04:変わる公爵

 王都の中には取り扱う品物の値段が高く貴族通りと呼ばれている場所がある。その中でも特にお値段が高い店が並ぶいわゆる一等地に、当たり前のように馬車が停まった。


 侍女のマルティナが店の前でわぁと歓声を上げた。

「あら知っているお店?」

「ここはいつも順番待ちで超行列になる、有名デザイナーのエルゼ様のいらっしゃるお店ですわ!」

 感想は「へぇ~」と、一言。

 あまりにも感動の薄いわたしにマルティナは不満気に唇を尖らせていた。

 張合いが無くてすみませんね。


 店に入ると男性の店員さんが愛想良くやって来た。

「いらっしゃいませ。

 本日はどのような御用でございましょうか」

「こちらの令嬢にドレスを仕立ててくれ」

「はい畏まりました。ただ、わたくしどもは、有り難い事に大変多くのお客様からご注文を頂いております。

 今からご注文となりますと来シーズンの中頃の完成となりますが……」

「御託はいい、デザイナーのエルゼを呼んでくれ」

「生憎エルゼは多忙でして」

「いいから呼べ」

「はい畏まりました」

 当初の笑みは成りを潜め、すっかり張り付いた笑顔で去っていく店員。

 相手は貴族だと判っているから、不満の声を出すわけにはいかず、しかし顔には現れたって感じかしら。


 ほどなくしてエルゼなる人物がやって来た。

 三十歳半ばほどの女性で、服のあちらこちらに糸や生地の端が付いていて、先ほどの店員とは違いまさに現場の人って感じだ。ちなみにその呼びに行った先ほどの店員は一歩離れた所に控えている。


「お前がエルゼか?」

「はい左様でございます」

「この令嬢のドレスを至急頼む」

「あのぉ先ほどの店員も申したと思いますが一年先まで予約は一杯です。

 貴族様でも順番は守って頂かないと困ります」

 いいぞいいぞーとばかりに先ほどの店員はエルゼのやや後ろで口元を緩めていた。

「俺はバイルシュミット公爵だ、待つと言うなら他の奴らを待たせろ」

 ええー無いわ~

「「ちょっとすみません」」

 声が二つ重なった。

 一つはわたしで、もう一つは最初に応対した男の店員だ。


 男の店員は態度が豹変し揉み手をしながら、

「バイルシュミット公爵閣下でいらっしゃいましたか、大変失礼いたしました。もちろん公爵閣下の注文が最優先でございます。

 すぐにでもこちらのご令嬢の採寸をして仕上げさせて頂きますとも!」

 それを冷ややかに見つめながら、今度はわたしが、

「いいえ、どんな爵位であろうが順番は順番です。

 そんなのは守るのが当たり前、これはシリル様が悪いわ」

 こうして真逆の意見が対立した。


「クリスタ嬢は不満か……」

「もちろんです」

 わたしが即答すると、シリルは顎に手を当てて何かを考え込む仕草を見せる。

 しかしすぐに、

「そうか。どうやら俺が悪かったようだな。済まない店に迷惑を掛けたな。

 ところで吊るしのドレスの手直しならばすぐにできるか?」

 あれれ?

 すぐに折れたぞとわたしは不思議に思って首を傾げる。

「いいえ公爵閣下、オーダーメイドですぐに仕上げます!」

「いやそれには及ばん。

 すまんが四日後の夜会に使いたいのだ、お願い出来るだろうか?」

「四日後ですね、畏まりましたレディメイドのお品でしたらすぐに作業いたします」

 不満そうな男の店員を無視してエルゼがそう返してきた。


 あれほどオーダーメイドに拘っていたシリルが簡単に折れたのは何故だろう?

 そんな事を思いながらわたしは購入予定となる明るめの青いドレスを着て、手直し箇所を確認する為にくるくると回っていた。



 数着のドレスを着せられてわたしのお仕事は終わったらしい。

 いまは最初の男の店員に案内されて、中庭の見える春の柔らかい陽の当たるテラスでお茶を頂いている。

 ちなみにこのお茶を淹れたのは、すっかりわたし付きの侍女になったらしいマルティナだ。これは店の不精ではなく、貴族は見知らぬ他人が淹れたお茶を飲まないという風習があるからだ。

 きっと毒入りを警戒しての事だろうけど……

 はて、マルティナは本日初めて出会ったばかりだが、見知らぬのジャンルに含まれないのだろうか?

 それにお茶っ葉やらお湯はお店持ちだったし。

 ま、わたしを毒殺したい人なんていないだろうから気にしなくていいか。



 紅茶を飲みつつ、先ほどの事を思い返す。

 初対面の時の強引さからもっと我がまま放題の人だと思っていたが、ちゃんと言えば話を聞くことが出来る人だと、シリルの評価を上方向に改めた。


 よくよく思えばシリルは見てくれが整っていて美男子だ。さらに爵位は高くて、借金の肩代わりしてくれるほどには優しい。

 なるほど悪くない物件だな~と、完全に他人事だけど真面目に思うわ。

 ちなみにわたしがここまで他人事なのは当たり前。だってわたしは期間限定の雇われ婚約者だものね~、契約が終われば、はいサヨナラだよ。


 あれ、そう言えば契約の期間を聞いていなかったな。

 勝手に相手の令嬢に三行半突き付けて終わりだと思ってたけど、じゃあそれって具体的にいつなんだろうか?


 急ぐ話でもなし、商談中に邪魔するのも悪かろう。

 それに……

 ふわぁっと欠伸が出た。


 一週間、日が昇る前に起きて、日が昇るころには窮屈な馬車に乗り。今日のお昼前にやっと王都ここにたどり着いた。

 その疲れが取れる間もなく、強引にシリルにここに連れてこられて、こんな日当たりの良い場所で春のポカポカ陽気に照らされれば、誰だって眠くなるよね。

 疲れに抗うこともなくわたしの意識は途絶えた。




「はぅ!?」

 ガタンッと大きく馬車が揺れてわたしは意識を取り戻した。

 あ~夢か~良かった。

 わたしはほっと安堵の息を一つ吐いた。

 そりゃそうだよね。王都に行って強引な公爵様に拉致同然に連れ去られて、おまけに偽の許嫁をやってくれなんてどんな話だってのよ。


「良い夢が見れたか?」

 考えないようにしていたけれど、体の左半身が心地よい暖かさが口を開いた。

 嫌がる瞼を無理に開けば、最初に目に入ったのは向かいに座る困り顔のマルティナ。さらに視線を左上に向ければ、眠っていたわたしに肩を貸して親しげにこちらを見つめるシリルと目が合った。

「し、失礼しました!」

 バッと離れればなんだか残念そうに苦笑い。

 でも表情は一瞬だったのでわたしの勘違いに違いない。農作業するような田舎の貧乏令嬢に誰がときめく物か!


「長旅で疲れていることに気付いてやれなかった。悪かった」

 急に優しいシリルにわたしは戸惑いつつも、いま確認しなければならないことを聞く。

「あの~わたしはどうやって馬車に乗ったのでしょうか」

 乗った記憶が無いのだから自ら歩いてではない事は確かだろう。

 しかし一縷の希望を捨てる訳にはいかない。

「もちろん俺が運んだ」

 くっ死にたい……


 屋敷に戻るや、とても素敵なお姫様抱っこだったとマルティナが目をキラキラさせて語ってくれた。

 いっそ殺して……

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