第4話 魔王の鎧

 しばし考え込んでいた長が鉄格子を開けるように命令した。そのことをとがめる者はいない。どうやら信じてもらえたようである。そのまま別の部屋へと案内された。無骨な木のテーブルとイスだけが置かれた簡素な部屋である。


「この里を襲う理由に心当たりはないかの?」

「そうだな……物語の主人公がここを訪れた目的は強力な魔法を教えてもらうためだった。それと何か関係があるのでは?」

「なるほど、魔法か。それで、その魔法は手に入ったのかな?」


 目をつぶり、記憶をたどる。よみがえった記憶は断片的な部分も多い。今でもモヤがかかっているかのように見えない部分があるのだ。それでも何かヒントになるものがないかと、記憶の底へ、深く深くと潜り込む。


「ここへ到着したときにはすでにエルフの隠れ里はなく、手に入れることはできなかった。それで、その代わりに……そうだ、確かドワーフ族が掘り当てたという古代遺跡がある場所に向かったはずだ」

「ドワーフ族が掘り出した古代遺跡? 聞いたことがないな。どこのドワーフ族じゃ?」

「どこのだれかは分からない。すでにもぬけの殻だったからな。争った形跡はあったから何かと戦ったのだと思う。場所はここから西にある鉱山だ」

「ワーレン一家のところか……」


 ワーレン一家か。どうやらドワーフ族には部族ごとに名前があるようだ。物語には一切出て来なかった名前だ。何とも不気味である。もしかして全員殺されてしまったのだろうか?


 エルフの長が名前を知っているということは、今はまだ存在しているのだろう。今から行けば救うことができるかも知れない。

 そのとき、ドタドタという足音が近づいて来た。その音に首をかしげる長。その者はノックすることもなくバタンと扉を開けた。


「て、敵襲です! 魔物がこの村に集まって来ています。それに混じって鎧を着た人物が一人……」


 その場にいた全員が俺の方を見た。タイミングが良すぎる。俺がその人物をここへと導いたと思っているのだろう。逆の立場だったら俺も同じことを思っているはずだ。無駄かも知れないが、一応否定しておく。


「俺の仲間じゃないぞ」

「……そうじゃろうな。お前さんの目からは邪なものを感じない。心当たりは?」


 鎧を着た人物……正直、思い当たる人物が多くて分からないな。魔王軍の幹部はどれも黒い鎧を身につけていたはずだ。

 しかしエルフの隠れ里に単身で挑んでくる鎧を着た人物ならば、ただの幹部ではないだろう。来るならば四天王クラス。


「魔王軍の四天王の一人に、魔王の鎧を着ているやつがいる。そいつかも知れん」

「魔王の鎧じゃと! いかん! あの鎧はすべての魔法を無効化する。わしらエルフにとっては天敵じゃ」


 実際に魔王がそれを着ていたら詰んでいただろう。だがさいわいなことに四天王が身につけていたおかげで、それを破壊することができたのだ。魔王が完全復活した暁には返上するつもりだったみたいだがね。


 すぐにその場が騒然となった。魔法が効かない魔王の鎧は物理で破壊するしかない。種族的に線の細いエルフでは厳しい戦いになるだろう。しかも他にも魔物がこちらへ向かってきているのだ。戦力を一点に集中させることはできない。


「イザーク、そなたはすぐに逃げよ。そなたには他にも何か使命があるはずじゃ! シルフィリア、お前はイザークについてゆけ」

「え?」

「断る」

「え?」


 俺の断る宣言にその場が静まり返った。魔王の鎧は魔法防御に特化している。そのため、物理攻撃にはそこまで強くはない。まあ、その辺の鎧よりかはずっと丈夫ではあるのだが。それでも、俺の斧で破壊できないとは思えなかった。


「俺も共に戦おう。そうでなければ何のためにここまで来たか分からないからな。なあに、心配はいらん。これでも力自慢なんでね。さっそくだが、斧を返してもらえないか?」

「イザーク……分かった。シルフィリアはイザークと共にゆけ。もしものときは眠らせてでもイザークを安全なところへ連れて行くのだ」

「分かりました!」


 シルフィリアが力強く答えた。どうやら自分も戦えることで奮起しているようである。俺は一人でも戦えるのだが、今回は長の命令に従うことにした。ここで断れば、シルフィリアのプライドが傷つくことになるかも知れない。女性の扱いは慎重かつ丁寧にやらなければならないのだ。


 長たちが部屋から出て行く。俺はシルフィリアに連れられて装備を保管してある場所へと向かった。細い木の通路を抜けていく。右を見ても木、左を見ても木。これは良く燃えそうである。


「火事になったらどうするんだ?」

「私たちエルフが日頃から魔力で表面を覆っているから、そう簡単には燃えないわ」

「エルフたちがいなくなれば?」

「……簡単に燃えてしまうでしょうね」


 どうやら里が焼けたのはエルフたちがいなくなった、もしくは全滅したからのようである。どっちなのだろうか。そんなことを考えながらも、保管室らしきところへたどり着いた。


「あった。これで俺も戦えるぞ」

「あなたの荷物、何だかちぐはぐで寄せ集めみたいだったのだけど……」

「全部あいつらに渡して来たからな」


 ハッハッハと笑うと、シルフィリアはまるで残念な人を見たかのように、首を左右に振っていた。牢獄でも同じような仕草をしていたな。くせなのかな? 相棒の斧をつかみ取る。それはしっかりと手になじんだ。


「思い切りが良いのね。それとも、無計画なのかしら? あなたと一緒にいるとお金に困ることになりそうだわ」

「なあに、金がなくなったらまた稼げば良いだけさ」

「立ち寄った村にブラックベアーの素材を気前よく全部置いてきた人がよく言うわね」

「何を言っているんだ。まだブラックベアーの魔石が残っているだろう? さあ行こう」


 エルフの隠れ里の構造は分からない。頼りになるのはここにいるシルフィリアだけだ。シルフィリアはこちらを見てうなずくと走り出した。そのすぐ後ろを追いかける。だんだんと魔物の叫び声や、怒号、悲鳴が聞こえてきた。


「シルフィリア、エルフたちがこの里を捨ててどこかへ移ることはできるのか?」

「できるわ。でも、そう簡単に長く住んできたこの土地から離れることはできないと思う。広大な森を少しずつ改良し、住みやすくしてきた。思い入れのある土地だもの」

「そうか……」


 決断に時間がかかったのだろうな。その間にエルフ族の導き手が次々と倒されていった。指示系統は混乱し、逃げる決断をしたときには逃げ場を失っていたのだろう。

 先ほどのあの場所で避難指示を出さなかったのがその証拠だ。今でも長は迷っているのだろう。


 目の前が開けた。ビッグブル、グレートウルフ、シャドウスパイダーだけじゃない。ブラックベアーにゴーレムもいるようだ。その数はだんだんと増えているようである。

 そしてその中に、魔王の鎧を身につけた人物もいた。

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