第1章 吉祥寺前線基地編
第1節 立川にて
第2話 立川は地獄と化した
その日、
彼はまだ二十六歳、新進気鋭の衆議院議員として注目を集めていたころであった。
そして、午後六時。彼は都知事の「宣言」を聞く。「非東京人」を貶めるような都知事の発言に憤慨しながらも、それを言葉として発するよりも早くに、突如として現れた覆面の武装集団に、一瞬にして拘束され、何か怪しげなものを吸わされ——為す術なく、気を失ってしまった。
* * * * *
どれほどの時間が経っただろうか。樋里は見知らぬ場所で目を覚ました。近くにも、たくさんの人がいた。幸い、貴重品の類は常に身に付けていたため無事であったし——部屋の隅に置いてあったはずの
グーグルマップを開く。ここはどうやら、立川のようだ。正確には——立川駅だ。ニュースを見てみると——絶望的な文言がトップを埋め尽くしていた。
「都知事が突如『東京国』の独立を宣言。『非東京人』を排除するとして、東京二十三区出身者を除くすべての人を区内から排除したとみられる。霞が関一帯も掌握され、三木田内閣は対策本部を立川に設置、首都機能を一時的に移転した。三木田首相は、『このような大規模なクーデター事件の発生を許してしまったことは痛恨の極みである。このような、民主主義への重大な挑戦を行った築地都知事を最も強い言葉で非難し、独立の撤回及び東京二十三区地域の返還を要求する』との声明を発表。また、天皇陛下の安否が心配されていたが、宮内庁の発表で既に那須御用邸への避難が完了していることが判明し——」
「首都機能奪還を目指して行われた自衛隊による大規模な東京奪還作戦は失敗。圧倒的な軍事力を前に、大きな損失を被ることとなった。東京都側がどのようにしてこれほどまでの軍事力を手にしたのかなど疑問は残るが、差し迫った危機として、この機に乗じた他国による軍事侵攻も懸念され、日本の情勢は予断を許さない状況にある——」
樋里は声を押し殺して涙を流した。周囲にはまだ目を覚ましていない人もいるが、目が覚めれば、同じ絶望を味わうこととなる。実際、この惨状を知ってしまい、周囲に止められながらも、しきりに窓から飛び降りようとしている人が散見される。「早まるな」と言いたいところだが、正直言って仕方ない。帰る家があるならまだマシだ。でもこの中には、確かに「家を失った人」がいる。大きな夢を携えて上京してきた彼らにとってこれは、すべての希望を絶たれたも同然なのだ。そして、それは樋里も同じであった。檜原村出身の彼は、大学に入るにあたって区内のアパートに引っ越した。それは「上京」と呼ぶにはあまりにも近距離だったかもしれないが、確かに希望に満ち溢れていたのだ。
しかし、そんな絶望に打ちひしがれてばかりいても仕方がない。そういえば、さっきニュースに「首都機能は一時的に立川に移転された」とあるのを見た。立川に移転、というと、おそらく場所は——立川広域防災基地だろう。ここからは二キロほどだ。とりあえず、そこに行ってみよう。
樋里は駅を出て歩き出した。当然のことながら、多摩都市モノレールは止まっていた。もちろんJRもだ。だから、三十分ほどかかるだろうが、歩いていくしかなかった。
西大通りを真っ直ぐに進んでいく。道にも、まだ目を覚ましていない人がいる。そして、そういった人々を狙って、財布などを盗ろうとしている輩がいる。先行きの見えない不安が、善良な一般市民をも狂わせてしまっている。まだ「東京国」の独立から夜が一つ明けただけ。状況を呑み込めていない人ばかりだろう。それは、自分にはどうしようも出来ないことだ。
さらに進む。左手には昭和記念公園がある。今は、市民の憩いの場どころではないだろう。あまり見る気も起きなかったので、中には入らなかった。怖いもの見たさでも、見たくないものはあるというものだ。
まだ進んでいく。左手には大病院がある。人が次々搬送されていく。そういえば、気を失う前、何やら怪しげなスプレーを噴霧されて、それを吸い込んでしまった記憶がある。それによって体調不良を起こした患者が多発しているのだろうか。いや、まずもって大量の人が街中に横たわっているこの状況は異常でしかないのだが——。樋里はそんなことを考えながら、ゆっくり歩き、左折、右折——そして、ようやく立川広域防災基地に到着した。時刻は既に十時を回っていた。想像以上に時間がかかってしまったようだ。
入る際、身元が確認できるものを見せろと言われ、身分証と議員バッジを提示した。意外にも、すんなりと通してくれた。案内された建物に入ると、樋里を出迎える一人の男がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます