14:初戦

 敬語だ愛称だのひと悶着が終わった後、ベルがブルツェンスカ侯爵家ごじっかについて教えてくれた。

 簡単に言うとベルの家のブルツェンスカ侯爵家は、王妃様の妹が嫁いだ家だってさ。


 ここで半明!

 バイルシュミット公爵家の長女がシリルの母で、三女が王妃様、末の四女がベルの母の四人姉妹だとか。シリルにとっては叔母でベルにとっては伯母だ。

 残るは次女の行方だけだけど、たぶん凄いんでしょうね。

 さてこの国の場合、爵位を継げるのは男児のみ。シリルのお爺さんは頑張ったらしいが、ついに世継ぎの男子が生まれず仕舞いだったそうで、長女が生んだ孫のシリルに爵位を譲ったらしい。

 だからシリルは若くして公爵なのか~と納得出来たよ。



「つまりベルとシリル様は従兄妹なのね」

「そうよ」

 ちょっと自慢げに薄い胸を張るベル。

 なんで自慢げ?

 あーいや自慢にもなるか、公爵家と従妹で王妃様の姪だもんね。名も知られていないわたしと比べれば雲泥の差だよ。


「それは凄いです!」

「でしょー」

 えへへ~と嬉しそうにほほ笑むベル。

 それを見て、うわぁ分かりやすくていい子だなーと思ったのも束の間の事。彼女はわたしの腕を再びガシッと掴むや、壁端に沿ってつかつかと歩き出した。

「ちょっ危なっ」

 ヒールが高い靴なのでたたらを踏む。しかしベルは気にした様子もなくずんずんと進んで行った。

 端っこに見えるドア。このたどり着いた場所をわたしは知っている。

 壁端の使用人らが恭しく礼を取った。

 また顔パスかと思ったが……

「お嬢様、申し訳ございませんがこれより先はお通しできません。

 いったいどのようなご用がおありでしょうか?」

「私はブルツェンスカ侯爵家のベルティルデよ」

「ブルツェンスカ侯爵家のご令嬢ベルティルデ様でいらっしゃいますか。

 畏まりました、しばらくお待ちください」

 二人居た使用人のうち一人がドアの向こうへと消えていく。


 少々時間が経った後、ドアの向こうから初老の使用人が現れた。

 初老の使用人はベルの顔を確認すると、

「確かにブルツェンスカ侯爵家のご令嬢ベルティルデ様でいらっしゃいますね。

 どのような御用でございましょうか?」

「クリスタのドレスが汚れたのよ、代わりのドレスを準備なさい」

「ええっ!?」

 何言ってんのとベルを睨め付ける。

 王宮が下級令嬢ごときのドレスを貸してくれるわけないじゃん!

「畏まりました。一先ず中へどうぞ」

「ええっ!?」

 と二度目。

 王宮ってそんなことまでしてくれるの!?



 お借りした客室に連れ行かれると、すぐにわたし用の新しいドレスが準備された。

 背丈だけ合わせて、サイズはややゆったり目のフリーな奴。細かい部分は背中の紐と腰のリボンで調整できるみたいだね。

 お部屋に現れた侍女さんに手伝って貰い、汚れたドレスを脱いで新しいドレスを着せて貰った。

 ちなみに汚れた方は、

「クリスタ、あなたのお屋敷は?」

 屋敷とな?

