21:お手紙お手紙お手紙
いくら〝公〟の費用を使うといっても、長く滞在すればそれだけ圧迫するのは確かなので、二日目のお昼を頂いた後、わたしは長年住み慣れたバウムガルテン子爵邸を出る決意をした。
それを聞いたシリルからは本当に良いのかと再度確認があった。
廊下の話の蒸し返しか、それとも滅多に来れる場所ではないと言う意味か、どちらかは分からないがわたしの答えはとっくに決まっている。
迷いなく「ええもちろん構いません」と返す。
シリルに付いて王都に帰る事を伝えなければならないので、わたしは再びお父様の部屋を訪ねた。
運が良いのか悪いのか、部屋にはお母様もいらした。
「クリスタか、どうした?」
「本日王都に帰ろうと思います」
「結論がでたのかい?」
「いいえ全く。ですがシリル様の隣に居ることで、こんなわたしでもお役にたてるそうなので行って参ります」
「そうか、早くとは言わないがちゃんと考えて返事をしなさい」
「ありがとうございます」
話が終わったと、お母様の方へ視線を移す。
「クリスタ、わたくしの部屋へいらっしゃいな」
「はい」
お母様に続いてお父様の部屋を出る。そして隣のお母様の部屋へ入った。
大きな鏡さえもない、小さなタンスと貧相なベッドだけの殺風景の部屋。治療費を得る為に大抵の物は売ってしまったのだから当然だろう。
まあわたしの部屋も似たようなものだけどね。
お母様は小さなタンスを開けて、小奇麗な小箱を取り出してきた。
高そうな物はあらかた売ってしまったから、まだうちにこのような箱があったとは~と少しばかり驚いた。
座るように言われてベッドに─他に座る場所が無いのだ─、その隣にお母様が座り、お母様は二人の間に先ほどの小箱を置き丁重にその蓋を開けた。
出てきたのは同じデザインの首飾りと耳飾りだった。
「これは?」
「わたくしとお父様が結婚する前、お父様から初めて頂いた品よ」
きっと最後まで売れなかった想い出の品なのだろう。
「そんな! これは頂けませんわ」
「誰が上げると言いましたか!」
ええーっ、そこは貰う貰わないって譲り合うとこじゃないの!?
不満気に口を尖らせていれば、どうやらその箱は二重構造になっていた様で、その下からお母様のヘソクリという奴が出てきた。
そして、「渡すのはこっちです!」と、不機嫌そうにそのお金をくれた。
乗り合い馬車を使って王都に行けば少しだけ余る程度の些細な額。
決して多くは無いけれど、わたし一人分の往復の馬車代を出すのにあれだけ苦労したことを思えば、かなり無理をした額であろう事は想像に易い。
「ありがとうございますお母様」
「いいですか、出戻りに使ったら許しませんからね!」
「ひどっ! もう帰って来るなってこと?」
「そのくらいの決意で着いて行かなくて何のつもりですか! しっかりなさい!」
「判りました。有り難く頂きます」
こうしてわたしは、すっかり機嫌が直ったお母様とハンナに見送られながらバウムガルテン子爵領を後にした。
帰りも天候に恵まれて四日。つまり十日ぶりの王都だ。
屋敷に帰るやシリルは、溜まった仕事を片付ける為に、しばらく執務室に籠る様で夜会の予定は不明のままとなる。
どうやらしばらくはタダ飯喰らいになりそうだ……
屋敷へは昼前に戻り、お昼を頂いて一息ついてから畑を確認した。
庭師さんが上手くやってくれていたらしく異常なし。
いよいよやることが無くなったぞと、肩を落として庭から屋敷へ戻ったところで、わたしを呼びにやって来たのは執事さん。
「クリスタ様、お忙しい所を申し訳ございません。
バイルシュミット公爵閣下がお呼びでございます」
「解ったわ。案内してくれるかしら」
忙しいと言う言葉は嫌味じゃなくて枕詞の様な物なのでもちろんスルーして返事を返した。それにしてもよ?
先ほど籠る宣言をしてすぐの呼び出しよね。要件は皆目見当もつかないわね。
執務室に入ると、シリルは顔も上げずに座って待っていてくれと言った。
言われるままにソファに座る。
その間も、シリルの手は止まらずテーブルの上を行き来している。
やっぱり凄く忙しそう。
執事さんがお茶を淹れ終わる頃。
シリルがやっと立ち上がり、何やら大量の紙の束を持ってこちらへやって来た。彼は向かいのソファに座るや否や、その紙の束をテーブルの上にどさっと無造作に置いた。
よく見れば、手紙?
