22:準備万端!?
ベルと一緒に行けと言う暗黙の命令によりお茶会に行くことになったはずが、いつの間にかそちらに伺うことになったのはこの際どうでもいい事だろうか。
書いたこともない参加しますと言うお返事のお手紙を執事さんに教えて貰いながら書いた。ペンを握る様な事はトンとやって来なかったから、何度失敗したことか……
忙しい執事さんに無駄な時間を取らせて申し訳ない気分でいっぱいだ。
ついでにこの紙高いのよね、ほんとごめんなさいだわ。
インクが渇き手紙を畳んで封筒に入れる。
「んんっ?」
ここで一つ疑問が湧いた。
わたしの今の名前はバウムガルテン子爵家のクリスタだ。
当然だけどわたしはバウムガルテン子爵の蝋印なんて持っていない。そもそも王都に来た理由は爵位の返還だから蝋印なんていらないもんね。
そしていくら正式に婚約していると言っても、ここにバイルシュミット公爵の蝋印を使うのはなんか違うし、絶対に相手に良い印象を与えないだろう。
どうしましょうと執事さんに尋ねれば、
「クリスタ様が普段使いされる様、バウムガルテン子爵家の蝋印を準備しておりますので問題はございません」
もちろん勝手に作った訳ではなく、新たに蝋印を作ることはお父様にも確認済みだとかで、逆にその手際の良さに驚いたわ。
そんな訳で書き終えた手紙はバウムガルテン子爵の蝋印で封じられて、初めてのお茶会となるブルツェンスカ侯爵家に近日中に届けられるそうだ。
ブルツェンスカ侯爵家の令嬢ベルは、いま現在、貴族の中では一番親しいと思われる相手だからある意味はじめてに相応しいと言えよう。
まぁ次点が─厳密には貴族ではないけれど─王妃様と言うのが笑えないけどね。
お茶会にはドレスを着てお気に入りのお菓子を持って行くのが習わしらしい。
そして皆で持ち寄ったお菓子を広げて食べると聞けば、なんだか室内で行うピクニックの様に聞こえて楽しげだ。
しかし……
マルティナの─先輩の─話では、美味しいからと安易なお菓子はアウトで、珍しいだの綺麗だの高級だのと言った味とまったく関係ない部分で無情にも格付けされるらしい。
それを聞いてわたしの口からは、「うぇぇ~」と何ともヘンテコな声が漏れたのだがご容赦願いたい。
それにしてもどうしてみんなわたしの行く気を削ぐことばかり言うのかしらね。
ワザとなの、ねぇワザとなんでしょ?
お茶会に詳しいマルティナ─の先輩─から、着ていくのは夜会用に比べれば身軽なお昼用のドレスと言われてまずはホッと胸を撫で下ろす。お昼用とは屋敷で着ているこのドレスの事なので、今回はシリルの私財から無駄な出費をさせなくて済んだのだ。
しかし残念ながらお菓子は無理。
希少とか高価とか綺麗と言うのはわたしには無縁な言葉だよ。
購入しようにも先立つものもなく、おまけにお店にも心当たりがないから、こればっかりはシリルにお願いするしかない。
執務室に行き、
「お茶会に持ち寄るお菓子の件でご相談がございます」
「ああそうか……
解った。使用人に言って好きな物を買いにやらせろ」
「申し訳ございませんが、使いを出そうにもわたしは王都のお店を知りませんので……
出来ましたらそちらの方のお知恵も貸して頂きたいと思います」
「俺が一緒に行ければ良かったが、ふむ。
おい誰かよい奴はいるか?」
「もちろん詳しい者がおりますが、少しご確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ言ってみろ」
「クリスタ様はご実家で料理をなされるとお伺いしておりますが、もしやお菓子の類もお作りになられるのではないでしょうか?」
「はい作れますけど。
えっもしかして手作りでもいいのですか?」
「ああ構わないはずだが、貴女は作れるのか?」
「ええクッキーやパウンドケーキなら簡単ですからわたしでも作れます」
「ほお」
シリルと出会ってから半月以上も経っているから、いまの『ほお』が興味を惹いた方の『ほお』だと理解できた。
「よろしければお作りしましょうか?」
「いいのか?」
「はい勿論です」
軽く返事をしたのだが、まさか今すぐだとは思わなかったよ!
