第10話 初期確認(4) ~世界樹の巫女の言動について、ちょっと複雑な質疑応答

 リビングへ戻って、そしてエリとマキに注文する。


「また提供をお願いしていいですか。動植物の図鑑が欲しいんです。外見や性質、生息域、攻撃方法、弱点、毒があるか、食べられるか等が載っている。

 あまり分厚くなったり、冊数が多くなりそうなら、とりあえずこの近辺100km圏内位で見かけられるものを中心で」


「わかりました……提供まで2時間程かかります。宜しいでしょうか」


 エリの返答。

 思ったより提供まで時間がかかるようだ。

 ひょっとして既に用意してある訳では無く、要望に応じて編集したり印刷したりしているのだろうか。

 でもまあ入手できるなら文句はない。


「お願いします。あとはこの近辺の地図、まずは此処から10km以内の詳しい地図と、100km以内がある程度わかる地図が欲しいです」


「わかりました。5分程度で提供可能です」


「ありがとう」


 そう言って、そしてふと思いついた事を口にしてみる。


「あと他に、エリとマキが欲しいもの、あった方がいいと思う物はありますか? 個人的に読む本とか、欲しい道具や家具だとかでもかまいません。あれば言ってください」


 僕が注文しない限り、物は取り寄せられない。

 もしそれが絶対の規則ならば、彼女達が欲しいと思っているもので此処には無い物があるかもしれない。

 そう思ったからだ。


「今はありません」


 エリの返答。

 今はない、か。 

 あと、あえて確認しておこう。


「マキは何かありますか?」


「今はありません」


 同じ答が返って来たのは予想通りだ。

 しかし今は、というのが気になる。


 いずれにせよ、エリとマキについてはあとでじっくり考えた方が良さそうだ。

 僕こと遣わされし者の世話をするだけの存在。

 遣わされし者に生殺与奪の権利まで握られた奴隷的存在。

 今日のところの説明を聞くとそんな感じだが、あくまでそれは表面上という気がするのだ。


 そもそも2人の意思が何処にあるのかもよくわからない。

 世界樹ユグドラシルに完全管理されているのか、それともそれなりに意思を持って自分で判断して行動しているのか。

 

 僕がトイレや風呂の概念図を描いているときの、何もしない状態の2人を思い出す。

 あれは普通の人間としてはどう考えても変だった。

 それに2人とも今までずっと無表情で、声色も変わらない。

 世界樹ユグドラシルに操作されているのか、また別の理由があるのか。


 夕食には早いし、すぐにやるべき事も特に無い。

 つまり今は時間がある。

 ならば疑問を解決しておいた方がいいだろう。


 思い切って僕は呼びかけてみる。


世界樹ユグドラシル、質問いいか?』


『どうぞ』


世界樹ユグドラシル、エリとマキの言動がどうにも不自然な気がする。2人は世界樹ユグドラシルか、他の何かに操作されているのか? それとも判断や行動の一部を抑制されているのか?』


 聞いて大丈夫だっただろうか?

 そう思うとドキドキものだ。

 それでも、どうしても聞いておく必要があると感じたのだ。


『巫女であるエリとマキについては現在、世界樹ユグドラシル側が思考を抑制・制限したり制御したりする事は行っていません。

 世界樹ユグドラシルが行っているのは、必要な場合の指示、知識・情報の提供のみとなっています』


 この指示というのが曲者なのだろうか。

 いわゆる管理社会的ディストピアにあるような、強制力を持つ指示というような感じで。


 いや、もっと怖い事を思いついた。

 洒落にならないが、それでも聞いてみる。


世界樹ユグドラシル、ならば2人を主体的に思考が出来ないように作ったという事は無いか? もしくは思考を抑制・制限出来るように、あるいは指示に絶対的に従うように設計したという事は?』


 何せ知識を受け付けるなんて事が出来る位だ。

 それくらい可能だろう。


『意図的にそのような操作をしたという事はありません。ただし巫女の知識や記憶、思考体系は、

 ○ 遣わされし者のように、過去に実在した人間の知識、記憶、思考体系をそのまま複写したもの

ではなく、

 ○ 過去に実在した人間の知識、記憶、思考体系をもとに、世界樹ユグドラシルが編集して作り上げたもの

となっています。

 言動が不自然な気がする、というのはそれに起因するものと推測されます』


 編集して作り上げたか。

 ならば更に確認してみよう。


世界樹ユグドラシル、ならば編集した時点で世界樹ユグドラシルや遣わされし者の指示に絶対従うようにする等、思考操作をしたり等は無いのか?』


『思考操作は行っていません。

 前提となる知識も思考体系も問題無いように編集しています。また編集後に、脳波の波形から実際に思考可能である事も確認しています。

 それでも編集して作り上げた場合は、実在した人間の記憶をそのまま複写した場合に比べ、いくつかの能力の発現が弱い傾向にあります。


 最も顕著な違いは自己判断し主体的に行動する能力の弱さです。

 編集した記憶を与えた個体は、目覚めてから当分の間、全ての行動に対して補佐する為の指示が必要となります。飲食、排尿、排便といった行動ですら、生み出して1週間は指示無しでは出来ません。


 エリ、マキと呼称している巫女は2週間の指示の結果、生理的機能に対する行動が指示無しでとれるようになった状態です。


 現在、それ以外の行動は世界樹ユグドラシルか、担当する遣わされし者であるハルトの指示によって動いています。

 例えばハルトの質問に回答する際も、現在は世界樹ユグドラシルからの回答指示により行っている状態です』


 と言う事はだ。


世界樹ユグドラシル、つまりエリとマキの言動は全て世界樹ユグドラシルの指示によるものと思っていいのか?』


『言動の全てではありません。

 例えば返答する事は世界樹ユグドラシルの指示によって行っています。しかしそれぞれの巫女が自己の思考能力で構築したものです。


 判断についても、世界樹ユグドラシルから指示するのは『判断せよ』という内容が主です。判断内容そのものは巫女が自己の思考能力で構築したものがいます。


 これはあくまで現時点での状況です。時間経過とともに指示すべき内容は変化する、あるいは指示そのものが必要なくなる可能性があります』


 整理しよう。

 世界樹ユグドラシルが微妙な言い回しをした部分はあえて気にしない事にして。


世界樹ユグドラシル、つまりエリとマキは、自分で思考し判断する能力はあるが、指示しないと行動しない状態。そういう認識でいいか?』


『その認識で正しいです』


 なるほど、とりあえず理解し納得した。

 でももう1つ、思いついたので確認まで。


世界樹ユグドラシル、編集して作った人格と行っていたけれど、それではマキとエリは同じ内容の知識や記憶が入っているのか?』


『全く同じ編集内容の人格を同じ組成の肉体に導入インストールした場合、独立した人格として起動するのは1人だけとなる実験結果があります。

 ですので以降、編集内容も肉体も1人ごとに異なったものとしています』


 同一の人間を多数作ったが、人格は1人だけにしか芽生えなかった、か。

 なかなか非人間的な事をやっているなと思う。

 ただ今はそれを糾弾する場ではない。

 エリとマキが違う人間だ、とわかればそれでいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る