15:領地へ帰りましょう
敗北の夜会が終わって一夜明けた。
目が覚めて悔しい思いをするが終わった事は、もうどうしようもない。
それよりもだ!
もっか問題は領地でお怒りのお母様だよ。
勘違いをそのまま放置しておくと、ここから追い出されたときに本気で帰る場所が無くなってしまう。
と、わたしが鏡の前でそんな愚痴を漏らせば、マルティナが呆れ顔を見せて、
「追い出されるのが前提の考え方はそろそろ改めた方が良いのではないでしょうか?」
「それは無理よ」
「どうしてですか、聞けばお二人のご関係は王妃様もお認めになられたのでしょう」
「いいマルティナ。貴族って言うのはとっても気まぐれな生き物なのよ。昨日言った事が今日まるで違うなんてザラだわ。
そんな貴族をさらに化け物にしたのが王族よ。絶対に信じちゃダメ!」
「はぁそう言う物ですかね」
そう言う物だよと自分を棚に上げてコクコク頷いたさ。
朝食の席に着いて数分でシリルが現れる。
「おはようございます」
「ああおはよう。
クリスタ、昨日はよく眠れたか」
「はい」
悔しい事に睡眠欲は別物だった。
言い訳をするならば、わたしは普段から早寝早起きの生活をしているから、昨夜の夜会の後半はとても眠くて仕方が無かった。お陰様で、ベッドの中で悔しさを噛みしめるよりも前にばたんきゅ~よ。
挨拶が終わるとシリルは新聞を片手に食事を始めた。
それはここに来てから初めて見る光景だ。
元々がこうで、ここ数日は不慣れなわたしに気を使っていたのか、それとも今日が珍しい事なのかは、シリルの事を詳しく知らないわたしには分からない。
そう言えばわたしは、シリルの事を知ろうなんて露程にも思っていなかったなと気づいた。偽の婚約者だと勘違いしていた昨日までと違い、本当の婚約者になった今、このままで良いはずは無い。
「シリル様は朝食の席で新聞を読まれるのですか?」
まずは手始めにと聞いたたわいもない話。
シリルの視線が新聞から外れてわたしへと向いた。
「ああすまんな。行儀が悪かったか」
非難したように聞こえたのか、シリルは謝罪をしながら新聞を畳んだ。
表紙に『バイルシュミット公爵の婚約者!』と言う文字が躍っていてとても興味が引く内容なのだが……、ぐっと我慢。
後でマルティナにこっそり持って来て貰おうと心の中にメモして置く。
「いいえそう言うつもりでお話したのでございません。
わたしはシリル様の事をほとんど何も知りませんから、小さなことでも知っておこうと思った次第です」
「なるほどな、ではどうだろう。
今日は一日二人でどうでもよい話をしないか?」
「どうでもよい、ですか?」
「ああ、好きな食べ物や色。趣味や幼い頃の話など、あとは家族の話でも良いだろう」
「家族……って。ああっ!!」
「どうした突然大声を上げて」
「すみませんシリル様、わたしすぐさま実家に帰りたいのですが、そのご許可を頂いてよろしいですか」
「婚約を解消せよと言う意味か?」
押し殺したような声。
「いえ違います。昨日頂いた手紙を読んだところ、母が大変怒っていまして、事情を説明しに帰ろうと思っています」
「ならば俺も行こう」
「そんな滅相もない。
シリル様はお忙しい方ですから、わたし一人で行ってきます」
「いいや俺は前に一緒に行くと約束していた。
大切なご令嬢を妻に向かえるのだ、お義父上とお義母上にご挨拶は必要だろう」
「妻!?」
「ああ予定通りシーズンが終わったら婚姻を出すぞ。
それまでにどうせ挨拶は行くつもりだった。そもそもこういうことは早い方が良かろう?」
勘違いしていたとき、確かに婚約の期間を聞いたけども!
まさか婚姻の日を聞いたつもりなんてなくてですね!? とは、言うまでもなくシリルは薄々気づいているだろう。
シリルはわたしにそれを言わせまいと畳みかけるように言ったのだと悟る。
ハァ仕方がないか~、
「では申し訳ございませんが、ご一緒にお願いいたします」
「ああ任せておけ」
「あのぉお願いついでに、後二つお願いがございます」
「普通は一つと言う所だと思うが……、まあいい。なんだろうか?」
「一つはわたしの留守中の、その、
「ああ、あの
苦虫をかみつぶしたような表情でそう言われたが、テラスから見える一等地をあのようにやらかした自覚はあるので、深く言及はすまい。
「それでもう一つは?」
「恥ずかしながらわたしの手持ちでは、領地までの馬車賃が片道分しかございません。
何とかお返しいたしますので、ご用立てて頂けると助かります」
元々王都へは、宿も取らずに即日に帰るほどのかなり切り詰めた予定だった。
ひょんなことからここに滞在しているが、わたしの手持ちの所持金はあの日から変わらず、平民向けのカフェでお茶を一杯飲めば、帰りの切符を買う代金ギリギリしか残らないだろう。
そして、残念なことに領地に帰って補充しようにも、往復の代金を工面するのにかなり苦労したから、すぐこちらに帰りますと言う訳にはいかないのは容易に想像できる。
つまり行ったが最後、わたしはしばらくここに帰ってくる術がないのだ。
「それには及ばん。
俺も行くのだから当然うちの馬車を使うつもりだ」
ああそうか、シリルが一緒に来るのだから当たり前じゃんと今さら気づいた。
どうやらわたしは要らぬ恥をかいたらしい。
しかしそれを聞き、「ふむ」と、顎に手を当てて突然考え込むシリル。
「どうかされましたか?」
「いや妻に渡す小遣いと言うのはいかほどなのかとな」
「それはどういう風習でしょう?」
少なくともここ近年、お母様が貰っていた記憶は無い。
「俺は貴族省の役人手当とは別に、領地から得る利益から労働の対価として幾ばくかの収入を得ている。
しかし働いていないクリスタはお金を得る機会が無いだろう?」
「はい。でもそれは普通のことではないでしょうか」
「例えばクリスタの母君はどのようにしていたのだろう?」
わたしは「そうですね」と首を傾げて最近の記憶を探った。
「確か母は作った野菜を売ったり、服を修繕したりして賃金を得ていましたね」
「……」
沈黙の後、自分が何を言ったのか気付き、慌てて、
「すみません小さい頃の事は流石に覚えがございません」
と言い繕った。
食事の後、最近はそうだという宣言だと気付いて二度目の赤面をしたさ!
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