夕食前の忙しい時間、邪魔にならないように厨房の端っこをお借りして、料理長さんが見守る前で作業を開始する。
材料は料理長さんが出してくれたのでそれを使うとして……
わたしの手が動くたびに、料理長さんが身構えるのはどうにかならないものか?
大切な旦那様に滅多な物を食べさせるもんかと言う意気込みは買うが、ここまでリアクションがあると逆にやり難いわよね。
謎の緊張に耐えかねて、わたしは少しでも空気を良くしようと、たわいもない話を振ってみることにした。
「ねえ料理長さん。シリル様は甘い物はお好きなのかしら?」
お菓子の話をするや否や、今すぐ食べたいと言い出すほどに好きなのかと、ちょっと気になっていたのだ。
もしそうなら蜂蜜を入れて甘めにしようかな~と考える。
「いいえ旦那様は甘いお菓子の類はお好きではない様です」
「あらそうなのね」
つまりよそのお宅へ滅多なものを持っていくなよって意味みたいね。
となると、実際に持っていく予定のものを作るべきか。でも甘さから女性受けは良いけど男性にはきついわよねぇ。
ん-。
悩むこと数秒。
砂糖を控えめにして紅茶の葉を入れて甘さ控えめの味に変えた。
わたしが頂いた材料以外に勝手に手を加えてクッキー生地を作っていくと、だんだんと料理長の表情が困惑顔に変わり始める。
なんだろう?
棒を使いクッキー生地を平たく伸ばす。伸ばした生地はちっとだけ悩んだけれど、いつも通り包丁で四角に断ち切った。
「あのぉ」
ここでおずおずとした風の料理長の問い掛け。
もしやクッキーの型を使わなかったから苦情だろうか?
「なにかしら」
「もしやすべてご自分でなさるおつもりでしたか?」
「ええ……、それが?」
なんだ型じゃないのかと予想もしていなかった話に、言われている意味が分からず首を傾げながら返した。
すると後ろにいたマルティナが見兼ねたようにそっと耳打ちをくれる。
「一般的なご令嬢はですね、料理なんてできません。
ご自分で作ったと言う品の大半は、シェフが作った生地から型を抜いただとか、ほぼ完成した品にフルーツを載せただとか、粉砂糖を振ったとか、つまりほんのちょっとだけ手を触れただけの品が多いのですよ」
「えーと、それは本当に自分で作ったと言っていいのかしら?」
そこまで言って、わたしはやっと料理長さんがずっと隣に居た理由に気付いた。
「もしかして手伝ってくれるつもりでしたか?」
「はい……」
見張りじゃないじゃん!
むしろ指示待ちでいまかいまかとリアクションしてくれてたんじゃん!!
そうとは知らず、忙しい時間になんと無駄な時間を取らせたことか……
お詫びに焼き立てのクッキーを上げるくらいしかわたしにできることは無かったよ。
さてシリルは焼き立てのクッキーをとても喜んでくれた。
「次回に期待しても?」
「ええこのような物で良ければいくらでも」
「いくらでも食べたい、と言いたいところだが太っては困るな」
ごもっともです。
当日にクッキーを焼いていけばこれでお菓子もクリアだ。ああ良かった!
「何をニコニコしているのだ?」
「お茶会の準備が無事に終わってホッとしていますわ」
「うん? ドレスが無いだろう。
何とか明後日には時間を作るつもりだが……」
「ええっ!? お昼用のドレスでしたら沢山ありますよ」
「普段着のドレスで行ける訳が無かろう」
そう言ったシリルはすっかり呆れ顔を見せているのだが……
えっ待って? ドレスって普段着じゃないよね!?
「ええ~ダメなんですか?」
「勿論だ。お茶会に相応しいドレスを買うぞ」
「……ドレスだけですよね?」
そう恐る恐る聞いてみれば、
「ドレスに合わせた靴に扇、後は宝石だな」
やっぱりか!?
これじゃ夜会と一緒じゃん!
「どうしてもダメですか……」
「自分を着飾るのを嫌がるとはお前は本当に面白いな」
自覚はあるからぐぅの根も出ないけどね。
褒め言葉じゃない上に、そんな風に意地悪そうにくつくつと嗤われても困ります!
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