第14話 奇襲?(一)

 旅行の話の後にも、いくつか質問が続いた。とはいっても、好きな食べ物とかそういう、小学生がするような質問ばかりだったが、意外にもかなり時間を使ってしまって、気付いたときにはもう二時間以上が経過していた。

 ということで、昼ご飯を食べることにした。もちろん、備蓄品しかないのだが。

 ところで、最近の非常食はかなり優れている。八千代は「お湯を入れて三分」系のカップラーメンを食べていたが、例えば博多ラーメンの有名店が監修しているという非常食シリーズは、背脂まで再現されているものもあり、際の店舗で出されるラーメンと比較しても遜色ないレベルにまで達しているし、タコライスの非常食もある。そして、そのどれもが、非常に美味だ。単純にレトルト食品としての出来がいいので、以前から、自炊するより味がいいからとついつい非常食で楽をしてしまいがちであった。豪勢な食事ではないにせよ、満足度はかなり高いのだ。

 今日は、親子丼をいただくことにした。肉類をどうやって常温保存しているのかは分からない。一昔前では考えられなかったそうだ。一応、デパートの飲食店内には冷凍庫があるので、それを使わせてもらうことはできるが——万が一のことを考えると、あまり頼りにしすぎない方が良いだろう。

 水を少々加え、袋の両側から出ている紐を引っ張って、しばらく待つと——それだけでもう、ホカホカの親子丼の完成だ。樋里はそれを皿に盛りつけ、手を合わせた。

「いただきます」

 皿を覆う玉子に箸を入れ、米と一緒に肉をすくい出す。玉子がプルプルと動くのを眺めながら、ゆっくりと口に運ぶ。ハフハフと熱さを紛らわしながらそれを噛みしめてみれば、柔らかい鶏肉が、一瞬のうちに溶けていき、米の導きによって、口腔内で玉子と混じり合う。完璧に釣り合ったこれら二つの食材は、絶妙なハーモニーを奏でている。その音色が、熱気とともに鼻を抜けていく。そして、その旨味を何度も何度も噛みしめ、ほとんど両者が一体となったところで、ようやくそれを嚥下する。至高のひとときである。改めて、これが非常食であることがとても信じられない。昔、旅行先で空腹のまま彷徨さまよって、ようやく辿り着いた大衆食堂で食べた親子丼を思い出した。悔しいが、この非常用親子丼は、それを思い出してしまうほどに、クオリティが高かった。そんな感動もほどほどに、二口目に突入——しようとしたのだが……。

「樋里さん! 最前線監視担当から緊急連絡が!」

「女子大通り監視担当の有原から本部、杉並区方面から敵兵五人程度の侵入を確認しました、どうぞ」

「なッ……! じゃあ区長の話は嘘だったと……? まあとにかく……分かりました、すぐに行きましょう!」

 ゆっくりと親子丼を味わっている時間はなさそうだ——もちろん、勿体ないので十数秒ほどで掻っ込んだが。

 八千代もすぐに反応した。彼女は食べるのがかなり速いようだ。

「本部から有原隊員、その五人以外に人は見受けられますか、どうぞ」

「有原です、こちらの見る限りでは確認できません、どうぞ」

 八千代は、何かに気付いた様子でこう言った。

「本当に五人程度しか攻め込んできていないとすれば……恐らく公式な攻撃ではありません。武闘派というか、過激な人たちが勝手にやって来たのでしょう、だとすれば昨日の手紙の内容にも矛盾しませんし……こちらの方が数的に優位ですから、勝ち目はあります」

 なるほど、そういうことならば合点がいく。樋里は頷いて、無線に向けてこう言った。

「本部、了解しました。すぐに兵を動員します、しばらくお待ちください」


「行きましょう、皆さん!」




 すぐに身支度を整え、樋里たちは現場に急行した。八千代含む何人かは、ひとまず基地に残ることにした。監視担当——有原らと合流する。女子大通りの方面をしばらく注視していると——「彼ら」がやって来た。建物の陰から彼らの方を見やると、本当に五人ほどのチームで行動している。失礼ながら、いかにも勝手な判断で動きそうな感じの、いかつい見た目をしている——そう思った瞬間。

 複数の銃声が、一気に鳴り響いた。

 彼らは、こちらの存在に、既に気付いているようだ。威嚇目的と思われる発砲を繰り返している。

「吉祥寺の皆さんよぉ、そこにいるのは分かってんだよ! 吉祥寺の政治家センセイとやらはどこだ! いるならとっとと出てこい! 話をさせろ! させないってんなら皆殺しだ!」

 自身の腕前に相当の自信があると見える。実際のところ、彼らは自分たちを打ち負かした杉並の兵だ。実力は確かにあるのだろう。それゆえ、樋里も、不必要に危険を冒したくはなかったので——大人しく、両手を大きく上げて、前へ出て、こう言った。

「私がその『政治家』、樋里数馬です。理性的な対話ならば応じましょう。ただし、少しでもこちらに危害を加えるようなことがあれば、すぐに反撃します」

 吉祥寺の兵士たちはひどく狼狽していたが、樋里の頭の中には、この選択肢しかなかった。

「ほう……意外と素直じゃねえか、良いだろう、じゃあ、『話』をしようぜ」

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