07:街にて
お昼ご飯はシリルの希望通り外食に決まった。
やらかしたわたしに拒否権なんてないのだ。お陰で畑はそのままにしてくれたよ。
「クリスタ嬢はなにか苦手な物はあるか?」
「そうですね、何でもよく食べますよ。
あっでも
「
「ええ豚の血と肉、脂身で造った
「そ、そうか。俺は二十四年間生きてきたがその様な料理は聞いたことが無い」
「あらもしかして、うちの領地だけの料理なのでしょうか」
「
「はっきり言うと生臭いですね」
なんとなくだけどシリルがやや青ざめた表情に見えるのは、馬車から差す日の当たり具合だと思いたい。
昨日同様、貴族御用達の通りに馬車が入り、ひと際でっかいお店の前で止まった。
メニューを見るまでもない。
ここは高いわ!
店に入ると給仕の女性が待っていた。ずっと立っているとは思えないので、きっと店の前に馬車が停まるのを見て準備していたのだと思う。
「バイルシュミット公爵閣下でいらっしゃいますね。
お待ちしておりました」
名乗る前に名前を言い当てられた。
予約なわけがないし一体どういう原理か……、う~ん馬車の家紋かな?
それとも顔パスなのだろうか。忘れがちだけどシリルは公爵様だ。ぶっちゃけ雲の上の存在過ぎてどのくらいの凄さかも想像できない。
公爵ならば王都で顔パスが可能か否か? 新たな疑問が頭の中に投下された。
女性はわたしたちを先導して個室に案内した。
ただしそこは完全な個室と言う訳ではなく、外から見えないようにカーテンとパーテーションで区切られているがドアは無しと言う特殊な空間だ。
ああ良かった。
本来婚約者ならドア無しでも問題はないけれどわたしは偽物。ギリギリ令嬢に踏みとどまっているわたしの心情としてはドアあり問題だわ。
でもまあここはお高いお店だし、
ちなみに先ほどの話の所為か、それとも最初からなのか、食事のメニューに
昼食が終わる頃を見計らい、わたしは今日の目的地を聞いた。
「実は昨日に立ち寄る予定だったのだが」
と言われてすぐに謝罪だ。
「す、すみません。シリル様はお忙しいのにわたしが寝入ったばっかりに……」
「そんなつもりで言った訳ではないから謝罪は不要だ。むしろ役得だったな」
「はい?」
後ろの方の声が小さく聞き逃した。しかしシリルは首を軽く振り話をつづけた。
「ドレスに合わせた靴と宝石、そして扇やバッグなどの小物を買うつもりだった」
それらはすべてわたしが持っていない物で、夜会では必ず必要となる物ばかりだ。
「重ね重ねありがとうございます」
「いやこれも婚約者の為と思えば、思ったより悪くない気分だ」
「左様ですか」
言葉通りに受け取るつもりはないが、そう言ったシリルの表情は少し柔らかかったので少なくとも嫌がっては居ないのだなと胸を撫で下ろす。
そう言えばと、昨日聞き忘れたことを思い出した。
「シリル様、婚約の期間ですがどのくらいになりますでしょうか?」
この偽装婚約は、相手の令嬢を全て追っ払ったら終わりだと思っているが、具体的な日数が分からないのはちょっとね。
もしもあまりに長いのなら契約の見直しも辞さないつもりだ。
「そうだな。今季のシーズンが終わる頃でどうだろう」
シーズン終わりと言うことは、秋の半ば頃になる。
春先から見れば半年とちょっとか、まぁキリも良いから確かに悪くない日程ね。
「判りました。
ただどこかで一度領地に帰りたいとは思います。よろしいでしょうか?」
「ああもちろん構わない。
丁度、俺もクリスタ嬢のご両親には一度挨拶をせねばならぬと思っていた所だ、早めに日程を取れるように執事に調整させよう」
この時、なぜわたしの里帰りになんでシリルが来るのかな? と、不思議に思った。
しかし常識ではあり得ない、偽婚約者契約の話を両親に説明するのは骨が折れる。それを思えばシリルが一緒に来てくれる方が説明の手間も省けるよね。
なるほど、どうやらシリルはわたしの事を慮ってその提案をしてくれたのだろう。
「その際は是非に、よろしくお願いします」
わたしは彼の心遣いに感謝して笑顔でお礼を言った。
昼食の店を出て馬車に乗る。
ほんの短い距離なのに馬車を出すと言うのは気が引けるのだが、護衛の都合だと言われれば納得するしかない。
身分の高い人は大変だね。
乗ってすぐ降りた所には、貴族御用達の高そうなお店パート2があった。ショウウィンドウには靴や扇などが飾られているので小物を扱う店なのだと判る。
「そう言えばシリル様。
シリル様は商人を屋敷に呼んだりはしないのですか?」
わたしにはそんな経験はないけれど、大貴族クラスとなれば呼べば来る商人を幾人か抱えていると言う話も聞いたことがあった。
「屋敷に呼ぶのはつまらん」
「えーとどういう意味でしょうか?」
「ふんっ」
ありゃ、不機嫌そうにそっぽを向かれてしまった。
つまり答えは自分で探せと言うことだろうか?
えーとなになに、つまらないから呼ばないと言うのがヒントよね。
考えている間にもシリルは店のドアの方へ進んでいく。ドアが内側から開けられて店員が愛想の良い笑みを浮かべてシリルを招き入れる。
おっと不味い。わたしも慌てて中に入った。
店の中には目移りするほどの商品が並んでいる。色々な品があって珍しさで目移りするほどに忙しい。
さてお値段は……
それを見るや素早く手を引いた。
危ない危ない。馬車代にさえ困っていたわたしには手が出ない品ばかり。汚しでもしたら大変だわ。
そしてあっ! と閃いた。
きっと屋敷に招いても店員の媚びる態度は変わるまい、しかしこの品の数を見れば一目瞭然だ。店ごと屋敷に来られる訳もないのだから、確かにつまらないのも納得だ。
疑問が解けて満足し、わたしの口から自然に「ふふふっ」と笑みが漏れた。
「どうした、何やら楽しそうだな」
「シリル様がつまらないと言った理由が分かりました。
ありがとうございます。いまわたしはとても楽しんでおります」
シリル様が手を口元にあてながらわたしから視線を反らす。
「あの、何か変なことを言いましたか?」
「い、いやなんでもない」
耳まで真っ赤に染めて、とてもなんでもない人の顔には見えない……
しかし変にツッコめばまた機嫌を損ねることは学習して判っているつもりだ。
よし笑っておこう。
ニコッと笑顔を見せたら今度は体ごと背けられたわ。
どういうこと!?
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