08:傍から見ると恋人です

 偽りの小物屋での買い物を終えた。

 何がって、小物なのは品物の大きさでお値段はどれも驚きの大物だもん。もう偽りって言うしかないじゃない。


 続いて馬車が向かったのは宝石店だ。

 今まで一度も入った事が無い未知の空間がここにある。

 ちなみに小物屋の方は領地にもあったので入ったことがあるわ。ただし値段は二桁も三桁も安くて正真正銘の小物屋ね。


「いらっしゃいませ。これはこれはバイルシュミット公爵閣下、本日はどのような品をお探しでしょうか?」

 ええっまたも顔パス!?

俺の婚約者・・・・・のクリスタ嬢に似合う宝石を見繕ってくれ」

「畏まりました」

 店員は畏まってカウンターの奥の部屋へ消えていった。


「あの~」

「どうかしたか?」

「ドレスの色をお伝えしなくても良いのでしょうか?」

「構わん。貴女は装飾品を持っていない様だし数点買っていくつもりだ」

「ええっ」

「不満か?」

「高価な品ですから沢山頂いても困ります」

 契約を終えたらお返しするつもりだけどさ。

 こういうのって使用品と言うだけで価値はグッと下がったりするのよね。

 ほんと借金返済で泣く泣く宝石を売りに出す時に、何度お母様の愚痴を聞かされたか分かりゃしない……


「しかし婚約者に宝石を贈るのは不自然ではないだろう」

「ですが……」

「ここは貴族が多く来る。俺に婚約者が出来たと言う噂はすぐに広がるだろう」

 なるほどそう言う意図があって先ほどの発言になるのね。

 態々わたしを婚約者だなんて紹介するのは珍しいな~と思ってたのだ。

「解りました。ありがとうございます」

 理解はしたつもりだが、やっぱりお金が勿体ないなと言う思いがあって上手く笑みを作れなかった。

「クリスタ嬢、もしや貴女は美しく着飾りたいとは思わないのだろうか?」

「わたしの母は言っていました。

 外は着飾って誤魔化せても、中は無理だと、だから誤魔化す必要のない人間になりなさいと。まぁうちには外を繕って誤魔化すほどのお金も無かったんですけどね!」

 ははは~と力ない笑いで終わる。

「ふむ」

 シリルは顎に手を当てて何かを考え込む仕草を見せた。



 奥に引っ込んだ店員がトレイの上に高そうな宝石をいくつか載せて帰って来た。

「こちらのお品がそちらのご令嬢にはお似合いかと思います」

 値札は無い……

 ああ大物な小物屋もヤバかったけど、ここはもっとヤバい店だわ。


「言い忘れていた。

 彼女が今度の夜会で着るドレスは明るい空の色だ。それに合う宝石を頼めるか」

「左様ですか、でしたらドレスに合う宝石をお持ちいたします。

 もうしばらくお待ちください」

 再び店員が─トレイを持って─奥に下がって行った。

「シリル様、聞いて頂きありがとうございます」

「いや構わん……」

 語尾を濁しつつシリルはまたも顎に手を当てて何かを考え込む仕草を見せた。

 どうやら癖の様な物らしい。

「よしこの際だハッキリ聞いておこう。

 普通の令嬢ならもっとくれと言う所なのだが貴女はいらないと言う。貴女が欲しいと思うものは一体なんだろうか?」

「欲しい……ですか。そうですね日々の健康はとても大切だと思います」

 お父様が体調が良い時は家の中の雰囲気も明るい。しかし体調を崩して床に伏せると、お母様が目に見えて落ち込むから雰囲気が暗くなる。


「それは普通の事ではないのか?」

「でも普通に過ごせると言うのはとても喜ばしい事だと思いませんか?

 例えば事故にあって手を失えば困りますよね。健康も同じことですわ」

「ふむぅ判らなくはないが、しかし金で買えない物であろう」

「いいえ、日々の食事、清潔な服装、雨露をしのぐ家。どれもお金が必要です」

「なるほど。貴女と話していると俺の方が異常に思えてくるから不思議だ」

 それはお互い様だと思う……




 宝石を買い終えて馬車に乗った。

「これで買い物は終わりだ」

「左様ですか」

 じゃあ屋敷に帰るのかな~とぼんやりと思っていたら、

「今日の仕事は朝のうちにすべて終わらせているから時間が開いている。

 クリスタ嬢、貴女は観劇は嫌いだろうか?」

「いいえ好きですよ」

 まだお父様が健康だった幼い頃に連れて行って貰ったが楽しかった覚えがある。

 昨日と今日、ドレスや小物、宝石は必要だからだと理解している。

 しかし観劇はどうだろう。それはこの契約に必要な事なのかなと頭を捻った。

 いいえ待って、もしや噂の令嬢がその劇場に来ているんじゃないかしら?

