第3話 エルフの隠れ里
数日かけて迷いの森を進んで行く。森の奥地を進んでみて良く分かった。幻覚なのか、意図的に作られたのかは分からないが、同じような景色が続くようになっている。
似たような大岩が置かれ、その近くには似たような大きな木。同じような小さな泉がいくつもあり、そこには必ず倒木が一本あった。しかもどれも同じくらいの長さという手の込みようである。
「これは道に迷うのもしょうがないな。二度目なら偶然かと思うかも知れないが、さすがに三度目ともなれば、同じ場所を回っていると錯覚することだろう。そうなれば、何も知らない人からすれば、パニックになるな」
泉のほとりにある倒木に座り休憩する。思わず独り言をつぶやいたのは、こんな俺でも一人旅をするのは寂しかったからなのだろう。つぶやいてみて初めて実感した。俺は一人でも生きていけると思っていたのに。
だが、もうすぐエルフの隠れ里に到着するはずだ。そこに着いたらどうする? 何者かによって里が焼かれるから逃げるように言ったとして、それを聞いてくれるだろうか。ましてや相手は人族と嫌っているエルフ族だぞ。こんにちは死ねと言われる可能性だってあるのだ。
「それでもやらなければならないな。なに、そこまで野蛮な種族ではないはずだ。自然との調和と知識を愛する種族だったはずだからな」
そう言って自分を励ました。これから俺がしようとしていることは、間違いなのではないか。死にに行くようなものではないのか。
不安に駆られながらも先を進む。最後の手がかりがあった。この先にエルフの隠れ里があるはずだ。
急に視界がグニャリとゆがんだ。頭の中を無理やり回転させたような感覚に耐えきれず膝をついた。その瞬間、何者かに槍を突きつけられた。敵意を持っていないことを証明するために、再び斧を捨てた。すまんな、相棒。捨ててばかりで。
あまりの気分の悪さに言葉も出ない俺を、その者たちが縄でグルグル巻きにしてどこかへと連れていった。
気がつくと、硬い石の上に転がされていた。手足はもちろん縛ったままである。しかしどうやら、口は自由に開け閉めできるようである。
「目が覚めたみたいね。どうやってこの場所を知ったの?」
鉄格子越しに女性の声が聞こえる。目でたどると、そこには絶世の美女がいた。これがエルフ族。言葉では言い表せないほどの美しさだ。もしかして、これが普通なのだろうか。
何も言わない俺に、彼女は眉をひそめた。
「もしかして、言葉が通じないの?」
「いや、言葉は分かる。それよりも、偉い人に伝えて欲しい。早くこの隠れ里を放棄して逃げた方がいいと」
それを聞いたエルフが頭に手を当てて首を左右に振った。シルバーブロンドの長くて美しい髪がわずかに揺れた。思わず見とれていると、彼女の目と合った。サファイア色をした、美しく輝く目だった。
「私の最初の質問が聞こえなかったの?」
「もちろん聞こえている。この場所は……神からのお告げを聞いて知った」
「……」
ウソではない。まるで神からのお告げのような記憶がよみがえって、この場所にたどり着いたのだ。だがしかし、俺の予想に反して、彼女は俺の発言を否定しなかった。普通なら反論の一つくらいは出るだろう。
「私の名前はシルフィリアよ。あなたは?」
「イザークだ。冒険者をやってる」
シルフィリアの目が大きく見開かれた。今にも宝石が目からこぼれ落ちそうだ。そのこぼれ落ちそうな目で俺を凝視している。どういうことだ? 先ほどまでとはまるで違う反応のように思えた。何と言うか、先ほどまでのトゲトゲした感じがなくなっている。
「一人で?」
「……そうだ。一人だ」
つい先日、仲間を追放したばかりである。一人ぼっちの冒険者。さぞかし何か訳ありの冒険者だと思ったことだろう。シルフィリアという名前は、初めて聞く名前だった。前世の記憶にも思い当たるものはなかった。
「里の長を連れて来るわ。そこでイザークから話をしてもらえないかしら?」
「もちろんだ。ありがたい」
どうしてシルフィリアが俺の話を信じようと思ったのかは分からないが、これで前に進むことができる。あとは俺がうまく長を説得することができるかだな。決め手になるものがあれば良かったのだが、あいにくとそのようなものはない。
ブラックベアーと戦った話が役に立てば良いのだが。
しばらくすると、白髪頭に長いヒゲを生やした人物がやって来た。その後ろからはシルフィリアだけでなく、他のエルフの姿もあった。どれも美男美女である。暗い洞窟が一気に華やかになった。
「ふむ、その格好では話しにくかろう。動くでないぞ」
そう言って長らしき人物が長い杖を振ると、小さな風が起こり、手足が自由になった。手元に斧はないが、体は自由に動ける。俺は長に向き合った。そしてシルフィリアに言ったことと同じことをもう一度話した。
「神のお告げか……そう言えば、里の者が森でブラックベアーを見かけたという話があったのう?」
後ろのエルフを振り返りながら長がそう言った。問われたエルフは首を縦に振る。その目は下を向いたままだった。どうやら何か心当たりがあるようだ。
「はい。これまで一度も森で見たことがない魔物でしたので、見間違いだと思っていたのですが……」
「ブラックベアーなら少し前に倒したぞ。もっとも、俺が倒した魔物と、ここで目撃された魔物が同じ魔物とは限らないかも知れないがね」
「何と、ブラックベアーを倒しただと?」
奥にいたエルフ族の男が声をあげると、洞窟内がざわめき出した。こんなことならブラックベアーの素材を手元に残しておくべきだった。残っているのは……真っ二つになった魔石だけである。これでも証拠になるか? ああ、でも、袋は取り上げられているんだったな。
「では、この魔石はやはりブラックベアーのものであったか」
長が取り出したのは真っ二つになった魔石だった。なるほど、道理で話が分かると思った。俺がブラックベアーと戦ったことを知っていたのだ。それで話を聞きたかったのだろう。
もしかすると、俺の話を信じてくれるかも知れない。いや、エルフたちに逃げてもらうにはこの話をするしかない。たとえダメでも、そうなったときの備えくらいはしてくれるはずだ。
俺は知っていることを包み隠さず話した。
「なるほど、前世の記憶か。イザーク、そなたは神の使徒かも知れんな」
「いや、さすがにそれはないんじゃないのか?」
「そうであろうか。死ぬべき定めを覆したのだぞ? このことに何か意味があるのではないかと私は思っている」
言葉が詰まる。俺が死亡フラグを回避したのには何か意味があるのか? そんなことを考えたことがなかった。ただ生きたい。それだけだった。
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