第5話 必殺の一撃
俺の狙いはもちろん魔王の鎧を着たやつだ。ここへ魔物を引き寄せている元凶はあいつだろう。あいつを倒せば、この魔物の襲来も途切れるはずだ。そうなれば、エルフ族が決断する時間を稼ぐことができる。むざむざと全滅することはないはずだ。
森から現れる魔物だけならエルフ族の魔法で何とかなる。今も次々と魔物が魔法で倒されているのが見えた。あいつのところに行くのは良いが、問題となるのはシルフィリアだな。彼女を危険なところへ連れて行くことになる。
「シルフィリア、俺はあいつを目指す。お前はどうする?」
「もちろん一緒に行くわよ。私に言われたことを忘れたの?」
「覚えているさ。だが危険だぞ。魔法が効かないんだろう?」
「それでも行くわ。私、自分の目で確認してからじゃないと信じないタイプなのよね」
どうやら魔王の鎧に魔法を撃ち込んでみるつもりのようだ。思ったよりも負けん気の強い女性のようである。
頼もしい、と見るべきなのだろう。俺も、どのようにして魔王の鎧が魔法を無効化しているのか気にはなる。
「俺が前、シルフィリアが後ろ。後ろは頼んだぞ」
「任せてちょうだい」
怒号が飛び交う戦場を一気に駆け抜ける。目の前に現れたビッグブルを両断し、飛びかかってきたグレートウルフを斧でたたきつぶした。後ろでは横から回り込んできたグレートウルフをシルフィリアが魔法で蹴散らしている。
「ずいぶんと野蛮な戦い方なのね」
「そりゃどうも。どうやら俺には山賊としての素質があるみたいだ」
軽口をたたきながら前へと進む。一直線に鎧を着た人物のところへ向かう俺たちに気がついたのだろう。次々とエルフたちが魔法で支援してくれた。おかげでそれほど疲れることなくたどり着くことができた。
「お前、四天王の一人なんだろう? 消えてもらおう!」
「ぐっ、キサマ!」
問答無用で斧を振り下ろす。ガキンと斧と大剣がぶつかり合い火花を散らした。パワーはこちらが上。武器の質は同じくらいか? だが相手が大剣の腹で受けたぶん、こちらが有利だ。そのままへし折ってやろう。
グググと力を込める度に相手の大剣が沈んでいく。全身鎧に頭をスッポリと覆う兜。表情は見えないが、息づかいから相手が焦っているのが分かる。そう思ったとき、横から大岩が飛んで来た。
「チッ!」
舌打ちしつつ、それをよける。どうやらゴーレムがその太い腕を飛ばしてきたようだ。タイミングが良すぎる。もしかすると、あのゴーレムはこいつが作ったのかも知れないな。
邪魔をしたゴーレムは近くにいたエルフが相手をしてくれるようだ。すぐにいくつもの魔法がゴーレム目掛けて飛んで行く。
「とんだ邪魔が入ったな」
「お前、何者だ? なかなかの実力者と見える。ここで殺すには惜しいな」
「何を言う。死ぬのはお前だ」
俺が飛びかかるよりも早く、魔法が飛んで来た。シルフィリアだ。どうやら隙をうかがっていたらしい。それをよけることもなく、そいつが受けた。
魔王の鎧が怪しく赤く光る。その色は濁った血のようにも見えた。
シルフィリアの放った風の魔法が小さくなっていく。まるで魔法の命が削られているかのようだ。風が悲鳴をあげて消えてゆく。だが、魔王の鎧はまだ赤く光ったままだ。
何か悪い予感がする。
そう思った直後、魔王の鎧から空気を切り裂くような風が生じた。それはまっすぐにシルフィリアの元へと向かった。
まずい! シルフィリアは強力な魔法を使った反動なのか、動けないでいる。恐らくあの魔王の鎧は、受けた魔法の一部を跳ね返すことができるのだ。
「ぐっ!」
「イザーク!」
ギリギリ間に合った。何とかシルフィリアとの間に入り込むことができた。体の前で構えた斧は魔法には無力だった。魔法はスルリと通り抜けたが、身につけていた鎧のおかげで真っ二つになることはなかった。だが、胸元から腹にかけて大きく切り裂かれている。そこからはとめどなく赤い液体が流れ出ていた。
背中から暖かいものを感じる。恐らくシルフィリアが治癒魔法を使ってくれているのだろう。しばらくすればこの傷も塞がることだろう。しかしあいつは待ってくれそうにない。
ガシャンガシャンと音を立てながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。余裕があるのだろう。先ほどの光景が見えたからなのか、エルフたちが魔法を使うのをためらっている。あいつの行く手の邪魔をするものはいないというわけだ。
「シルフィリア、強化魔法を使えるか?」
「え、ええ、もちろんよ」
「それを俺に使ってくれ。一撃でやつを仕留める」
「むちゃよ、今は治療をやめられないわ」
小声でシルフィリアにささやきかける。今のあいつには余裕がある。そこを突くしか勝ち目はない。そのためにはシルフィリアの力が必要だ。魔法に優れているエルフが全身全霊を込めて強化魔法を使ってくれれば、とんでもない威力の攻撃を撃ち出すことができる。ゾクゾクするね。
「シルフィリア……!」
「……分かったわ。もうどうなっても知らないからね」
先ほどとは違い、熱いものが体をめぐり始めた。これが魔力なのだろうか? あいにく俺には素質はなかったらしく、魔法を使うどころか、魔力すらない。だからこそ武器一本に絞れたとも言える。
「その動き、その判断力。やはり殺すのは惜しいな。俺たちのところへ来い」
「ついて行ったらどうなるんだ?」
「この世界を支配することができる! 邪魔なやつらを残らず消してな」
その言葉には重くのしかかるような力があった。どうやら今の世界を相当恨んでいるようだ。滅ぼしたい何かがいるのだろう。対して俺はどうだ。何のために戦おうとしているのか?
世界を救うのはブラムだ。俺ではない。そして俺は魔王が負けることを知っている。だから魔王側にはつけないのか? いや、違うな。答えはもっと簡単だ。
「お前の夢のような話と、今、後ろにいるイイ女。どっちを取ると思う?」
シルフィリアからそそがれる熱がさらに勢いを増してゆく。体の中が燃えるように熱い。今にも火を噴き出して、荒れ狂いそうだ。この火山が爆発するかのような力をこいつにたたきつければどうなるか……!
「キサマ……それが人族の性か!」
「答えを聞くまでもないだろう?
体を限界までよじり、渾身の力を込めて横薙ぎに斧を振るった。魔王の鎧を着た男は持っていた大剣を盾にして防ごうとした。だがその大剣は紙を切るかのように簡単に切断された。その光景がゆっくりと目の前を通り過ぎて行く。
斧はそのまま魔王の鎧を両断した。その衝撃で男の被っていた兜が飛んだ。兜の下から現れたのは長い耳を持つ美しい顔。その顔は驚愕の表情でゆがんでいた。
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