06:公爵家の日常②

 朝食からお昼まで、シリルは執務室でお仕事だそうだ。

 さてわたしは~っと。

 実はわたしには趣味と呼べる物はない。

 お父様が病に伏せる前ならあったかも知れないが、それは八年も前の事。

 お金の掛かる事はすべて辞めたし、十一歳の頃の趣味が十九歳のいまも同じと言うのは流石に難しい。


 だからこういう開いた時間を貰うと非常に困る。

「クリスタ様? どうかされましたか」

「いや暇だなぁと」

「お茶のお代わりは如何です」

「一杯頂けば十分、これ以上はお腹がちゃぷちゃぷになるわよ」

 普段着のワンピースならそれでも良いけど、今は一人では着られない─つまり脱げない─ドレスなので全然良くない!


「ねえマルティナ、普通の貴族令嬢と言うのは何をして暇を潰すのかしら?」

「貴族のご令嬢であるクリスタ様が、平民のあたしにそれを聞きますか……」

 すっかり呆れ顔を見せるマルティナだがそこは勘弁して頂きたい。

「そう言われてもね~」と、わたしは領地での暮らしを話し始めた。


 領地いつもなら、朝起きて家のお掃除と畑の管理、そこで野菜の具合を聞きつつ・・・・食べごろになった野菜を収穫してそれで朝食を作る。朝食が終われば昼下がりまでずっと畑に出て本格的に野菜作りに精を出した。

 家に帰ると破れた服を縫ったり畑道具を直したり、または家畜の世話などをちょこちょこやっているともう夕時だ。

 夕食が終われば灯りが勿体ないから夜は早くに休む。

 一日のほとんどが日々の生活をするための行動だ。


「聞けば聞くほど、田舎の平民にしか聞こえません」

「でも事実なのだけど」

「つまりクリスタ様は、動いていないと落ち着かないと仰るのですね」

「う~んそうなのかな」

「でしたらお庭に花壇を頂けるようにお願いしてみてはどうでしょうか?」

「あら良いわね、今ならレタスやクレソン、それにアスパラが植え頃よ」

「あのぉ~そこは野菜ではなくお花の名前が上がるところだと思うのですけど~」

 残念そうに言われましてもね。食べられないお花を植える余裕なんて、我が家には無かったのだから仕方ないじゃん!



