第27話 質疑応答(1) ~何を考えて、何を求めているか

世界樹ユグドラシル、今エリが言っていたように、僕も世界樹ユグドラシルのデータベースを検索する事は可能か?』


『可能です。この質問と回答もデータベース検索の一形式です』


 そういう扱いなのか。

 確かに言われてみるとコンピュータ的には、質問も検索も同じようなものなのかもしれない。


 さて、それはいいとして問題はエリだ。

 全裸なのは此処へ来た時以来。


 あの時は状況が異常だったのでそこまでエロく感じなかった。

 しかし今は違う。

 この状況をどうすべきか。


 ヤってしまう、なんて選択肢は無しだ。

 出来るものならとっくにそうしている。


「エリはこの後、どうしたいとかいう希望はありますか?」


 無言に耐えきれず、適当に考えた質問をしてしまう。


世界樹ユグドラシルの巫女は遣わされし者に従うのが役割です」


 ちょっと引っかかる返答が出てきた。

 個人的に好きな答じゃない。


 勿論僕自身にとって都合のいい答ではあるのだろう。

 ただそれでも、僕はそう答えて欲しくない。

 エリやマキにそうあって欲しくない。 

 だから少し真面目に考えて、こう聞いてみる。


「なら僕が『僕にかまうな。他には何をしてもいい』と言った場合、エリはどうしますか。どうしたいと思いますか?」


 答が返ってこない。

 ひょっとしてしてはいけない質問だったのだろうか。

 十秒程度、気まずいというか落ち着かない静寂の後。


「わかりません」


 そんな答が返ってきた。

 答そのものはごく簡単だ。

 ただその答までの時間と今の口調で、僕はエリがそれなりに真剣に考えた上で返答したのだと感じる。


 そう、今の口調には明らかに表情があった。

 勿論明るい楽しい系の表情では無い。

 それでも今までの無表情な応答よりは大分ましだと思う。

 そう思う事はひょっとして残酷な、あるいは悪趣味な事なのかもしれないけれど。


 いずれにせよ僕は返答しなければならない。

 僕なりに必死に考えて言葉を紡ぐ。


「わからなくてもいいです。ただ僕が聞きたかっただけですから。この先、僕がどうするかの指針として」


 言いたい事の2割も言えていない。

 でもうまく言葉に出来ない。

 これは使っている言語に慣れていないからではない。

 日本語でもうまく文章に出来ないから。


「私は巫女としてどうあるべきかを基準として判断をしています。そして巫女の存在意義は、遣わされし者の役に立つことです。

 ですから私の判断基準は、遣わされし者であるハルトの役に立つかどうかです。この基準はマキも同じです」


 ちょっと待ってほしい。


「巫女としての目的の他に、エリとして何がしたい、どういう方向性で行きたいというのはありますか?」


 僕は思わずそう聞いてしまう。

 また少しの間の沈黙の後。


「ある程度の知識や記憶といったものは最初からありました。しかし私、エリという個体がどう動くかという情報はありませんでした。


 ただ世界樹ユグドラシルによると、巫女は自分で判断出来る範囲は判断して動く方がいいようです。

 ですから私やマキは世界樹ユグドラシルの指示やハルトの指示・行動から理解を試みました。


 今の段階では、巫女としてどうあるべきかが基準になっています。それ以上の段階へはまだ到達していません」


 難しい。

 そして僕の責任というものを強く感じてしまう。

 ただ難しいからと言ってこのままにしておく訳にもいかない。


 僕はエリやマキに、世界樹ユグドラシルの巫女ではなく普通の人間でいて欲しい。

 しかし普通の人間というのをどう表現すればいいのだろう。


 思考がまとまらない中、エリが口を開いた。


「これは世界樹ユグドラシルからの質問です。『ハルトはエリやマキに何を求めているのですか?』」


 求めているか。

 確かにそういう切り口なら少しは答えられるかもしれない。

 何とか思考回路を必死に回転させ、言葉を絞り出す。


「僕とは独立した別人格の対等な存在です。理想を言えば仲間、友人、恋人、そういった感じでしょうか。奴隷とか使用人ではなく、あくまで対等な人間。


 本当は単に命令を与えて実行する形式の方が、エリやマキにとって簡単で、かつ達成感を得られるのかもしれません。


 ですからこれは僕の我が儘です。それでもエリやマキは、僕から独立して、独自に思考して、独自の判断基準を持って、自律して動いて欲しい。そう思っています」


 言いたい事の6割程度を言えた気がした。

 これは世界樹ユグドラシルの質問設定のおかげだ。

 世界樹ユグドラシル、少なくとも今は僕の味方というか、僕の後押しをしてくれているようだ。


 世界樹ユグドラシルの意図が何処にあるかはわからないが、正直有り難いと思った。

 先程のままではうまくまとめる事が出来なかったと思うから。


「これも世界樹ユグドラシルからの質問というか問いかけです。

『これからエリとマキと生きていく上で、ハルトは独裁や独断で動くより、協調を求めるのでしょうか。独断の方が効率が良いとわかった上でも?』」


 何と言うか世界樹ユグドラシル、上手いしありがたいと思う。

 僕だけでは自分で思いをまとめられなかったから。


「ええ、その通りです」


 エリは頷いた。


世界樹ユグドラシルは、『理解した』との事です。

 あと、私個人として質問をしていいですか?」


「ええ、どうぞ」


 風呂でこんな問答をするのは変だよなとは思う。

 でも成り行き上仕方ない。

 

「ハルトは私やマキをどう思っているでしょうか? 今までの私やマキの言動をどう評価してくれているでしょうか。

 好意を持ってくれているでしょうか? 何でも無い単なる道具に近い感覚でしょうか? それともむしろ邪魔な存在なのでしょうか?」


 ちょっと待ってくれ。

 それは『僕がエリやマキの事を好きか』というのと同じ意味ではないだろうか。


 エリとしては単に今までの行動の評価が欲しいだけかもしれない。 

 しかしお互い全裸という今の状況でそう聞かれてしまうと何と言うか、誤解しそうになる。


 エリはさらに続ける。


「これは私だけでなく、マキもきっと気にしています。だから知りたいのです。


 私やマキが望まない回答であった場合、今の私達の学習成果を消去して、改めて別の方法を試す必要があるかもしれません。

 そうしなければならない。その事に戸惑い以上の何かを感じます。怖いという感情はこういうものなのでしょうか。


 それでも先程の、世界樹ユグドラシルからの質問に対してのハルトの回答で、少し希望があると私は思いました。だから聞いてみることを決断したのです。


 この問いに対して正直に答えて下さい。私達を一時的に安心させようと嘘を言った場合、後で私達がより悲しいと感じる事になると予想されます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る