第31話 夕食礼賛? ~更に食事が食事らしく

 狩る事が可能そうな動物について等、更にエリと話していると。


「夕食が出来ました。19時には少し早いですがどうしますか?」


 マキがそう聞いてきた。


『時間は?』


『18時35分です』


 それくらいなら問題ない。

 エリとだけ話しているのも問題かもしれないし。


「そうですね。食べましょう。運ぶのを手伝いますか?」


「大丈夫です」


 次の瞬間、テーブル上に皿が3つとコップ3つが出現する。

 どうやったのだろうと思って、そして気付いた。

 Extエクステンディッド-UQ《ユビキタス》を使えば、任意の物を自分の把握出来る場所に収納したり取り出したりする事が出来る。

 マキはそうしたのだろう。

 

 そして食事は更に進化していた。

 どう見てもサンドイッチに見えるものが1人1皿並んでいる。

 カルピス風飲料とは違う、コーヒーっぽい茶色い飲み物までついている。 

 

 なんというか食事らしい食事だ。

 ディストピア飯や僕が試作した怪しい飯とは格が違う。


「凄いな、どうやって作ったんですか?」


「まずは食べてみて下さい」


 ならという事で、最初は飲み物から。

 飲んでみるとコーヒーとは少し違う味だけれど、香ばしくてそれなりに美味しい。


「この飲み物は?」


「キク科の植物、オノデラ・ハルトの時代にはタンポポと呼ばれていたものの近似種の根を乾燥させた後に焙煎して作りました。どうでしょうか?」


「美味しいです」


 コーヒー党では無かったけれど、これは美味しいと思う。

 むしろコーヒーより飲みやすい。


「他も試してみて下さい」


「わかった」

 

 それではメインのサンドイッチだ。

 手に取り見てみると具材は葉っぱと肉のようだ。

 まあ今のところそれしか食材が無いから当然だけれども。

 しかしパンに何か塗ってあるし、肉は焼いて味つけしてある。


 さて、味はどんな感じだろう。

 一口齧ってみる。


 美味しい。

 まずちゃんとパンがパンっぽい。

 いわゆる白パン系ではなくライ麦パンとかの固いパンに近い。

 しかし昼食のビスケットに近い状態では無くちゃんとパンになっている。


 中身もしっかり美味しい。

 お肉は塩味で、少しベーコンっぽい。

 野菜代わりの葉っぱは数種類入っているようだ。

 他にゴボウのように歯ごたえがある何かも入っている。


 またパンに塩味と酸味がちょうどいい何かが塗ってある。

 マヨネーズやバターとは少し違うけれど、これがサンドイッチとしての完成度を高めている感じだ。

 日本でも少し変わったサンドイッチとして立派に通用する味だ。


「美味しいです。パンは昨日より一段とパンらしいですし、間に挟まっている野菜とお肉、そしてパンに塗ってある調味料もいい感じです」


「パンはExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》でより内部の水分量を厳密に調整しました。ただしこの澱粉では成分的にこれが限界のようです。


 塗ったものはトカゲの脂肪と塩、酢を混ぜたものです。豚脂を塩漬けにした調味料があるという情報と、マヨネーズの成分に関する情報を使って作りました」


 どうやら独自に考えて作ったようだ。

 随分マキも変わったなと思う。

 成長ならば早すぎる。

 だからこの変化は成長とか学習とかではきっと無い。


 思考や知識等は元々あったのだろう。

 この僕が何を望んでいるか方向性を理解して、その方向性で判断し、言動として出すようになった。

 変化したのはそんな外形的に現れている部分だけ。

 風呂での会話を元に考えるとそう考えるのが正しい気がする。


 ただ、思ってしまう。

 僕はエリやマキにここまでして貰うに値する人間なのだろうかと。


 そもそも何故僕の記憶を選んだのだろう。  

 僕の記憶が情報として記録された経緯はわからない。

 しかし少なくとも日本にいた頃の僕は特別な人間ではなかった筈だ。

 記憶によればだけれども。


 だから僕と同様、情報として記憶を記録された人間はそれなりにいる筈だ。

 21世紀初頭の日本以外にも、きっと。

 その辺りがわからないし、納得できない。


 それとも僕が特別なのではなく、他にも大勢の人間の記憶を使って、同じような施設で同じような試みがされているのだろうか。

 ならエリやマキは何故そういった記憶そのままではなく、編集された記憶を使用しているのだろう。 


 この辺は後で整理して世界樹ユグドラシルに聞いてみる事にしよう。

 今は食事を楽しむ時間だ。


「お肉も野菜も美味しいです」


「肉は塩をまぶした後、密閉容器に入れ、Extエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で減圧しました。簡易的ですが塩漬けになっていると思います。


