たちあがれ多摩の衆人どもよ

椎葉 十嵐

第1話 プロローグ

「東京が『独立』した——」

 それは突然の報せだった。

 そう、あまりに、突然の——。


  *  *  *  *  *


 二〇七五年十一月十一日午後六時ちょうど。テレビ、スマホ、電車の車内ディスプレイ、あるいは新宿の巨大ディスプレイ。あらゆる液晶画面がジャックされ、映し出されたのは——東京都知事・築地木犀ついじもくせい。困惑の声が街を包んでいく。もちろん、彼女の目にそんな人々の姿が見えるはずもなく——おもむろに口を開き、こう言った。

「東京は、江戸時代から数え、実に約五百年もの歴史を湛えるまちです」

 人々の目は、画面に釘付けになる。都知事がこれほどまでに大々的に何かを発信したことはなかった。きっと、真に重大なことを伝えようとしているに違いない。

「そのいずれの時点をとってみても、東京は、世界的にも稀な発展を遂げていました。江戸の名を冠していた時代も併せて、東京は『誇らしいまち』であり続けたのです」

「しかし、今の状況を見て、果たして東京を『誇らしく思う』ことが出来るでしょうか? 私はそうは思いません」

 人々の間にどよめきが起きる。何やら不吉な気配が、東京の街全体を覆っている。

「特に都心部における治安悪化は、直視できないほど深刻な状況に陥っています。こういった社会悪を生み出しているのは一体何でしょうか? それは——」

「『非東京人』です」

 再び困惑の声が起こる。

「渋谷で騒いでいる若者の大半は、非東京人です。新宿で路上ライブや政治的主張を行っているのも、非東京人です。池袋が『治安の悪いところ』と言われるのも、非東京人が原因です」

「我々は、『理想の東京』を完成させたいと考えています」

「そのために我々は、そのような有害性を持った『非東京人』を東京から排除します」

 俄かに沸き起こる抗議の声。「何言ってんだ?」「気でも狂ったか」「排除ってのはどういうことだ」「東京人じゃなかったら悪人だとでも言いたいのか!」そんな声が聞こえる。

「なお、ここで言う『東京』とは——」

「東京二十三区のみを指します」

 非難の声がさらに強まる。

 もう何十年も前から、二十三区と多摩地域との対立的な構造は存在していたが、それは大抵の場合、区民から多摩地域の住人に対する煽りであるとか、あるいは多摩に住んでいる人々の「自虐ネタ」として消費されてきたものであった。

 しかし、今、それが、紛うことなき「差別」の一形態として、具現化されてしまったのだ。

「我々は、多摩地域の住人も、同様に排除します」

ゆるされるのは、東京二十三区出身者のみです」

「二十三区以外は、東京ではないのですから——」

 瞬間、どこからか、武装した集団が街中に流れ込んできた。そして、既に対象が選別されているのか、特定の人々を——「非東京人」のみを——拘束し始めたのだ。

 人々は反抗した。大声で叫んだ。「赦される」とされた二十三区民までもが、「こんなのは間違っている」と武装集団の蛮行をやめさせようとした。

 しかし、人々の反抗もむなしく、わずか一夜にして——。

 東京は、占領されてしまった。


「今ここに、『東京国』の『独立』を宣言します——」


 都知事の声だけが、絶望に覆い尽くされた東京の鉛色の曇り空に、ただ冷たく響き続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る