シリル②
数日の旅を経て、バウムガルテン子爵邸にたどり着いた。
辺境の領地とはなかなかに不便ではあるが、移動の暇に任せてクリスタといろいろと話せたのは悪くなかった。
一緒に行こうと提案したのだが、クリスタは俺を残して一人で屋敷に入って行った。しかしすぐに血相を変えて戻って来た。
慌てて戻って意気消沈と何とも忙しい事だ。
母に追い出されたと言うクリスタはこっそり入り父にお願いすると言う。それよりも俺が直接行って話す方が早かろう。
「一つ聞くが、クリスタから見てお義母上の性格はどうだろう?」
「とても強情で融通が利きません。思い込んだら突っ走ります」
お義母上の印象を聞けばクリスタと瓜二つだった。
いやクリスタがあちらに似ているのだったなと、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「ならば大丈夫だな」
そう言って玄関に向かったがクリスタは納得できていない様で、俺を引きとめて止めろだの危ないだの、はては護衛を連れて行けとまで言う。
それほどお前とそっくりならば、きちんと訳を話せば分かって貰えるだろうに、いったい何をそこまで心配することがあると言うのか?
いいから退けと、俺はクリスタを押しのけて玄関の前に立った。
さて普通ならば外の気配から執事が出てくるはずだが、先ほどクリスタが追い出されているからそれも望めまい。
「失礼する」
おざなり程度のノックをして俺は玄関を抜けた。
玄関の向こう。
クリスタと同じ明るめのブロンドの女性が何故かハタキを持って立っていた。
その顔に浮かぶ表情は怒り、しかしそれが浮かんでいたのは一瞬で、スッとハタキを背中に隠すと、
「ようこそいらっしゃいました。
わたくしはバウムガルテン子爵夫人ですわ。
バイルシュミット公爵閣下とお見受けいたしますが、間違えておりませんでしょうか?」
そう言いながら夫人は微笑を浮かべて優雅な礼を取った。
「初めましてバウムガルテン子爵夫人。
私的な非礼を詫びる前に、まずは別の話をさせて頂いて良いでしょうか?」
「そのお話はわたくしの娘の事よりも大切な事なのでしょうか?」
「俺個人の話であれば、クリスタ嬢の件以上に大切なことはありません。
しかしこれがバウムガルテン子爵家の将来の事となれば、別の意味で大切だと言えるでしょう」
「つまりバウムガルテン子爵家は、今後はバイルシュミット公爵家の一領地として存続すると言うお話ですか?」
「いいや違います。
これから俺が話すのは長年バウムガルテン子爵を蝕んでいる病魔の話ですよ」
ニッと笑みを見せてそう言った。、
「詳しくお聞きします。どうぞこちらへ」
夫人の後に続きながら悪くない出だしだなとひとりごちた。
俺が通されたのは殺風景な応接室だった。
置かれているのは最低限のテーブルやソファだけで、調度品と言った類はほとんど何もない。唯一テーブルの真ん中に置かれた、小さな白い漆器製の花瓶だけが、文字通り部屋に華を添えていた。
「何のおもてなしもできませんが、どうぞお座りください」
「では失礼します」
俺が座ると夫人も向かいにソファに座った。
それが合図だったかのように扉がノックされて、年のいった執事が入ってくる。
執事がお茶を淹れ終わるのを無言で待ち、終わった頃に口を開いた。
「俺は貴族省で長官の地位を頂いています」
「ええ存しておりますわ」
内心でほぉと関心を抱いた。まさか家がこのような状況で、よもや中央の話を知っているとは思わなかったのだ。
「ご存知でしょうが、貴族が亡くなると貴族省に報告が入ります。
老衰、病気、事故に他殺、死因はいろいろありますが、その中で目立って多かったのは、クリスタから伝え聞いたバウムガルテン子爵の病状と同じ物でした」
「そうですか」
固い返事が返って来た。
まあ無理もないだろう。今のはいずれ死ぬぞと言う事を伝えただけだからな。
「しかし二年ほど前から、その病状で亡くなる貴族は激減します。
何故なら二年前にこの病いを治せる薬が造られたからです」
「えっ?」
「だが残念ながらゼロではなかった。だからここ数日、俺なりに調べてみました。
薬が出来た二年前から亡くなった貴族はほとんどが辺境の領地を得ていました。つまり辺境の地にはまだこの病気を治す薬が伝わっていないのではないかと考えたのです」