 だったら答えは一つよね。


「観劇に行くのは構いませんが、この服装で大丈夫でしょうか?」

 ワンピースしか持っていないわたしのとっくに死んだ感性でも、いま着ているパッとしない昼用ドレス姿でシリルの隣に立つのが不味いってことくらいは判っている。

 果たしてこれで件の令嬢を撃退できるのか、はなはだ疑問だわ。

「もちろんそのままで構わない」

 すんなりとOKが出て拍子抜けする。

 しかしすぐに、そう言えば婚約者がいる事をアピールできれば良いと言っていたっけと以前の言葉を思い出し納得した。

「ではよろしくお願いします」

 わたしがそう言うと、シリルは何やら嬉しそうに「馬車を劇場へ」と御者に告げた。


 よほど令嬢に困っていたのだろう。

 やっと撃退できるのが嬉しくて仕方がないって感じだわ。



 劇場の入口は大変混み合っていた。しかし貴族用の馬車の停留所はそれほどでもなくて、すんなりと中に入る事が出来た。

 初めて知ったが一般と違って貴族だと案内がつくらしい。黒服の案内人の後に続いて上の階へ、そして個室に入った。劇場だから当然、外から音が漏れないようにドアがある。しかし今はマルティナがいるので問題はない。

 部屋の中にはややゆったりめの二人掛けのソファと小さなテーブルが一つ。壁端のちょっと貧相な椅子─と言ってもうちの実家のヤツよりよっぽど豪華だが─は多分使用人用だろう。

 借りた部屋の位置は舞台のほぼ真正面、ほぼというのはやや左寄りだから。一般席だろうが個室だろうが観やすい場所の方が高いのは常識だが、飛び込みでこんな席が取れるのは公爵だからかも。

 シリルに促されるまま、わたしは舞台が近い方の席に座った。

 ソファに座り緞帳の降りた舞台を見る。階高の二階部屋なので舞台までの距離はかなりあった。とてもじゃないが役者の細かい演技や表情なんかは見れないだろう。

 ちょっとがっかりだ。


「バイルシュミット公爵閣下、クリスタ様。どうぞお使いください」

 マルティナが差し出してきたのは腕の長さほどの棒。シリルが二本受け取り、一本をわたしにくれた。

「これは?」

「オペラグラスだがいるだろう」

 なるほど確かに棒の先には小さな望遠鏡らしきものが取り付けられていた。

 へえこれで観るんだ。


 観る準備が整うとシリルが備え付けのベルを鳴らしてボーイを呼んだ。

「アルコールの低いワインを頼む」

「畏まりました」

 シリルからお前はどうすると問う様な視線を感じる。

 ドレス姿でなければ甘いジュースでも貰っただろうけど、一人で脱ぎ着出来ないので億劫で仕方がない。

「わたしは要りません」

「ではグラスを二つにしてくれ」

 上演の時間は長い。そして上演中にベルを鳴らせすのはきっとマナー違反だ。

 気遣ってくれたのかな?

「ありがとうございます」

「ああ」

 返って来たのはぶっきら棒な言葉だけ。しかし顔を見れば機嫌は良さそうだった。



 ワインが届くころに劇が始まった。

 題材はありきたりな物で、平民の娘が王子に見初められて~と言った物。しかし王都で劇場を構えるだけあって、演者はどれも優秀で惹き込まれるように魅入った。

 舞台から役者が消え一瞬暗くなった。途端に現実に引き戻されて喉の渇きを覚えた。

 わたしはワインのグラスを取る為に、二人の間に置かれていた小さなテーブルへ視線を向けた。

 何やら視線を感じて振り返れば、シリルがじっとわたしの方を見ている?

 いや違う。座り位置からしてわたしの奥の舞台を見ているのだろう。

 なんと頓珍漢な、自意識過剰にも程がある。わたしは赤面を隠すようにワインアルコールで口を潤した。



 劇が終わりシリルに続いて馬車に乗る。

 劇の興奮と途中で飲んだワインの酔いもあり、帰りの馬車の中でわたしは饒舌だった。しきりに劇の感想をシリルに話していたような気がする。

 そして馬車はバイルシュミット公爵邸へ。

 自室に戻って着替えをしていると、

「ああっ!」

「どうかされましたか」

「どうしよう、わたし、劇場で相手の令嬢に会っていないわ」

「えーと、詳しくお伺いしても?」

 マルティナにそう言われて、わたしはシリルに纏わりつく令嬢を相手にするはずだったと熱く語った。

「それはバイルシュミット公爵閣下が仰ったのですか?」

「いいえ」

「そうでしょうとも。

 どう見てもバイルシュミット公爵閣下の本日のお誘いは、親しい恋人に対する態度でございましたもの」

「へ? だってわたしは雇われの偽婚約者よ。

 マルティナだって知ってるでしょう。そんなのあり得ないわ」

「確かに。しかしあの態度はどう見ても……、う~ん」

 マルティナはどうしても納得できない様で、難しい顔でずっと考え込んでいた。

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