第23話 あなたこそが、皆のリーダー!(一)

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 樋里は、その後何が起きたか、ほとんど何も覚えていない。ただ、十数分——数十分であったかもしれない——に及ぶ、両者一切譲らぬ攻防戦で、若干押され気味になっていたところに、聞き覚えのある声がメガホン越しに聞こえて、ひどく安堵したことは、覚えている。周りのみんなも、すごく喜んでいた——気がする。

 数百人規模で増援が来たことで、練馬軍は応援を呼ぶ間もなく一瞬にして退散したらしい。ずいぶんとあっさりと終わってしまったものだから、なんだか拍子抜けしたような、しなかったような——記憶は曖昧だが、そんな感じがする。

 あれから、どうやって別れたんだったか……確か、少し勝利の余韻に浸っていた時——。


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「区長! 大変です! どうやら、杉並区全域で停電が発生しているようでして!」

「なッ……。電力会社は何と言っている?」

「それが……公式ホームページにもどこにも、そういう情報が出ていないんです。報道機関も、全くこの件を把握していない様子で」

「ふむ……まあ、今まで電気を止められていなかったことの方が不思議かもしれないなあ……。今更止めたのは——まあ、政府のいつものゴタゴタというものでしょう」

「なるほど、しかし区長……だとすれば、『東京国』はもう終わりなのでは……?」

「そうかもしれないな、やっぱり早めに寝返っておいて正解だったのかもしれない……。電気が止まれば、次は水道も止まるだろう。下手に『東京国』の理想とやらに固執して民を苦しませるのは、本末転倒どころではない、愚の骨頂というもので……。何はともあれ、我々はもはや『あちら側』にはいない。——そうだ、樋里先生」

「は、はい……?」

「疲労を癒しているところ申し訳ないが、我々はそろそろ帰らせて頂きます。私の連絡先をお伝えしておきますので、今後の連絡はそちらから。可能ならば、明日にでも、今後についてお話しさせて頂きたい。明日またここに来てくだされば、区庁舎まで送迎いたしましょう。それと——」

「何でしょう……」

「あなた、国会議員なんですよね? 政府あっちとのコネがあるんでしたら、是非こちらが協力の姿勢を見せているということを伝えていただきたい。インフラが止まったままでは、共闘しようにもそれどころではありませんからね」

「なるほど……了解しました、必ず伝えておきます」

「ありがとうございます、お願いしましたよ」


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 そうだ、ああやって約束して、そして別れて帰ってきて、それで——。

 辺りを見回す。

 ここは——吉祥寺前線基地だ。まだ何もやっていないが、眠ってしまっていたのか……?

「あっ、樋里さん! やっと起きたんですか! なんだかもう……待ちくたびれましたよ」

「ご、ごめん……」

 時計を見ると、もう午後七時半だった。

「あのあと、ただでさえ意識が朦朧もうろうとしてましたけど、ここに帰ってきたら、倒れるように寝ちゃったんですよ! もう三時半だったのに、お昼ご飯も食べずに!」

 なるほど、言われてみれば、空腹感がいつにも増して凄まじいような感じがする。

「さあ、立ってください……パーティーが始まりますよ!」

「パ、パーティー……?」

「はい、です!」

 んな呑気な、気が早すぎる、というツッコミが喉から出かかったが、言うのはやめた。確かに、吉祥寺前線基地にとって最大のピンチを切り抜けたという意味では、ある種のおめでたい節目ではあるからだ。

「分かった、すぐ行くよ」

って言いました? いいえ待ちません、来てください! だって、なんですから!」

「え?」

 樋里は、一瞬耳を疑った。だが、それが真実か否かを確認する暇もなく、八千代に手を引かれて、「パーティー会場」まで連れて行かれてしまった。

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