻目に、樋里は言葉を続ける。

「あなた方は知っていますか? 『ハモニカ横丁』という場所を。百三十年前の戦争で出来た『闇市』が形を変えて、今日こんにちまで残っているんです。狭いうえに薄暗くて、子供の頃親に連れられてきたときあれを見た私は、えも言われぬ恐怖に襲われたのですが——今では、私はあの場所が好きです」

「おう、名前くらいは聞いたことあったけどよ……それがどうしたってんだよ?」

「では、これはどうでしょう? あなたは、吉祥寺駅の公園口に面している通りを歩いたことはありますか? あそこは吉祥寺の中でも特に治安の悪いとことです。カラオケ店、居酒屋、風俗店なんかが立ち並んで……夜間には当然のように客引きが跋扈しています。常にほんのりと臭うタバコの臭い、あるいはドブの臭い。それを——愛せますか?」

「それも『吉祥寺』の一部だってんなら、そりゃあそういうことになるだろうな」

「よく分かっていらっしゃるじゃないですか。そうです、それもまた『吉祥寺』なのです。老若男女が集い、様々な動きを生み出していく、それが吉祥寺という街です。それゆえ、キラリナや東急百貨店、あるいは北口駅前のクリスマスイルミネーションのように、華やかなものばかりがあるわけではないのです。でしたら、これもご理解いただけるはずですよ。『ここも吉祥寺なのだ』ということをです」

「それに——武蔵野市を出ても『吉祥寺』を名に掲げるマンションが多くあるのも、その証拠ではありませんか」

「なッ……お前!」

 リーダー格の彼は、再び武器をこちらに向けて来た。説得をするつもりが、逆鱗に触れてしまったらしい。危険だ。咄嗟に逃げようとした、その時——。

「阿佐谷さん、何をしているのですか。この時間帯は、女子大本部前の警備にあたられているはずですが、現場に来ないとの情報がありました。勝手な行動は慎んでください」

 区長からの無線が鳴った。

「チッ……区長直々のご指令かよ……」

 武器を下ろし、後の四人と何やら話をする彼。しばらくすると、こちらを振り返って、こう言った。

「バレちまったみてぇだ。今日の戦いは俺たちの負け、退散させてもらうことにするが——明日の『交渉』、せいぜい決裂しねぇように頑張れよ! まあ、いずれにせよ最後に吉祥寺ここを勝ち取るのは俺たちだから——大人しく引き渡しておいた方が良いと思うぜ? じゃあな!」

 そうして、杉並区の方へ走って帰って行った。

 ひとまず、直近の難は去ったらしい。戦闘にならなかったのはかなり運が良かった。

 樋里たちは、基地に帰還した。八千代が出迎えてくれた。

「樋里さん! 軽率に命懸けで前に出ていくのは本当に危ないんですから、やめてください!」

 と言われた。心配をかけてしまったようだ。謝罪の上、二度と同じようなことはしないと約束させられた。しかし、申し訳ないとは思うが、あれは本当に咄嗟の行動であったし、ああしていなければここまで穏便に事が進むこともなかっただろうから、許してほしいとも思った。

 冬初めの陽が傾きつつあった。


 吉祥寺の命運がかかった「交渉」は、もうすぐそこまで迫っている。

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