12:夜会の前座

 シリルと似通った銀髪碧眼の三十台半ばほどの凛とした女性。

 なるほどこれが王妃様か~

 うわぁ初めて見たよ。

 そりゃあ名乗る訳ないよね。この国の普通の・・・貴族だったらその顔を知らない訳が無いもの。

 すみません! 普通じゃなくてほんとすみません!


 わたしが内心で平謝りしていると、

「バウムガルテン子爵だったかしら?」

「はい」

「残念だけど聞いたことが無いわね。貴女おいくつ」

「今年で十九歳になりました」

「ふうん三年前、わたくしは貴女に会っていない。

 違うかしら」

 三年前と言えばわたしが十六歳の年。

 そして十六歳と言えばデビュタントの年でもある。


 貴族の令嬢はデビュタントの夜会に出席して王妃様に挨拶をする。

 すると王妃様から『今後も変わらず精進なさい』と言う御優しい言葉を頂戴して、貴族の令嬢として皆からも認められるのだ。

 しかしわたしは、生憎貧乏でそんなものに出る余裕は無かったから夜会には出席していなかった。


「いいえ王妃様のご記憶は間違ってございません。

 わたしは事情あってデビュタントの夜会には出ておりませんでした」

「あらそう、それは良かったわ。

 王妃たるわたくしが認めていないのだから、貴女がシリルに相応しくないのは当たり前です。シリル、理解できたらその目障りな娘をさっさとお帰しなさいな」

 なるほどそう言う結論になるのか。

 どうしましょうとシリルに視線を向けると、彼は唇を噛みしめてはいるが無言だった。

 つまり止めるつもりは無いのだなと思い、

「では失礼します」

 わたしは一礼するとさっさとドアを開けて出て行った。

 少しは止めてくれるかもと期待したけど、やっぱり王妃様には敵わないのだね。



 さて廊下に出てみたは良いがここは王宮の中だ。

 ウロウロ歩き回れば不審者として捕まる恐れもあるので、まずは来た方向へ戻りつつ誰かに保護して貰うべきだろうね。

 スタスタと歩き始めて少し、先ほどわたしが出てきた扉が勢いよくバンと開いた。


 振り返れば、出てきたのはシリルだ。


 彼は血相を変えてわたしの方へ駆けてくる。

 そんなに慌てなくても良いのにとわたしは呟いた。


 婚約を解消すれば、いま身に着けている借り物のドレスや宝石を返さなければならないし、今日泊まる場所でさえ苦労するだろう。

 それに肩代わりして貰った借金の件もある。

 残念ながらそれらの話は絶対に避けては通れない。だからわたしは立ち止まりシリルが来るのを待った。


 彼はわたしの所まで来るとガシッと手首を掴んだ。

 そのままぐいぐいとわたしの腕を引いて先ほどのドアへと向かう。

「痛いです!」

 あの日の様に文句を言えば、無言で手首を離して手と手を結んで歩き始めた。

「離してください」

「断る」

 シリルはわたしの方に振り返ることなくそう言うと、今度はノック無しで王妃様の部屋のドアを開けた。

 手を繋がれているので入らない訳にはいかず、再びわたしは王妃様と対峙した。


「あらもう戻ったのクリスタ」

 開口一番、口元を歪めながらチクリと嫌味を言われた。

「戻りたくなかったのですが、この通りです」

 シリルに掴まれたままの手をお臍辺りまで持ち上げてアピールした。

 これがわたしの、いまできる精一杯の強がりだ。


「少しだけ貴女とお話がしたいわ」

 わたしは喋りたくもないが、まだ貴族である・・・・・・・からそのお願いと称する命令には従う必要がある。

「どうぞ何なりとお聞きください」

 だからこう答える以外に道はない。


「貴女は公爵夫人と言う地位に興味が無いのかしら?」

「ありません」

「何故?」

「興味が無い事に理由が必要ですか?」

「公爵家の地位があれば、子爵家である貴女の家とは比べ物にならないほどの贅沢が出来るわ。それに魅力を感じない訳はないでしょう」

 そんな前提はまったく不要で、うちと比べりゃきっと王都の平民の方がよっぽど贅沢だよと思うが、いま言っているのはそう言う話じゃないだろう。


「平民であれば自分で働いて得たお金の範囲でつつましく暮らすのは普通の事です。

 だからわたしは降って湧いた様な話にすがるつもりは最初からありません」

 シリルと別れれば、貴族省で貴族を辞してもお父様の治療費の借金が残るらしい。しかしまぁお母様と頑張って働けば何とかなるだろうと思う。

「あなた面白い考え方をするのね。

 いいわ気に入りました」

 そう言うと王妃様はテーブルの上のベルを手に取り、チリリンと鳴らした。音を聞いたのだろう、側仕えの控えるドアが開き侍女らしき年配の女性が入ってくる。

「王妃様、どうかされましたか」

「この子にプレゼントしたいの、わたくしの宝石を持って来て頂戴」

「畏まりました」

 侍女は一礼してまた別のドアを開けて姿を消した。たぶんあそこが服などを仕舞うクローゼットのドアなのだろう。

 数分ほどで侍女がカートを引いて戻ってきた。彼女が引くカートの上には色とりどりの見たことも無い高そうな宝石が載せられていた。

 いや宝石店で見たし、ついでに一個だけ買って貰ったし!


