第7話 初期設定(3) ~衣食住の3番目

 ディストピア飯は食事時間が短くて済む。

 あとは必要な栄養素が確実に取れる事も利点だ。

 そんな感じで利点を頭の中ででも強調しなくては悲しすぎる食事だ。

 充実感がまるでない。


 いずれは畑を作り、家畜を飼う必要があるかもしれない。

 しかし食べられる動植物があるのなら、採取するのが手っ取り早いだろう。

 出来るだけ早くディストピア飯を卒業し、それなりの食生活を目指す事にしよう。


 食べ終わった箱は自動で消え失せた。


「これは自動的に回収されたんですか?」


「はい、そうです。使えるものは基本的に全て回収し再利用します」


 エリの返答に再質問。


「こうやって瞬間的に回収するのにはどういう方法を使っているのですか?」


「その回答をする為の知識は私達にはありません」


 守秘事項か、さもなくば返答出来ない程面倒な理論か。

 まあわからなくても問題は無い。

 そういう事が出来るという事さえ知っていれば当座は問題ないだろう。


 あとエリは今、『私達にはありません』と言った。

 ならば2人は世界樹ユグドラシルに操作されておらず、独自に自分達で思考し行動しているのだろうか。

 わからない。


 わからないまま、次にやるべき事を考える。

 やりたい事、やるべき事は幾らでもある気がする。

 エリやマキがどういう状況なのか、把握したいなんて事も含めて。


 ただまずは僕がここに呼び寄せられた意味を尊重しておいた方がいい気がする。

 生殺与奪の権は向こう、世界樹ユグドラシルとやらにあるのだから。


 ならば僕が第一に考えるのは、ここで生活をする事。

 その為にさしあたっては居住拠点の整備をしておこう。

 僕は描きかけの風呂の設計図を取り出す。


「居住に必要な家具とか部屋の模様替えを考えます。2~3時間はかかると思いますから、その間は自由にしていてください」


「わかりました」

「わかりました」


 2人同時にそう返答。

 さて、自由時間はどうするのだろう。

 概略図を描きながら2人をちらちら横目で観察。


 何もしている様子が無い。

 2人とも、テーブルの向かいに座ったままだ。

 操作を中断した操り人形マリオネットというところだろうか。

 無表情のまま、僕の方を向いている。


 その視線が気になりつつ、風呂と脱衣所兼洗面所、部屋の配置と浴槽の場所を描いて、そしてまた横目で2人を再確認。


 ほとんど動いていないとしか見えない。

 大丈夫なのかこれで。


 横目で見やすい位置にいるマキをじっくりと観察する。

 胸がある程度動いているし、呼吸はしているようだ。

 時折瞬きもしている。

 生きているのは間違いない。

 

 本を読んだりとか会話をしたりとか、時間を潰すなんて事はしないのだろうか。

 もっとも本はこの部屋には無い。

 他に時間を潰せるような道具も此処には無い。


 なら今、声をかけても何も事態は打開できないだろう。

 だから今は気になるけれど、無視して自分の作業を進めることにする。

 

 さて、風呂以外にも仕様を考えておこう。

 寝る時はやはり個室が欲しい。

 大きいベッドで3人で、なんてのは今の俺では落ち着けない。 

 悲しき童貞的習性だ。


 あとはリビングももう少し充実させておこう。

 食卓として使うテーブルと椅子の他、ゆったり座れるソファーも欲しい。


 キッチン的なものも欲しい。

 今のディストピア飯では必要無いけれども、今後の為に。

 そんな事を思いながら仕様を固めて図面に落としていく……


 ◇◇◇


 ひととおり居住空間を作るのに3時間ちょっとかかった。

 うち2時間55分は僕の設計時間だ。


 部屋の改装作業そのものは5分もかからなかった。

 エリとマキに描いた図面で説明して、説明し終わったらすぐに部屋が仕切られ、家具が置かれたという感じだ。


 間取りを日本風に言うと3LDK。

 家具も最小限は揃えた。

 個室に机、椅子、ベッド、リビングダイニングにシンクと作業台、テーブルと椅子、ソファーセットだけだけれども。


 収納はExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で可能。

 だから棚やロッカー等は今のところ無い。

 ただ本のように何があるのか見ながら手に取りたい物については、棚があった方がいいだろう。


 鍋とか食器、包丁、まな板はキッチン部分に収納した。

 出来るだけ早くこれらを使えるよう努力したい。

 ディストピア飯ばかりでは悲しすぎるから。


 洗面所に入って鏡で僕の姿を見てみる。

 鏡に映っているのはかつての僕とは全くの別人だ。

 年齢はエリやマキと同じ10代後半くらい。

 人種的には白人系。


 細身で身長はエリよりちょい高い位。

 茶色い髪もエリと同じくらいの長さ。

 青い目でちょっと頼りなさそうな顔つき。


 どうにも僕自身と言う感じはしない。

 かつてとあまりに違いすぎるから。

 でもまあそのうち慣れるだろう。

 気にしてもどうにもならない事は気にしない方針で。


 今日は色々あったし、色々とやったように思う。

 そろそろ一休みしてもいいと感じるのだ。

 2人の全裸を思い浮かべながら個室のベッドで一休みというのも有りだろう。

 その前にティッシュペーパーを調達しておいた方がいいだろうけれど。


 ただ昼間からそういった事に励むのも何だし、個室と言ってもエリやマキと壁一枚しか隔てていない。

 性処理OKと言われているし問題ないという考え方もあるけれど、それなら自家発電より共同行為の方が正しいと思うのだ。

 ただ共同行為の方をやるのは……


 妄想を振り払う為にも何か身体を動かす活動をしよう。

 思いつくのは観光または社会科見学。

 この世界樹ユグドラシルの恩恵の地とはどういう場所なのかを見てみたい。


 しかし見学が可能かどうはわからない。

 直接世界樹ユグドラシルに聞いてもいいのだが、一応彼女達たんとうしゃを通しておこう。


「この付近を一通り見てみたいんだけれど、案内をお願いしていいですか? 勿論立入禁止場所や危険個所は抜きでいいですけれど」


「現在時点では外部観測所と恩恵の地東側の出口以外は行く事が出来ません。

 緊急の場合は災害避難所や高度治療室へ入場が可能です。ただし現在は緊急の場合と世界樹ユグドラシルから認められていません」


「現時点で恩恵の地から外へ出る事はお勧めしません。ですので案内可能なのは外部観測所のみとなります。

 ただし例外的に世界樹ユグドラシルにより新たな許可が下りる場合があります。その条件は知らされていません」


 僕の行動はかなり制限されているようだ。

 これは僕が信用されていないからなのか、それとも僕に余分な知識を与えない為なのか。

 おそらく両方だろう。


 今の僕にはこの行動制限を破る方法も、破るメリットも存在しない。

 選択肢は1つだけだ。


「それなら外部観測所へ案内をお願いします」


「わかりました」


 それではいよいよ、室外というか地球の状況とご対面だ。

 どんな世界になっているのだろう。

 鼻行類とか実在していたら笑えるのだけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る