 野菜は癖が無く大きい柔らかい葉と、柔らかいみずみずしい茎部分を使っています。またドクダミの根の柔らかい部分も茹でて刻んで入れています。


 あと、サンドイッチは4種類あります。それぞれ味を少し変えました」


 確かに。

 肉メイン、野菜&根メイン、野菜メイン、肉&野菜とあるようだ。

 今食べたのは肉&野菜バージョン。


 だから試しに僕の好みから一番遠そうな野菜メインにも手をつけてみる。

 うん、これも美味しい。

 つけてあるソースというかペーストの味が少し変えてあるし。 


「本当だ、これは全部検索して調べたんですか?」


「ええ。似た料理が過去にあったようなので参考にしました」


 なるほど。

 でもこれは正直凄いと思う。


「検索するだけでも大変だったでしょう。それに情報があっても実際に作るのはまた別ですし」


「私の記憶には料理関係が割とあるようです。それにExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》が使えます。ですから作るのは問題ありません」


 うん、今の僕にはわかる。

 マキの表情、変わっていないように見えるが実はいつもと違う。

 きっとこれはドヤ顔と呼ばれるものなのだろう。


 1人前は三角に切ったサンドイッチが8個。

 見た目の量で言うと8枚切り食パン4枚分くらい。

 しかしマキが作ったパンは食パンより固くてどっしりしている。


 そのせいか結構しっかりお腹にたまる。

 全部食べれば結構満足だ。


「美味しかったです。ご馳走様でした」

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 その声でふと思った。

 僕はディストピア飯よりこの夕食や今日の昼食の方がずっと美味しいと思っている。

 でもエリとマキはどうなのだろう。

 ずっとディストピア飯ばかりなら、これらの食事は奇妙な味に感じるかもしれない。

 聞いてみよう。


「ところで僕はこの味がいつもの提供された食事より美味しいと感じるのですが、エリとマキはどうなのでしょうか? こちらの方が美味しいと感じるのでしょうか?」


「私にもエリにも此処で提供された食事では無い、かつて人が食べていた食事に関する記憶があります。ですので毎日同じ食事よりは、こうやって毎日違って、それぞれ味の違う物を食べるという方が美味しいと感じます」


 ほっとした。

 珍奇な味を強制していなかった事に。


「なら良かったです。出来れば今後も御願いします」


「わかりました。ただ材料の残りが少ないです。このパンはあと2食分しか焼けませんし、肉は1食分がやっとです。野菜や飲み物はそれなりに量がありますけれど」


「それは明日、探しましょう。先程までエリと狩りの話をしていたところです。上手く行けば大物も獲れるかもしれません」


 それにしても今日で大分エリとマキが変わったなと感じる。

 一緒に外に出た事だけが原因ではない。


 きっかけとして考えられるのは、風呂でエリと話した件。

 あれでエリとマキが僕への接し方を理解した、という事だろう。

 しかし裸で抱き合うというのは正直何と言うか……来るものがあった。


 過去の記録からそう言う文化を間違って拾ってしまったのだろうか。

 多分そうだろう。

 少なくとも僕が知っている日本の文化では無い。 


 さて、それでは今日はこの辺で。

 後は個室で活動する事にしよう。

 世界樹ユグドラシルに聞きたいことがあるし。


「今日はエリもマキも本当にありがとう。おかげで森の状況がわかりましたし、食事も美味しくなりました。


 明日はまた朝8時に朝食を食べて、それから外を探検に行きたいと思います。これはエリの提案ですが、昨日行ったヌタ場の先にある水場まで行って、猪や鹿などの獲物がいないか探してみるつもりです。その際獲物の痕跡があれば落とし穴のような罠も仕掛けてみようかと思っています。

 予定はそんな感じですが、いいでしょうか?」


「ええ、それでいいと思います」


「私もそう思います」


 ここでの返事も変わったなと思う。

 前は『わかりました』だったのに。

 そう思いつつ。


「それではおやすみなさい。明日までは自分の判断で、自分がしたい事、するべき事をして過ごして下さい」


 もう付け加える必要はないだろうとは思うけれど、念のため。


「わかりました。それではおやすみなさい」


「おやすみなさい」


 僕は一礼して個室へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る