「我が家には代々お抱えの医師がおります。
わたくしがここに嫁いできたときから今に至るまで、その姿がまったく変わらないほどの老医ですわ」
「その老医は新薬の情報を得ていない可能性があります。
実は勝手ながら、本日伺うにあたり王都から若い医師を連れてきています。
どうでしょう、一度診せてみませんか?」
夫人の表情は驚きから不安、そして安堵へと変わる。しかし安堵の表情は長くは続かず、キッと俺を睨みつける怒りの表情に切り替わった。
それを見てフッと口元に笑みが浮かんだ。
「何が可笑しいのですか!?」
「これは失礼しました。その表情があまりにもクリスタ嬢にそっくりだったもので、思わず笑ってしまいました」
「わたくしにあの子が似ているのです!」
「ええその様ですね。ですから拗れる前に言い訳をさせて頂きましょう。
この件とクリスタ嬢の件は別です。俺はこれを盾にして婚約を認めて貰おうとはまったく思っていません。
それからもう一つ、例えクリスタ嬢との婚約を反対された場合でも、完治までの費用をお貸しすると保障いたします」
「それをして貴方にどんな利益があると言うのかしら?」
「そうですね、好意を持った女性が笑顔になると言うのでは足りませんかね」
「本気なのですか」
「これでも俺は何かと忙しい身です。
本気でなければここまで訪ねて来ませんよ」
「バイルシュミット公爵閣下」
そう言って夫人は居住まいを正してこちらを見つめてきた。
「シリルとお呼び下さい」
「ではシリル。娘をそれほどまでに愛してくださってありがとうございます。
そしてごめんなさいね。わたくしはもう貴方を認めましたが、最後は娘の意見を尊重するでしょう」
「いいえそのお言葉だけで十分ですよ」
その後、夫人は席を立ち、侍女を呼ぶと馬車に残した医者を呼びにやらせた。俺は病床の部屋に入るのは不味かろうと、応接室でしばらく時間を潰した。
そして医師の診断が終わる。
どうやら俺が思った通り、子爵の病は治るものであったらしい。
その後夫人は俺に微笑みながらお礼を言った。
なるほどな、クリスタも心の底から笑えばこれほどに美しくなるのだなと、俺はとてもよく似た義母にその面影を見た。
夫人に案内されてバウムガルテン子爵の部屋に入った。
「失礼します」
「初めましてだねバイルシュミット公爵閣下。
このような格好で失礼するよ」
「いいえ構いません、いまはご自分のお体の方をお気遣いください」
「ふぅ公爵閣下から敬語で話されるのは少し心臓に悪いね。どうだろう普通に話してくれないだろうか?」
「では公爵としてのお話はもうご夫人に伝え終わっておりますので、ここからはご令嬢との婚姻の許可を頂きに来た、だたの若造として扱ってください」
「君は可愛い娘をとりに来たと言うのに、それをただの若僧と思えと言うのは無理な相談だね」
「あなた、わたくしはシリルとの婚姻は賛成ですわ」
「お金に……、いやお前はそんな物になびく女性ではなかったな。悪かった。
つまりそれほど彼が気に入ったのだね」
「はい」
「横から失礼します、どうやらご夫人はクリスタ嬢と性格もよく似ている様子です。いましがたご夫人はお金になびかないとお聞きしましたが、ならばどうすれば良いのでしょう?」
「シリルくんそれはね。
妻に好かれた通りにやれば良いのだよ」
う~ん分からん。
「しっかりなさいシリルちゃん。貴方はクリスタを笑顔にするのでしょう?」
「ちゃん!?」
「あら嫌だったかしら、ごめんなさい」
二十四にもなる男にちゃん付けはキツイと抗議したのだが、クスクスと笑われて煙に巻かれてしまった。
しかし助言はしかと頂いた。
彼女を笑顔をにするのなら簡単だろう、今回はそのために医者を連れてきたのだ。
「では子爵の病気が治れば笑顔になりますね」
「う~んそれは無理じゃないかしら」
「えっ何故です?」
「だってこの人はわたくしの旦那様であって、クリスタの良い人じゃないもの」
「クリスタの良い人……」
「貴方が成れるといいわね」
それになる為には笑顔にしなければならなくて、笑顔にすればそれになれるか……
なんだこの堂々巡りは!?
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