「さあお好きな物をお取りなさいな」

 わたしはどうするかな~とシリルの方へ視線を向けた。

 しかしシリルは少しも表情を変えず、何も応えてくれなかった。


 どうやら自分で考えないと駄目らしい。

 ちなみに、貰っていいのと言うことが聞きたかったんじゃない。それとは逆で『これって貰わないと不敬という奴なのかな~』と、わたしの悩みはそれっきり。

 借金を返すのには使えそうだけど、売るのはまた不敬だと言われそう。

 ああ面倒くさいなぁ

 う~んダメもとで聞いてみるか?

 でも聞くことさえも不敬とされたら、うう~ん困ったぞ。


 悩んだ末に腹は決まった。

 持ってて困る物を貰うよりは聞いて叱られる方がよっぽどマシだ。

「王妃様、おひとつ伺ってよろしいでしょうか?」

「ええいいわよ」

「これって貰わないとダメな奴ですか?」

 それを聞いた王妃は目を見開いてぽか~んと口を開いた。

 部屋の中の時間が止まる。

 しかし隣のシリルが堪えきれずに、「プッ」と笑いだすと、王妃様も我に返る。

「つまりいらないと言うのね」

 王妃様の眼が再び猛禽類の眼に変わる。

 やっぱり貰わないと駄目な奴だったのか~と今さらながらに後悔するけどもう遅い。きっと王妃様はお怒りだろう。


 厳しい顔をしたまま、王妃様はカートの上から宝石を無造作に数点ほど掴み取った。

 そしてわたしの手を掴み、その手の上にそれらをドンと載せて、

「クリスタ、これを授けます」

「ええっ!? 要りません! じゃなくて、こんなに沢山、恐れ多い事です」

 おっと思わず本音が出てしまった。

「驚いたわ、あなたほんとに興味が無いのね」


 王妃様は、ハァとため息を一つ吐いて、

「判りました。シリル貴方の勝ちだわ」

「だから言ったではないですか」

 二人は知ったように顔を見合わせているのだが、はてどういう話だろうか?


「気にするな。お前が財産目当ての女ではないと証明する為に、叔母様は一芝居打ったのだ」

「ああなるほど、そう言うことですか」

 と平然と返しつつ心の中ではその行為のえげつなさに戦慄する。

 質問の回答が気に入らなければ最初からアウト。

 しかし上手く答えたら答えたで、気に入ったわと笑顔で誘って宝石を見せておきながら、それを貰えばアウトとか、二段構えの罠とかないわー

「クリスタ、貴女をシリルの相手として認めましょう。

 そのカートの宝石はお祝いにすべて持って行って構わないわよ」

 まさかの三段罠だったのか!? とも思ったが、王妃様の表情は先ほどまでと違いすっかり軟化しているからどうやら本心っぽい。

 念のために確認したシリルも良いぞと頷いたし……


 しかしこの量。お祝いだからと有り難く貰っていい量じゃないのは確かだろう。

「いえ本当に困ります」

「あらお祝いも貰ってくれないのね」

「ええ、実はそうなんです。

 俺も彼女にあの宝石をプレゼントするのにずいぶんと苦労しましたよ」

 なんか宝石を貰わなかったわたしが悪いみたいな話になっているんだけど~?

 高価な物をポイポイ与えてくる方もおかしいからね!

 お互い様だから!

 あとこれ、お借りしているだけです、貰ってませんよ。


 そんな本音はさておき、お祝いと言われてしまえば、角も立つから貰わない訳にはいかない。

 わたしはカートの上を宝石をじっと見て、

「えーと、ではこの品だけお祝いと言うことで頂きますね」

 一番小さな宝石がついた指輪を一つだけ手に取って王妃様にお伺いした。

「一つでいいの?」

「はい十分です」

「欲が無さすぎるのは心配だったけど、一番高価な品を持っていく所は案外ちゃっかりしているのね。安心したわ」

「へ?」

 これが、一番、高いですと……?

 そんな事を聞いてしまうと手が震えてくるじゃないか。

「なんだ知らずに取ったのか」

 震える手で指輪を落とさぬように包み込みながら、無言でコクコクと頷くわたし。

「あらあら無欲の勝利ね」

 と王妃様が楽しそうに笑うと、シリルも釣られて笑い始めた。


 そんな勝ち方要りません!

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