リアナ
その日ボンヘッファー侯爵家のアンドリアナは珍しい客の訪問を受けていた。
しかしその客を客室に招いたのはもう一〇分も前の事、客は一向に話し出すこともなく、じっと机の上をまるで親の仇か何かの様に険しい顔で睨みつけていた。
アンドリアナは竹を割った様な気性の性格だ。
その彼女にして、この一〇分と言う時間は相当に我慢した結果であろう。
「おい! いい加減黙ってないで何か話せ」
「あっ……、ごめんなさい迷惑だった」
アンドリアナはため息を一つ吐き、
「来たことを迷惑とは思ってない。だが不景気な顔で黙っていられるのは迷惑だ!」
「私もそんな風にはっきりと言えたら少しは違ったのかなぁ」
思わずアンドリアナの口からチッと舌打ちが漏れた。
「人に言いたくないないなら新聞の裏にでも書いて憂さを晴らすがいい。だが少しでも聞いて貰いたいと言うのならさっさと話せ!」
「聞いてくれるの……?」
「その為にわざわざ来たくもない
「ありがとう」
「だからっお礼は要らないから早く話せ!」
「そうだったわね、ごめんなさい。
あっこれはいまの事についての謝罪よ。そしてごめんなさいアンドリアナ。これは貴女が襲われた事に対する謝罪、です……」
「はぁ? そんな事を言う為にわざわざ来たのか。
今さらの上に、てんで見当違いの謝罪だぞ」
「でも私がリースベトを追い詰めたのでしょう。だったら……」
さらに続けようとした言葉をアンドリアナは手を上げて制した。
「なあベルティルデ、私が想像する通りならば貴女に責任は無く、今回の件はただリースベトの頭が悪かったから起きたのだと思っているが違うか?」
そう、本日訪ねて来たのは、夜会で散々やり合った相手、ブルツェンスカ侯爵家の令嬢ベルティルデだった。
「……」
「ハッ席順が変わったから気に入らないだと?
それを聞いて馬鹿かあの女はと私は一蹴したぞ」
「でも私が何も言わなかったから彼女はそう思ったのよ」
「あの女も大概馬鹿だったが、ベルティルデ、貴女も馬鹿なのか」
「そうかもね」
「悪いが私はそうは思わん」
「えっ?」
「何を驚く。もしや貴女も私を脳まで筋肉の武闘派だとでも思っているのか?」
図星だったのでベルティルデ何も言わずに視線を反らした。
当然アンドリアナがそれに気づかない訳はなく、
「その件については後でちゃんと判らせてやるとして……
貴女が席順を変えたのはむしろリースベトの為だっただろう?
私も貴女も侯爵令嬢として今はちやほやされている。だが婚姻相手によってはこの地位は変わる。しかし未来の公爵夫人となるクリスタだけは違った。
つまりあの席順は今ではなく、クリスタを中心に考えるべきだった」
ベルティルデはリースベトを冷遇したのではなく、むしろ優遇したのだ。しかしリースベトは今現在だけを見て嫉妬した。
そして彼女はその罪により令嬢の地位を失い修道院に送られてしまった。
「凄いわ、私は貴女の事を本当に誤解していたみたい。改めて謝罪するわ」
「謝罪はいらない。次に良い男性が居たらそっと身を引いてくれればいい」
「あらそれは男性次第でしょう」
「ふっ確かにな」
その時二人の脳裏にはシリルとクリスタの事が浮かんでいた。
勝手に纏まり勝手に終わるのだ。
その後二人はお互いを姉妹と慕うほどに仲良くなったのだが、元々そう言う関係を気にもしていなかった
器が大きいと言うより、あれは天然だなと言うのが、血の繋がらない二人の姉妹共通の感想だった。
※
シリルに熱烈アピールしていたアンドリアナ。
そんな彼女がクリスタに負けを認めて、すぐに身を引いたのには訳があった。そもそもアンドリアナの男性の好みは広い。
シリルが聞けばきっと眉を顰めるだろうが、それを聞いたのがクリスタとなると話は変わってくる。
事の発端はクリスタがシリルとの結婚を終えた後の事だ。
シリルからの情報で最近アンドリアナに良い人が現れたと聞いたので、直接話を聞こうと彼女を屋敷に招いたのである。
お風呂を上がり、クリスタは自らの大きなベッドにアンドリアナを呼び、さぁさぁと話せと詰め寄った。
さてお相手は~、まずは、「シリルっぽい人?」と聞くのはセオリーよね?
