09:婚約者
朝食を終えると畑に精を出し、昼食の後はシリルとの時間を過ごす。
そんな日が続き、わたしがここに来てからついに四日が経過した。
今日は朝から緊張しっぱなし。
デビュタントの夜会さえも出ていないわたしにとって今日は初めての夜会だ。これで緊張しない訳がない。
おまけにお昼を食べた後はシリルから応接室に来るようにと言われている。
きっと夜会の話であろうと、また緊張だ。
ノックをして失礼しまーすと応接室に入る。
応接室にはすでにシリルと執事さんが待っていた。今日は執事さんは座っていないので、わたしは向かい側のソファに座った。
「昼食の少し前の話だが、バウムガルテン子爵閣下に送った書面が帰ってきたぞ」
「左様ですか」
「事情を説明してサインをして頂いた。
これで俺と
あれ『嬢』はどこ行った?
突然呼び捨てされて首を傾げる。
そのタイミングで、執事さんがわたしにお盆を差し出してくる。
その上には封書が載せられていて、
「バウムガルテン子爵閣下とバウムガルテン子爵夫人から、クリスタ様宛にお手紙を頂いております」
「ありがとう」
封書を二通貰い裏を確認。
確かに家の蝋印で封された二通で、差出人はお父様とお母様の名前でそれぞれ一通ずつ。
「いま読んでもよろしいでしょうか?」
「ああ構わない」
ではお言葉に甘えてと。
お父様の方から開けて手紙を取り出した。娘に出す物なので挨拶なんてないと思ったけれどちゃんとあって驚いた。
定型の挨拶文は読み飛ばしいよいよ本題。
えーとなになに。
『お前がまさかバイルシュミット公爵閣下と婚約するとは思わなかった。
いったいどういう経緯でその様な関係になったのかは聞くまいと思う。ただわたしの為であれば無理をする必要はない。
相手がバイルシュミット公爵閣下であろうがわたしは戦うつもりがある。
好きな時に帰ってきなさい』
なにこれ? と首を傾げる内容だ。
つまりシリルに頼んで家の為に自分を犠牲にしたって勘違いしているのかしら?
気を取り直して次へ。
『貞淑に育てたつもりでしたがまさか一夜の過ちを犯すとは思いませんでした』
いやいやちょっと待って!?
『お父様が病床でなければ、すぐにでも引っ叩きに行く所ですが残念でなりません。いいかしら、今さら後悔しても遅いわよ。
貴女が屋敷に帰ってこようがわたしは知りませんからね!』
お父様とは真逆、相当お怒りのもう帰って来るな通知だわ。
「あのぉすみません」
「読み終わったか」
「シリル様の送られた使者の方は、一体どういう説明をしたのでしょうか?」
「クリスタと婚約したいからサインを頼んだだけのはずだ」
「偽の婚約と言う話は?」
「していないぞ」
それを聞いてシリルは不思議そうに首を傾げた。
絶対それじゃん!
「どうしてそれを言って下さらなかったのです?」
「確かに発端はそれだが、それを伝える必要はなかろう」
「大ありです!」
「クリスタ様、少々お話させて頂いてよろしいでしょうか?」
わたしが声を荒げた所で執事さんが割って入って来た。
頭にすっかり血が上っていた事を自覚して、溜息を吐く。
「すみません、どうぞ」
「勘違いされておられるようですので、確認させて頂きます。
クリスタ様が先日お書きになった書類ですが、正式な婚約届けでございましたが、ご存知でしょうか?」
「はい?」
やはりと執事さんは静かに頷いた。
「クリスタ様は十九歳でいらっしゃいましたので、婚約届けにはご当主のバウムガルテン子爵閣下の署名が必要でございました。
それで書類を領地の方へ送らせて頂いております。
婚約者のご両親や領地に対して支援するのは当然の事ですから、旦那様からその譲渡契約書なども送っております。
その書面にクリスタ様のサインも頂いておりました」
「……つまり?」
「旦那様とクリスタ様は、本日より国王陛下がお認めになった婚約者でございます」
「聞いてない」
「いいや言ったぞ」
「聞いてない! だって馬車の中で婚約者のフリだって言ったじゃない」
「その後に婚約者だと訂正した」
「あっ確かに……」
「えっマルティナ!?」
裏切ったなとばかりに睨みつけたらビクッと怯えられた。
「マルティナに当たるのはよせ、俺は確かに言った。
それに書面を書く際に執事も説明をしたはずだぞ」
「説明っ!?」
……してました。
ついと顔を反らすわたし。
「思い出したか?」
「書類の件は確かに……
フリだと思って説明を聞き流したのはわたしでした。ごめんなさい」
「うむ許そう」
「撤回は?」
「国王陛下に受理されたから無理だな」
「じゃあ婚約はしたけど婚姻しないと言う選択「ないな」」
「なあクリスタ、それほど俺が嫌いか?」
そう言う聞き方はズルいと思う。
「逆に聞きます。わたしのどこが良いのですか、花壇は畑に変えるわ、食事で水を頼むわ、貧乏で平民っぽいのに大貴族の貴方に好かれる覚えがございません」
「クリスタ、お前は俺を金の量で判断しないな?」
「しませんね」
「地位も権力も興味はない」
「無いですね」
「ではそれを差っ引いた俺に何が残ると思う?」
「シリル様はカッコいいですよ」
背も高いけど、特に顔は万人が振り返るほどの美男子であろう。
「くっ」
そこで照れて赤面して悶えていないで話を進めて欲しい。
「俺に付きまとう女は金と権力しか見ていない。
本当の俺を見る奴は居なかった。だが貴女だけは違った。だから俺は貴女と結婚したいと思ったのだ。
それに、お前と居ると飽きないからな」
最後の方は照れ隠しなのかそっぽを向いて言われた。
しかし最後のところこそ彼の本心なのかもしれないなと感じた。
「撤回は出来ないんでしたね」
「ああ……、したくない」
今度は素直に出来ないとは言わなかった。
「婚約者の期間はシーズンの終わりでしたか?」
「そうだな」
「判りました」
「いいのか?」
「むしろシリル様は良いのですか? わたしはたぶん普通じゃないですよ」
「ああ知っているとも」
こうしてわたしは公爵夫人となる運命を手にした、らしい?
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