第36話 救いと希望 ~僕には実感出来ないけれど
こちらの尾根からは割と簡単に恩恵の地近くの草地まで出る事が出来た。
勿論途中からは
いつものように外部観測所1階で泥や汚れを落としてリビングへ。
正直疲れた。
部屋の隅のソファーにどかっと転がるように腰掛け、そして時間を確認する。
『今は何時だ?』
『11時33分です』
もっとずっと時間が経ったような気がする。
正直疲れた。
きっと2人も疲れているだろう。
だからこう言ってみる。
「今日は疲れたと思います。ですからお昼は
「いえ、肉も野菜も澱粉も大量に手に入りました。ですのでお昼御飯として使ってみたいです」
マキ、やる気充分だ。
何か申し訳ない。
「ありがとう。それでは御願いします。でも無理はしないで下さい」
「わかりました」
マキはそう言ってキッチン台に向かう。
「それではお風呂に入りますか?」
エリがいきなりそう聞いてきた。
不意打ちだったので思い切りドキッとしてしまう。
心臓に悪い。
確かに疲れているし風呂で疲れをとりたい気分だ。
しかしこの調子ではエリも一緒に入ってくるだろう。
どう返答しようか。
「いえ、私も疲れているので、昼食後3人で入りましょう。そうすればハルトも1回お風呂に入るだけで済みます」
マキがキッチンに向かったままそんな事を言ってきた。
ちょっと待ってくれ。
つまり僕が風呂に一緒に入るのはもう前提という訳か。
「でも3人で入ると狭いでしょう」
ここは抵抗してみる。
「3人で入れるように風呂場と浴槽を広げました。問題ありません」
マキがとんでもない事実を告げた。
3人で入る為に広くした!?
何でもありだなと思う。
それにしても童貞を殺す気か!
なんて事はもちろん言えない。
かといって説得力のある反対意見を思いつく訳でも無い。
2人の裸が見たくないかと言えば、そりゃ見たくない訳でも無いし。
考えるのは止めておこう。
問題は先送りだ。
とりあえずやるべき事はと……
「それでは僕は今回歩いた場所を地図で確認します。エリ、新たな地図を提供御願いできますか? 今日歩いたルートと時間を書き加えたもので」
「わかりました。こちらです」
あっさり出してきた地図をソファー前のテーブル上に広げる。
エリが隣のソファーに座り、地図を覗き込んだ。
思った以上に顔が近づく。
しかし反応するのもまずいかもしれない。
だから気にしないそぶりで地図の方に意識を集中する。
今日歩いたルートはそれほど長くない。
全部で1km程度だろう。
初めて歩いたのはあのヌタ場から水場までと、水場から北側の尾根を経由して草地までの分だけ。
概ね500mといったところだ。
3時間くらい外に出ていたのに、この程度かと思う。
しかし罠を仕掛けながら歩いたしサルとも戦った。
だからまあ、これしか歩けなかったのは仕方ないだろう。
道がない森の中を歩くだけでもそれなりに時間はかかるし。
さて、確認しておきたい事は幾つかある。
「罠を仕掛けたのはこのあたりですよね」
「
エリは僕と違い、場所が正確にわかっているようだ。
「御願いします」
シャープペンを渡し、丸印を付けて貰う。
「ありがとう。あとサルは北東側から来て東側、沢の下流の方へ逃げたんですよね」
「ええ。マキが最初に把握したのはこの地点で、私が最後に把握したのがこの地点です」
エリの説明でサルが水場のある谷の北東側に居たことがわかった。
なら、どれくらいの範囲が縄張りになっているのだろう。
『今回襲ってきたサルの縄張りの広さはどれくらいなんだ?』
『研究が中断してかなりの年月が経過している為、実情は不明です。ただ過去の研究データによると、概ね1頭あたり1ヘクタール程度はあるとされています』
仮に40頭の群れとすれば40ヘクタール、安直に考えると800mと500mの四角形くらいはあるという事か。
ならこの谷間より北東側、相当広い地域が縄張りという可能性が高い。
「なら今日水場からの帰りに辿ったこの道より北側は近づかない方がいいですかね。サルに襲われる可能性がありますから」
「そうですね。サルを狩りたいという場合以外では近づかない方がいいと私も判断します」
エリが自分の判断で僕の意見を肯定してくれた。
何だか嬉しい。
ところで今回、サルを何頭倒したのだろう。
結構悲鳴が聞こえた気がしたのだけれど。
あとついでに他の肉、いや動物や植物はどれくらい獲れたかも知りたい。
こういう時は
『今日の食料確保の結果はどれくらいだ?』
『まずは動物から。サル9頭155kg、トカゲ8匹10.5kg、ヘビ2匹2kgです。可食部は概ね3割程度となります』
サルはともかくトカゲもそれだけ捕っていたようだ。
全然気付かなかったけれど。
『植物は葉や茎を食べる種類が5種類。重さ合計2kg程度。実を食べる種類が2種類、100g未満。根を食べられる種類が1種類800g。
あとは採取した木生シダ1本から澱粉およそ10kg。以上です』
僕が思った以上に収穫があったようだ。
何と言うかありがたい。
僕はただ歩いて、あとはサルにエアライフルで応戦しただけなのに。
「エリ、罠だけでは無くトカゲや植物も結構な量を採取してくれたんですね。ありがとう」
「ヘビはマキが安全確保の為に獲ったものです。あとサルはマキの方が多く倒しています。植物も一部はマキが採取しています」
そう言いつつもエリは明らかに笑顔を見せた。
ほんの一瞬だったけれど間違いない。
「それでもこれだけとれれば食事も大分良くなります。
あとマキも本当にありがとう。外に居る間は危険にならないようずっと確認して貰ったようですし、サルの時も横から回り込もうとしたのを倒してくれました。それに毎回作ってくれる料理も美味しいです」
「いえ、それが巫女としての役割ですから」
巫女としてか。
そういう考え方は僕としては少しひっかかる。
というか、好きになれない。
「遣わされし者とか巫女とかはあまり考えなくていいですよ。一緒に暮らしている仲間なんですから。
ただそうすると、僕が一番役に立っていない感じですね、正直言なところ」
「そんな事無いです!」
今までに無かった剣幕でエリが反応した。
何かまずい事を言っただろうか。
わからない。
エリは少し声量を落として、それでも明らかに今までに無く感情が露わな感じで続ける。
「ハルトがいないと、私達は何をすればいいかがわからないです。
キッチンで作業していたマキが手を止めてこちらに向き直った。
エリの言葉に続けるように口を開く。
「まだ人類が惑星表面で生きていた頃の記録、人間の記憶等はある程度は残存しています。
しかし今の地球の地上でそういった情報をどう使うか。どの情報に従ってどの情報は使えないか。そういった判断が
ですからそういった情報を予め持っていて、現在の地球環境にて生活する方法を導く者として遣わされし者が必要なのです」
口調や使っている言葉は違う。
しかし内容は初日に聞いた遣わされし者についての説明とほぼ同じだ。
ただエリやマキの感じだとそれ以上の何かを感じる。
何だろう、何があるのだろう。
「ハルトは自身が先頭に立って動きつつ、私達に指示をしてくれています。おそらくそういった行動はハルトにとっては当たり前なのでしょう。
ですがそれが当たり前でない世界もある事。そして現在の私とエリにはそういったハルトの行動が救いであり希望である事。
その事をどうかわかってください」
何がどうして何故そうなのか、今の僕にはわからない。
ただマキの言葉が持つ重さだけは何となくわかった。
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