第28話 お久しぶり!

「うーんと……色々と尋ねたいことはあるのだけれど、まずもって何故この小会議室に連れ込まれたのか、それを教えて欲しい」

「そりゃあ、せっかく奇跡の再会を果たしたってのに、その機会をドブに放り投げるわけにはいかないからね」

「はあ、そうですか……」

 今、樋里は、先ほどの会議室にほど近いところにある、小さな会議室にいた。会議室というよりは、応接間と言った方が良いのではないかというくらいには狭かったが。

 さて、樋里は何故ここにいるのだろうか。事の発端は、今から十数分ほど前——とは言っても、わざわざ回想を挟むほどのことでもない。何せ、本当に一瞬の出来事だったのだ。あれから、残りの二人が出てくるのを待って、帰ろうとした、まさにその時。彼女——戸倉伊奈が突如として割り込んできて、「ちょっと待ったぁーっ!」と言いながら樋里の手を掴み、そのまま別の会議室に連れ込んだという、たったそれだけの話である。

 時は進み、現在。二十六歳にしては「子供的」なバイタリティに満ち溢れ茶髪女性が、顔中から「ニヤケ」を溢れさせつつこちらを見ている。

「ところで、どうして僕が樋里数馬だと?」

「え! 本気で言ってる? 樋里なんて苗字、君んところしかないでしょ」

「確かに他には見たことも聞いたこともないけど……」

「いや、グーグル先生もそんな苗字は三世帯しかないと言ってるから、間違いないよ」

 いつの間に検索したのだろうか。グーグルの検索結果画面が強制的に視界に入る。

「そう……じゃあもう一つ訊くけれど、戸倉さんはどうしてここに?」

「あー……それは話すと長くなるけど……まあ良い、話して差し上げよう」

「いや、出来れば手短にお願いしたい。状況があまり呑み込めないままで待たされている人たちがいると思われるから」

「なるほど分かった。じゃあ簡単に言うと、私は元々ここで働いてたんだけど、例のクーデター的なのが起きてヤバいから、市民兵として戦闘に参加することにしたってわけ」

「長くなると言っていた割にはかなり簡潔だ……」

 とはいえ、杉並区で働いていたというのは初耳だ。別々の高校に行った時から、彼女との関わりは一気に無くなったが、大学——東京大学に進学するにあたって二十三区内に引っ越してからは、買い物中にばったり出会うなんてことも、本格的になくなってしまった。連絡も、一切取っていなかった。今思えば、結構おかしな話ではある——と、ここで樋里は、あることに気付いた。

「ちょっと待って、よく考えたら当たり前のことだから今更なんだけれど、あの騒動であなたは『排除』ってことだよね?」

「そうそう、それは私も思ってて。どうやら、生まれが二十三区であれば、それ以降にどこに住んでいようが追放の対象にはならなかったっぽいんだよね。正直ちょっとガバガバすぎると思うよあれ。ガバガバガバナンスだよ」

「それが言いたいだけじゃ?」

「大正解」

「よし、了解。それで、檜原育ちでも、生まれは——どこでしたっけ?」

「杉並区だね、そしてここも杉並区だから、これって逆Uターン現象なのでは?」

「変な現象を作らないで欲しい。で、杉並区生まれだから赦された、と……」

「そう。樋里くんは災難だったねえ。にいるってことは一回追い出されたわけでしょ? というかそっちの話を全然してもらってないじゃん。頼む、色々教えてくれ!」

 色々——最も返答に困るフレーズの一つである。「晩御飯何が良い?」に対する最悪の回答であるところの「何でもいいよ」と同じように、人は選択肢を大量に与えられても、それをただ持て余してしまうばかりなのである。

「色々、と言われてもな……」

「じゃあ、どうしてあっちの人たちの代表ヅラしてここに来ているのか、というのをぜひ!」

「随分と人聞きの悪い言い方をしてくれますねえ……そういう、言い回しが絶妙に下手くそなのが治ってないのに、社会で上手くやって行けてるんだとしたら、間違いなく相当のやり手だよ」

「どうも、相当のやり手です」

「……。じゃあ本題に入るけど、僕はまず、あの日、議員宿舎で謎の集団に催眠ガスを吸わされたらしいんだけど、翌朝立川で目が覚めて、ニュースで何が起きたのかようやく知った。でも、大事な荷物類はちゃんとすぐ近くに置いてあって、意外と人情深いなあなんて思ったりなんかして——」

 こんな具合で、樋里は今までに起こったことを簡潔に——とは言っても、戸倉の数十倍くらいの分量にはなってしまうが——説明した。質問の趣旨から若干逸れているような気もするが——まあ、問題はないだろう。

「……なるほど。ちょっと情報量が多すぎて脳がパンクしたけどなんとなく理解した。つまり生還したノリでリーダーに立候補したらガチ拒絶された上に困難に見舞われたけど、なんか上手くいってるところだぜ、って事ね」

「雑すぎるけど、確かに大体そんな感じかもしれない。自分の体験が急にちっぽけなものに思えてきた……」

「いやそんなつもりはマジで無いって。でもまあ大変だったね。檜原村生まれってだけでここまでの苦労をすることになるとは、ってね。ご両親は二十三区生まれ二十三区育ちなのに、なんだか惜しいって感じ。まあ私たちはもはやそっちの味方だし、都知事サイドもこれから窮地に追い込まれていくんだろうけど——」

 ここで戸倉は、直前に彼女がしでかした大きな過ちにようやく気が付いた。しかし、もはや誤魔化すには遅すぎた。

「……両親、ねえ……」

「ああっ! えーっと……その……ごめん。元々色々口走りすぎちゃうところがあるってのに、未だ興奮冷めやらぬという状態でペチャクチャ喋っちゃって、余計なことまで……」

 樋里は、「いやいや」とでも言いたげな顔で、その謝罪を跳ね除けた。

「いや、大丈夫。あんまり思い出したくないってだけだから……」


 戸倉伊奈。彼女は、樋里数馬の旧友——幼馴染である。そしてそれは、樋里の過去を知る数少ない人物であることも、同時に意味するのであった。

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