 さてマルティナが執事さんに花壇の話を持っていく。さらに執事からシリルへ。そして許可が下りたら今度は庭師へと繋がっていった。

 お陰で返事が来るまでに一時間ほど掛かったわ。

 まぁその間にドレスを脱いで動きやすいワンピースに着替えられたのだけどさ。


 ここからは多忙な執事さんに代わって、庭師が案内してくれるらしい。

 言われた通り屋敷の裏手に回ると日に焼けた麦藁帽の中年庭師が立っていた。

「奥様初めまして」

「ごめんなさい、わたしは奥様ではないわよ」

「えっ!?」

「クリスタ様はバイルシュミット公爵閣下の婚約者です。

 お呼びするならクリスタ様と申しなさい」

 生真面目なマルティナは庭師の間違いを厳しい口調で指摘した。年齢はあちらが上だが立場は侍女である彼女の方が上なのだ。

 そんなに厳しく言わなくてもいいのに~と思うわたしはやっぱり甘いと言うか、かなりズレているのだろう。

「クリスタ様、大変失礼しました。どうかお許しください」

「判りました謝罪を受けます」

 マルティナの目もある、ここは許す台詞をちゃんと言っておかないとね。



 案内された花壇は庭からも見える・・・・・・・とても日当たりのよい一等地。

 わたし専用に開けた場所だから好きに植えていいと言う話を庭師さんから貰ったよ。


「ご指示があれば遠慮なく仰ってください。わたしどもが変わって作業させて頂きます。ですからクリスタ様は、どうぞお好きな時間に触ってやって下さい」

「どういう意味?」

 首を傾げるわたしを遮り、マルティナが「わかりました」と返して話を畳んだ。

 庭師がいなくなった所でマルティナが解説をくれる。

「一般的なご令嬢は、花壇を貰うと見たい花の名を言うだけです」

「それを言うとどうなるの?」

「庭師がその種を蒔いて花を咲かせます」

「うん? それから」

「できた花を切ってお部屋の花瓶に飾りますね」

「ほお~。それ、何の意味があるの?」

「言った花が見られます。

 ただ先輩の話では、ご令嬢は数ヶ月前の事なんて覚えてないから花瓶の花が変わった事なんて気にしないとも言ってましたね」

 丹精込めて庭師が育てたと言うのにその反応。

 これにはう~んと唸るしかないわ。


「ねぇつまり花壇を貰っても、わたしは直接触ってはいけないのよね?」

 だったらなんで貰いましょうかと提案してくれたのか疑問だよ。

「ええ、一般的なご令嬢は普通は土いじりなんてしません。

 ただし先輩の話では、ほんの一握りの、たった一割のご令嬢に限って触る事があると言ってました」

「ふふふっ、つまりわたしは貴重な一割ってことね」

「ええそう言うことです」

 わたしに釣られてマルティナもふふっと笑みを浮かべた。


「じゃあ貴重な一割の令嬢としては、早速ここに種を植えましょう」

 と、意気揚々と言ってみたがわたしはすぐに問題点に気付いた。

 当たり前だがわたしは種を持ち歩く趣味は無いので持っていない。だから買いに行く必要があるのだが、外に出るにはシリルの許可が必要だ。

 面倒くさいな~と悩んでいると、

「種は庭師に言えば貰えますよ」

 と、マルティナが教えてくれた。


 庭外れの屋に行き、マルティナを通じて先ほどの庭師を呼んで貰った。

「クリスタ様、種がお入用だとか?」

「ええレタスとアスパラにしようかと思うの。種はあるかしら」

「はぁレタスとアスパラですか……?」

 怪訝な表情の庭師。その後ろではマルティナが頭を抱えて顔を顰めていた。

「クリスタ様、申し訳ございません。

 野菜の種は所有しておりませんので、すぐに買いに行かせます」

 わたしが止める間もなく庭師は若い庭師に声を掛けて走らせてしまった。


 どうやらお水に続き、わたしはまたやっちゃったらしい……




 種が来るまで花壇に戻った。

 ちなみにマルティナから「せめてお花の名前を言ってください!」とお小言を言われたよ……

 でも言っちゃったもんは仕方がないので気にしない。

 開き直りってのは大切だよね!


 庭師から借りた道具を使って土を掘り返していく。

 まずは野菜を植える為の畝を作るのだ。クワが欲しかったが借りたのはシャベルだけ。少々面倒だが仕方がない。

 借りたシャベルで三十センチほどの穴を掘り土を避ける。全面掘ったら、腐葉土と土、そして空気を混ぜて戻せば畝の完成。

 畝を作っている間に種も届いた。その際に若い庭師がギョッとしていたのは見なかったことにする。

 種をちょいちょいと植え水を撒いた頃にお昼時になった。

 ふぃー良い仕事したな~と、腰を伸ばしポキポキと音を鳴らしつつ、ついでにぐいと額を袖で拭った。

「クリスタ様、お顔に土が」

 額の汗を拭ったときに土が付いたのだろう、マルティナが濡れタオルでちょいちょいと拭いてくれた。


 そこへ執務を終えたシリルが現れて、

「クリスタ嬢、精が出るな。

 どうだろうか、良かったら昼食は外で食べな……」

 どうしたんだろう顔がちょっと引き攣っている気がする。

 ドレス姿ではないからだろうか?

 でも土まみれになるのにドレスなんかで作業出来ないわよね。


「シリル様。立派なをありがとうございます」

「あ、ああ……花壇・・だがな。ところでそれは何の花が咲くのだ」

「レタスとアスパラです」

「ほお野菜の様な名前の花もあるのだな」

「野菜ですけど?」

「……やはり野菜であったか」

「ええ」

 シリルの視線はわたしではなくマルティナへ、そしてマルティナは露骨にその視線を避けるようにそっぽを向いていた。


 そう言えば~と思い出す。

 ここは庭から見える一等地、果たしてお茶会を開くような優雅なテラスから見える場所にレタスやアスパラを植えている貴族がいるだろうか?

 いやいない!

 ごめんなさい!!

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