 わたしはとつぜん何の話かと首を傾げる。

「住所よ」

 ああと頷き、バウムガルテン子爵領の場所を伝えた。

 するとベルは呆れて、

「それは領地の屋敷でしょう、王都の屋敷よ」

「うちは王都に屋敷なんてないわよ」

 そんなものを維持するほどのお金も人も、うちにある訳がないじゃん。

「ハァ? だったら宿を借りているとでもいうの」

「はいシリル様の屋敷にお部屋を借りています」

「ええっ婚約者の段階でもうお屋敷に!?」

 じっとわたしの方を見つめるベル。

 やや顔が赤くて、わたしと言うよりわたしの肢体を……

 ハッと気付いて、

「ちょ、ちょっと何を考えてるのよ!」

「いやだって、一緒に住むって、その、そう言うことなんでしょう?」

「無いから!」

「そ、そうなのね。良かったわ」

 まだ顔が赤いがあからさまにホッとするベル。こっちも飛び火して予想外の事を言われて酷い目にあった。何がって自分の顔が赤いのが自覚できるわよ。

 ひぃ焦ったぁ~


 やっとクールダウンしたベルが侍女に一言。

「じゃあそのドレスはバイルシュミット公爵家に送って置いて頂戴な」

「畏まりました」

 あっそう言う話ですか。




 ベルと二人で再び夜会の会場に戻ってきた。

「今度は気を付けなさいよね」

「分かってる。もう人ごみにはいかないわ」

 今度のドレスはわたしだけの話ではなく、王宮からお借りした物である。汚せばそりゃもう色々な所にご迷惑が掛かる訳で、細心の注意を払ってますとも!

「ハァ? なに言ってんのよ。あんなのワザとに決まってるじゃない」

 わたしは何を言っているのと首を傾げた。


「たまたま見ていたけど、あの令嬢は男性と偶然ぶつかってワインを溢したのよ。

 それがワザなんて考えすぎだでしょ」

「クリスタこそ何を言っているのよ。あんな場所でグラスを持っていれば人に当たって溢すのは当たり前でしょう」

「確かにそうだけど……」

「それにあの子、随分前に私にもやったわよ。

 つまり常習犯って奴よ」

 マジで!?

 ベル相手にあれをやるとか度胸あるわー

「何その顔」

「いやあ、その時ベルはどうしたのかな~と思って……」

「もちろんドレスを弁償させたわよ」

 ベルは当然でしょうとばかりにフンッと鼻を鳴らした。

「それはさぞかし……お高いのですよね?」

 侯爵のご令嬢のドレスだ、きっと売ったら安い残念なオーダーメイドに違いない。

「ドレスの一着や二着でどうこうなるわけないじゃん」

 すみません、うちはどうこうなるレベルなんです。



 しばしの時間ベルと共に過ごしていると、やっとシリルが帰って来た。

 彼はわたしの姿を見ると目を細めて睨みつけてきた。

「クリスタ、そのドレスはどうした?」

「えっと……」

 折角買って頂いたドレスを汚してしまったので、謝罪しなければともごもごしている間にベルが間に入って来た。

「あらシリル。私に挨拶は無いのかしら?」」

「ベルティルデか、久しぶりだな」

 愛称では無く名前呼び。そして久しぶりといった癖に褒め言葉や賛辞の台詞は無し。つまりそれは身内に対する視線だろう。そんな女性と言うより妹を見るような風のシリルに対して、ベルの方は女扱いして貰えなくてやや不満げに口を尖らせていた。

 シリルがベルを見たのは一瞬で、すぐにわたしの方へ視線が戻り、それでと促してくる。それがさらにベルの機嫌を損ねる。

 ベルはその視線の動きが気に入らずにすぐに口を開く。

「いつものアレよ」

 さらに不機嫌そのままに「一人にしておくからよ」と非難めいた口調が続く。

「チッ、またボンヘッファー侯爵か」

「ええそうよ」としたり顔のベル。

「そのボンヘッファー侯爵と言うのは?」

「あのピンクのドレスの令嬢に指示した女の名前」

「前に俺が言ったしつこい令嬢というのが、そのボンヘッファー侯爵家のアンドリアナの事だ。済まなかった、先に教えておけば良かったな」

 今回先兵になったピンクドレスの令嬢は、ビラーベック子爵家のパトリシア。そしてその後ろで指示するのが、ボンヘッファー侯爵家のアンドリアナ。他にも数人、アンドリアナに従う令嬢が居るそうだが……

 なるほど、あれがわたしの運命が変わる発端であり敵の一人か。


 今回まんまと一杯喰わされた。

 敵と知る前に奇襲されて初戦は敗北。なんとも残念な結果で終わった。

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