第9話 大将、カップラーメンひとつ!
八千代は先ほど、「皆さんに協力するから、どうか信じてほしい」と高らかに宣言したわけだが……。数十分経って、それがどうなったかというと——。
「うん……うん……! 美味しいです……っ!」
夕餉のカップラーメンを堪能していた。どうやら、涙まで流しているらしい。ここまで感動するとは、相当長いこと空腹状態だったのだろう。いや、この反応を見ると、カップラーメンを始めて食べたんじゃないかという気さえしてくるが——まあ、そんなことはないだろう。相当な箱入り娘でもない限り、カップラーメンを食べたことがないなんてことはないと思うが、そんな子ならカップラーメンよりも美味しいものはたくさん食べているはずだ。いや、初めて食べる庶民の味に感動している可能性は捨てきれないが——。
さて、閑話休題。問題は、なぜ今こんなことになっているか、ということだと思うが——。これについ語るにあたっては、「話は○○にまで
あの発言の後、また八千代のお腹が鳴った。基地を包んでいたそこはかとない緊張感と困惑が、一斉にパンと割れた。彼女はひどく赤面していたが、兵士たちの中には思わず吹き出してしまう者もいたし、そうでなくても、ほとんどの人が、それまでとは打って変わって、笑顔を見せた。結果的に八千代にこの「宣言」を強いることとなってしまった箱根崎も、どうやら申し訳ない気持ちの方が勝ったようで、
『あの……まだ、完全に信じられたってわけじゃないですけど……やっぱり、お腹の減っている人をそのまま返すわけにもいかない気がしてきました。だから……とりあえず、ご飯は食べさせてあげていいと思います。あと……協力を約束していただけるなら、それに越したことはないですし……』
と、座っているのか立っているのか判然としない中途半端な姿勢で、八千代の受け入れを認める趣旨の発言をした——。
とまあ、たったこれだけの話だ。それで、今は八千代を「来賓」の席に据えた晩餐会が行われている、というわけなのである。まあ、出てくるのは備蓄品くらいのものだけなのだが。先ほどの、ある意味「ムード」を台無しにするようなあの空腹の音は、義勇兵たちの心を開くのに一役買ってくれたようだ。運が良かった。
八千代は、カップラーメンの容器を両手で抱えて、スープを一気に飲み干す。見た目の割に、みたいなことを言ったら失礼にはなるけれど、なかなか豪快に行くもんだな、と樋里は思った。他の皆も、そろそろ夕食を食べ終えようとしていた。
さて、久々の明るいムードの中で一瞬忘れかけていたが——このタイミングを見計らっていたかのように、箱根崎が立ち上がった。
「あのー……そろそろいいですかね? 例の……さっきのというか、全面的に協力してくれるとかなんとかという……」
その声を聞いて、八千代も立ち上がる。樋里は、口元にスープがまだ少しついていることに気が付いたが、指摘するのも無粋だと思ったので、特に何も言わなかった。
「はい。約束は……当然果たします。それに……ここまで親切にしていただいて、あれだけ美味しいものまでいただいてしまったのですから……それを裏切るのは、人の道に背くことに他なりません」
その語気からは、強い覚悟と気概がひしひしと感じられた。
しかしその時、金森もまた立ち上がって、
「ただ……流石に場所を改めてからの方が良いでしょう。まずは片付けからです」
と言ったので、ひとまず食事の片付けを済ませてから、また全員で集まるということになった。
夕飯のゴミを片付けているとき、たまたま八千代が通りがかったので、樋里は声をかけた。あの時、自分が箱根崎のあの主張に対して何も言い返せなかったことで、彼女に大きな負担をかけることとなってしまったのではないかと、心配でたまらなかったのだ。
「あの、八千代……さん」
「はい? なんでしょう?」
「えっと……先ほどは申し訳ないことをしたなあと……」
樋里は、心底申し訳なさそうに言った。
「……? 何のことでしょうか」
八千代はきょとんとした顔で首を
「いや、箱根崎さんがああいうことを言った時に、何も返す言葉が思いつきませんでしたので……」
「あー、あれですか……確かに私も困りましたけど、でもあれは……私自身の問題ですから」
八千代の目付きが変わる。あの目だ。あの、覚悟の宿った、冷徹さが滲み出ているかのような、大人びた目だ。樋里はそのオーラに
「そうは言ったって! あなたをここに連れてくると決めたのは僕なんですから! あんな無責任なところを……」
「……はぁ。樋里さんは本当にお人好しなんですね。その割には……みんなに信用されていないようで、ちょっと違和感を覚えてしまいますが……」
ぐうの音も出ない。自分は、気さくな押立さんとは違って「義理堅すぎる」がゆえに、基地の人々から少し距離を置かれている気がする。自分でそんなことを言うのもなんだかおかしい気もするが、それは、なんとなく感じている。「はは……」と苦笑を
「あっ……今のは……もっと信用されていい、って意味ですからね! それと……さっきというか、最初に会った時からずっと、思ってはいたんですが……」
「……なんでしょう?」
「あっ、それですよ! それ!」
彼女にしては珍しい、かなりの大きな声で指摘してきたので、仰天した。
「私のことを何歳だと思っているんですか……! 丁寧なのは結構ですが……自分の立場をちゃんと認識した方が良いですよ! ですから……私に対しては今後出来る限り敬語を使わないようにしてください」
「は、はい……」
「あのですね、その『はい』もお堅いですからね……はぁ」
八千代はまたもや溜息をついた。そして、少々荒ぶっていた語調を元に戻し、こう言った。
「敬語というのはですね……丁寧さの象徴であるかのように見えて、相手と距離を置きたいという意思表示に他ならないんですよ。その相手が年下なら……尚更そういう風に聞こえてしまいます。なんですか、樋里さんは私をここからさっさと追い出してしまいたいとでも思っているんですか、と、私が思ってしまっても……文句は言えませんよ」
「確かに……」
「分かって頂けたならありがたいです。それでは……そういうことで、よろしくお願いします」
「じゃあ……改めてよろしく、八千代さん」
「えーっと……『さん』付けも敬語に含まれますからね……? うーむ……まあ、これに関しては無理していただかなくてもいいですが」
「申し訳ないけど、しばらくはこっちで……」
「ええ……分かりました。あと……『協力』の件については本当に気にしないで良いんですからね。樋里さんのでも何でもないんですから……」
そして、「それじゃあ」と手を振って八千代は樋里のもとを去った——と思ったら、すぐに戻って来て、こう言った。
「えっと……そのゴミ袋、燃えるゴミですよね? 捨て忘れてて……なので、これも捨てておいてもらえるとありがたいです」
そして、カップラーメンの空容器を渡された。もちろん構わないのだが、こちらが「了解」と言う前に行ってしまった。
思えば、こちらが謝罪するはずが、いつの間にかあちらの要求を呑まされていた。失礼ながら病弱そうな見た目に反して、なんとも
ふと、
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