第13話 質問コーナーのお時間です
その後も、今後どうしていくべきか、といった議題について話し合った。例えば、最前線エリアの監視担当者を倍増するとか、いずれは国に更なる支援を要請すべきだとか、そういったテーマについてだ。
その後も長々話し続けて——いつの間にか、何時間も経っていたらしい。時刻は既に十時半を回っていた。樋里を始めとする人々は皆、話に夢中でそんなことには気付いていなかったが、とある声がそれを知らせた。
「あのさ~……朝っぱらからこんな話ばっかしてたら疲れない~? そろそろダルくなってきた、ってかそうじゃん、アレだよ、八千代ちゃんといっぱいお話させてもらうはずだったじゃん、そっちにシフトしちゃダメ?」
この特有のチャラさ……長沼だ。確かに、そろそろ話題も尽きてしまいそうであったので、樋里はそれを了承した。
「確かに、そういえばそうでしたね……八千代……さんの方は大丈夫?」
「ええ、もちろんです。あまり一気に色々言われると、流石にちょっと困りますが……」
「なら大丈夫か……よし、じゃあここからは、八千代さんへの質問コーナーということにしましょう……!」
聴衆は拍手をした——押立は「よっ」と言いながら、金森はいくらか遅く、箱根崎は音が聞こえない程度に、長沼は両手を上げて大きく、そして八千代は胸の前でぴっちりと手を合わせて。
「それじゃあ、皆さん、質問をどうぞ、挙手をお願いします」
樋里がそう呼びかけると、すぐにいくつかの手が挙がった。
「はい、じゃあ……そちらの方」
「はい、ありがとうございます。えーっと……たしか昨日、『二十三区から来た』と仰っていた気がするのですが、改めてそちらについてお聞きしたいです。どうしてここに来たのかというのも含めて」
いきなり際どい質問が来たので、樋里は少しばかり
「はい。二十三区内からやって来たというのは本当です。ここに来たのは……そうですね……」
注目が集まる。
「ここに来たというよりかは、あそこから逃げて来たんです」
「えっと……それは、どういう……?」
「すみません、色々ありまして……家庭の事情と言いますか、何と言いますか——」
八千代は少々言葉に詰まっている様子だった。それを見て慌てたのか、質問者は「ああっ、すみません、デリケートというか、プライベートな部分にまで踏み込もうとしてしまって……無理に答えていただこうとは思っていませんので、すみません、本当に……」と言って質問を取り下げた。一つ目の質問は終了だ。
「じゃあ……次の方、どうでしょう?」
問うと、人一倍ピンと伸びた手が目に入ったので、次の質問者はその人に決まった。
「よっしゃあ! えーっと……じゃあ~……」
吉祥寺前線基地の数少ない女性陣の一人、長沼若葉である。この様子を見ると、質問は今から決めようとしているようにも見えるが……とにかく、彼女の質問はこうだった。
「二十三区の外、例えばここら辺——多摩に来たことってありますか!」
先ほどとは打って変わって、かなりしょうもない質問。温度差で風邪をひいてしまいそうなほどだ。しかし、これも場を和ませようとしているとか、そういう彼女の粋な計らい……なのかもしれない。そう思ったので、とりあえず話は聞いてみることにした。
「多摩ですか……そうですね、私は二十三区の外に出たことがほとんどありませんので……この周辺のことも、地図で見て知っているくらいです。実際に歩いたのは、多分、これが初めてと言ってもいいくらいです」
長沼は「箱入り娘だ……」と月並みな感想を述べた。昨日あたりにも同じようなことがあった気がするが、どうやらこの人は思ったことがすぐに口に出てしまうタイプらしい……。
ただ、同じような感想を抱いた人は少なくなかったようで、聴衆からは「もしかして、箱入り娘系お嬢様の壮大な家出なのでは……?」みたいな声もパラパラと聞こえて来た。本当にそうだったとしたらかなり問題だが——樋里はそのようには思っていなかった。失礼ながら、彼女の性格を考えると、どうも「お嬢様」とも違うような気がしていたからだ。気品がないとは言わないが、未成年特有の明るさに満ち溢れているし、タメ口呼び捨てを要求してきたし——。
そんな思考を遮るかのように、威勢のいい声が耳を
「なるほど、八千代さんは多摩の『魅力』をまだご存知ないというわけだ! じゃあ……こういうのはどうだろう?」
話に割り込んできたのは押立。彼は、何やら提案をしたい様子だ。それで、その提案はというと——。
「八千代さんと樋里くんとで、多摩を旅してもらうのさ!」
「はぁ?」
考えるよりも先に、呆れに近い疑問の声が口から出てしまった。他の人々も首を傾げている。あまりにも当然だ。前線基地だってのに、指揮役が旅行に行ってどうするんだ、という話である。
「……どういうことです? 押立さん、今は吉祥寺防衛の途上で、明日には杉並区長との……対談?も控えているわけで……」
「もちろん、そういうのがある程度過ぎ去ってからの話だよ。どうだい、吉祥寺を無事防衛しきった戦勝祝いに、近場とはいえ旅行に行くんだってなったら、やる気も湧いて出てくると思うんだが」
「どちらかというと死亡フラグっぽいですが……」
「や、やめてください樋里さん、不吉です!」
「ハハハ、この様子なら道中話題に困ることもなさそう……いや、あるかもしれないが、険悪なムードにはならないだろう。ちなみに、君らがいない間の監督役は俺が肩代わり、ってことで大丈夫だから」
「なるほど、それなら……」
「良いと思います、まあ、しばらくは忘れていてもいいことでしょうけれど……」
なんだか、口車——ではないにせよ、あちらのうまい具合に乗せられてしまった気がする。
「最初に行くんなら、俺の地元——府中はどうだろう? 割と近場だし、何だかんだで充実してて楽しいんだ。まあ、その頃にあそこらが都市として機能しているかは分からないが。どうでしょう、皆さんはどう思います?」
ちらほらと声がする。「よさげジャン」「良いんじゃないでしょうか」「私もあそこら辺の雰囲気は好きです」「押立さんが指揮を執るならすごく頼もしい……」などなど。最後のような発言は、最も耳に残る。そして、頭をしばらく痛め続ける。
「うん、こっちは問題無さそうだな。じゃあ、そういうことで、いずれ、ね」
こうして、いつになるかはまだ分からないが、いつの間にか八千代との府中旅行が決定事項となってしまっていた。
樋里は、この旅行に行けるのがずっと先になるだろうと考えていた。それゆえ、それまでに死にたくはないという思いも、次第に強くなっていった。
彼らの戦いがどんな結末を迎えるのか、それを知る者は、未だ誰一人としていない。
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