ざっと二~三〇通は有りそうね。
「これはクリスタ宛に来た手紙だ」
わたし宛だと聞いて適当な一通を手に取った。
「あら、開いてますね」
「ああ悪いが中は確認させて貰っている」
どうしてかと理由を聞けば、誹謗中傷の文章を弾く以外に、薄い刃物に始まりよくない薬物が付いた針やらといった恐ろしい話も出てきて、なるほどねと納得せざる得ない話を聞かされたわ。
ちなみに口元をニィと嗤いながら、
「弾いた方の手紙の数が知りたいか?」
と楽しそうに問うてくるのは悪趣味だと思いますよ?
新聞に載るほどに人気の未婚男性に選ばれたのだから、きっと手紙の数はわたしの想像を軽く超えるに違いなしでしょ。
では選別を終えて残ったこの手紙は何か?
丁度手に取っていた手紙を、シリルに断りを入れて取り出し開いてみた。
季節の文章やらを省いて簡単に読み飛ばせば、
「これはお茶会のお誘いのようですが?」
「ああそうだな。
もう一つ悪いが夜会の方は俺が管理するから弾かせて貰ったぞ」
「いえそれは構いませんが……
えーと、つまりお茶会だけでこれですか?」
「そうだ」
ヤバいの弾いて、夜会弾いて、残りでこの量!?
「ええっ!?」
「何を驚いている」
「むしろ数の多さ以外に何に驚きましょうか」
「ふん、未来の公爵夫人に取り入ろうと必死な奴らが、なんと多いことかと俺はその浅ましさにこそ驚くぞ」
わたしの純粋な驚きと同列にそんな事を言われましてもね。
まったく違うからね?
と言うか、もしもわたしにその機会があれば、『わたしに取り入っても何の意味も無いわよ』と懇切丁寧に教えてあげたいところだわ。
「話のついでだ、もっと驚くことを教えてやろう」
そう言いながらシリルの口角が上がった。
その表情はいつもの意地悪な一面が出てきた証拠。
「そろそろバウムガルテン子爵家に対して、何かしらの支援やら援助の申し入れが殺到しているだろうよ」
「ええっお父様にですか?」
「ああ未来の公爵夫人の実家だからな、奴らは売れるならどこにでも恩を売るさ」
「大変です、注意しないと!」
タダより高い物は無いのよ!!
「それには及ばん、お義父上は存じておられた」
ああ良かった。
もしも貰っちゃった後に婚約破棄されたら返せないもんね。
「それで御用はこのお手紙のお話でよろしかったでしょうか?」
「ああ。茶会は男の俺には分からんからな。
うちと対抗派閥の家は抜いてあるから、どれでも好きに出ていいぞ」
「ええっ!?」
「今度はなんだ?」
「対抗派閥を抜いてこれって、じゃあ最初は一体なん通だったの!? と言う驚きの声ですわ」
「教えてやろうか」
再びだか三度だか、シリルの口角がニィと上がった。
「いえ遠慮します」
即答で返したらちょっと不満そうな顔されたよ。
お茶会ねぇ……
当たり前だけど夜会と同じく、貧困にあえいですっかり平民の暮らしをしていたわたしにそんな経験は無い。
そしてお茶会は女性だけの催しなので、頼みのシリルは一緒に来てくれないだろうから、とっくに行く気が削がれている。
「ああそうだ、不慣れなクリスタは俺が居ないのは辛かろうと思って、ベルティルデに声を掛けておいた。まず最初はあいつと一緒に行くと良いだろうな」
おおぅなんと余計な事を……
小さな親切大きなお世話とはよく言った物で、続くシリルの言葉でわたしの退路はすっかり塞がれてしまった。
うーんお茶会に行くのは確定になったみたい。
ちなみに、
「こちらがブルツェンスカ侯爵家のご令嬢ベルティルデ様から頂きましたお誘い状でございます」
テーブルに投げられた紙の束とは別に、執事さんがお盆に載せて丁重に運んできたのがベルからの招待状だそうで……
いやマジで何通来てるのよ?
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