「いいや騎士見習いの令息だ」
今年二番目の兄の部隊に配属された新人だと言う。
「あらお兄様の職場関係なのね」
そこでクリスタが思い出したのは、春先に出てくる小ぶりの新じゃがだ。
なぜかと言えば、機会があって─と言うか自らの結婚式に参列していたので─彼女の兄を拝見したが、野菜で表現するのなら四人とも例外なくまごうことなくすべて似たようなじゃが芋なのだ。
髪は訓練に邪魔なのだろうか皆揃って短髪。小さく鋭い眼で強面の角ばった顔にその髪型。体も筋肉隆々で大きく、四人並ぶとウッと威圧感があったのを覚えている。
リアナがお母様似で本当に良かったわと心底思ったほどに
「何か変な想像をしているようだがハッキリ言うぞ。
私の好みは〝兄と真逆〟だ。彼は断じてあんな筋肉ダルマではないよ」
身を乗り出されて睨みつけるように言われたので、慌てて手でどうどうと制した。
「お兄様と真逆って……
そこまで言うなんて何か理由でもあるのかしら?」
「私の言葉使いが兄に似たことは話したと思う」
「ええそうね」
「私が剣を使うことも話したな」
「聞いたわ」
「私はもう止めたが兄たちは今も剣を振っている」
「国を護る為にとても素晴らしいと思うわ」
「まあそうだな。
「そこはと言うと他はダメなのかしら」
「これは家の中の話だが、兄はタオルを首に掛けて上半身裸で剣を持ってうろついているんだ」
「へ?」
「いやっもちろん客の眼に入るような場所の事ではなく、家族のいるプライベートな所の話だぞ!?」
「あ、いえそうじゃなく。なんで裸なのかしら~と思ったのよ」
「庭で剣を振った後に汗をかいたから上着を脱いだんだろう」
「まあそう言う理由があるなら問題ないわ」
「本当にそう思うか?」
猛禽類の眼が鋭くなり、リアナはわたしの方へズイと一歩踏み込んできた。
「四人がいい汗かいたな~と裸で歩いて来ても同じことが言えるか?
冬場になると体からほのかな湯気が出ていても言えるか!?」
蒸したじゃが芋が四つ、串を刺されて皿に並ぶなら……
しかしそれが等身大だと、う~ん。
「つまりそう言う事だ」
「いや、どういう事よ!?」
その後の夜会でリアナから問題の令息を紹介して貰った。
「バイルシュミット公爵夫人でいらっしゃいますか。初めまして僕はオシュケナートと申します」
シリルよりもやや背が低く細身。長身のリアナよりは辛うじて高いだろうがリアナがヒールを履けばどっこいどっこいだ。
野菜で例えるならば頭と根っこの処理がされたもやし。
確か騎士見習いと聞いていたが大丈夫かしら。むしろ彼女の兄のじゃが芋たちの方が騎士だとか軍人と言われてしっくりと来るのだけど?
「リアナとお付き合いしているのですってね」
「はい! ですが……」
「あら何か問題でもあるの?」
「私の婿になるのなら強くなければならないと父上が……」
「あーそれ言いそうだわ。
あらでも待って、シリル様の事は侯爵閣下も認めていらしたわよね。でもわたしにはとてもシリル様が強いとは思えないのだけど、どういう事かしら?」
「いいやバイルシュミット公爵閣下は芯が強い男性だから父も認めているよ」
言われてみれば確かにと納得だ。
「ふうん必ずしも剣の腕でなくても良いのね」
「まあそうだな」
「じゃあ二人でやったらどう?」
「ええっ一対一でないと卑怯ではないですか?」
「だって結婚すれば夫婦は二人でしょう。だったら必要なのは男性だけの強さではなくてリアナも含めての強さで良いんじゃないかしら?」
「ふむそれは名案だな。よしやってみる!」
さて後日談。
二人は無事に交際を認められたと言うが、オシュケナートは律儀にも「バイルシュミット公爵夫人に助言を頂いたお陰です」と周りに言ったそうで、クリスタはしばらくの間、色々な所から恋愛相談を受けたとか?
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