第2話 さまよう者
どれだけの時間、森の中をさまよっているのだろうか。こんなことになるのなら、方角をきちんと確認しておくべきだった。かろうじて樹冠の間から見える日の光によって大体の方角は分かるが、それではあまり役には立たない。気前よく道具をすべて置いてきたこともありコンパスすらない。当然、野営をする道具すらない。
「やれやれだぜ。思えば自暴自棄になっていたな。まあ、生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ。正常な判断ができなくても仕方がないか」
しかしどうやら、死亡フラグをへし折ったことにより、運の巡りが良くなってきたようだ。空に白い煙が上がっているのが見える。あそこに行けば、少なくともだれかいるはずだ。
たどり着いた場所は小さな集落だった。集落を囲む囲いのようなものはあるが、木の杭を打ちつけただけの粗末なものである。建物は全部で十件。住んでいるのは三十人前後だろうか。
「こんな最果ての地に旅人が来るとはな。驚いた」
俺が集落に入ろうとすると、数人の男が集まって来た。だれかが知らせたのだろう。別にケンカを売るつもりもない。敵意がないことを示すため、持っていた斧を放り投げた。
「ここで何かするつもりはない。どうも森の奥地へ入り過ぎたらしくてね。道に迷って困っていたんだ」
「ああ、なるほど。この森は広いからな。奥地で貴重な植物を採取しようとしたんだろう? お前さんは運が良い。森の奥へと入り込んで、返って来なかったやつはたくさんいる。何せ、迷いの森と呼ばれているからな」
「迷いの森?」
その地名に聞き覚えがあった。確かそこにはエルフの隠れ里があったはず。もっとも、物語の中で主人公がそこを訪れたときには、村はすでに焼き払われていたのだが。
もしかすると、今はまだその場所にエルフが住んでいるのだろうか?
「この辺りでは有名な話だよ。迷いの森にはエルフが住んでいる。そのエルフたちが人間に見つからないようにするために、森に魔法をかけたってね」
「エルフか。実に面白いおとぎ話だな。ところで、中へ入ってもいいか? 実は魔物に襲われてしまってね。そのせいで持っていたもののほとんどを失ってしまったんだ」
「そうだったのか。命があって何よりだ」
そう言って男たちはねぎらってくれた。俺の記憶が確かなら、こんな場所に村はなかったはずである。恐らくエルフの隠れ里が滅んだときに一緒に滅んだのだろう。
そのまま俺は村長のところへと連れていかれた。そこでブラックベアーと戦ったことを話し、手に入れた素材を見せた。
「な、なんと、ブラックベアーですと? これは確かにブラックベアーの素材のように見えます。まさかこの森にそんな魔物が住み着いていただなんて」
村長の顔色が悪くなっている。一緒に話を聞いていた男たちも同様である。集落の家はすべて木で作られていた。高床式になっているものの、土台は非常に弱そうだ。ブラックベアーに体当たりされれば、簡単に家ごと倒れるだろう。
「ブラックベアーはこの一匹だけなのでしょうか?」
「……正直に言わせてもらえれば分からない。ブラックベアーの討伐を頼まれてこの森へ来たわけではないからな」
もっとも、俺を殺すためだけにあの場所に現れた可能性もあるだろう。だが、それを証明することはできなかった。考え込む村長。当然だ。村人たちの命がかかっているのだからな。この最果ての地にこだわる理由がなければ、逃げた方が良いに決まっている。
もしかすると、エルフの隠れ里が焼けたのはブラックベアーが原因か? いや、焼けていたのだ。ブラックベアーは火を使うことができないはず。それならばきっと別の要因なのだろう。
村に泊めてもらうお礼に、魔石以外のブラックベアーの素材をすべて進呈した。これだけの素材を売れば、この集落の人たちはしばらくお金に困ることなく生活することができるだろう。
俺の考えが村長に伝わったのだろう。村長はありがたく受け取ると共に、俺にひとしきりの野営道具を持たせてくれた。集落のみんなから分けてもらったらしい。どうやらこの集落を放棄することに決めたようである。断腸の思いだろうが、英断だと思う。
「あなたはどうするおつもりですかな?」
「面白い話を聞かせてもらったからな。エルフの里を探してみようと思う」
「ははあ。冒険者とは難儀な生き物ですな」
「ハッハッハ、俺もそう思いますよ」
その日はそのまま村長の家に泊まらせてもらい、翌日、森へと向かった。森にはエルフの隠れ里へ行くための手がかりがいくつか残されている。それをたどることで行くことができるのだ。
物語の中で主人公たちは偶然、この場所にエルフの隠れ里があることを知る。そしてとある目的のためにその場所を目指すのだ。まあ、主人公がついたときにはそこには何もなかったわけなのだが。
隠れ里にたどり着くにはちょっとした謎かけがあるのだが、すでに答えを知っている俺にとっては何の問題もない。古代言語が分からなくても力業でどうにでもなるのだ。
森の中を進んで行く。予想通り、道しるべを見つけると、それに従って進んで行った。
昨日とは打って変わって、小動物の気配を感じる。あれだけ何も感じられなかったのがウソのようである。まるでつきものが落ちたかのようだ。やはりあれは死亡フラグだったか。
間違いなくこの世界はあの謎の記憶と深い関わりがある。思い出せない部分は多いが、それでも他の人よりも有利な状態でこの世界を生きることができるだろう。
そして、この謎の記憶によって救える命もあるかも知れない。これから行くエルフの隠れ里もその一つだ。間に合えば良いのだが。
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